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9話

――春、形だけ残った陸上部の駅伝。


三年生になった最初の放課後。


玲奈はいつもと同じ時間にグラウンドへ向かった。


砂の匂い。

風に揺れるネット。

遠くで聞こえる別の部の掛け声。


駅伝の場所だけ、相変わらず静かだった。


部員は全員で五人いるはずだった。


玲奈と、同級生の四人。


でも――

実際にここに来るのは、いつも玲奈だけ。


部室の扉は閉まったまま。

鍵もかかっている。


誰かの気配すらない。


顧問の先生もずっと来てない。


(……今日も、来てない)


分かっていたことなのに胸の奥が少しだけ重くなる。


でも、ため息はつかない。


ベンチにバッグを置き、黙ってシューズの紐を結ぶ。


(……私は、自分のために走る)


それだけだった。



そんな玲奈に声をかけてきた人物がいた。


陸上部の長距離の顧問の先生だった。


この高校の陸上部は種目別に顧問がいる。


「鷹宮、また水原先生は来てないのか?他の部員も来てないみたいだし。一人だけでも頑張ってるのは偉いと思うが、無理だけはするなよ?もし、お前が良ければマラソンの練習に参加するか?鷹宮なら長距離選手としてでも良い走りが出来ると思うぞ。」


しかし玲奈は首を横に振る。


「私、中学の時は長距離だったんですけど最後までスタミナもたなくて。それで駅伝なんです。私は大丈夫ですので。」


長距離の顧問の先生は心配そうな顔をしながらも玲奈の言葉を聞いて、「何かあったら言うんだぞ?」と言って長距離選手たちの方へ戻っていった。



私は大丈夫。


玲奈は走り出す。


足音が誰もいない駅伝のグラウンドに響く。


土を蹴る感触。

規則正しい呼吸。


フォームを意識して、リズムを崩さない。


誰もいないから見栄もいらない。

比べる相手もいない。


ただ、自分のために走る。


汗がこめかみを伝い、顎から落ちて砂に吸い込まれる。


(……気持ちいい)


苦しいのに、心は静かだった。





他の4人は――


「今日カラオケ行こー」

「いいね!その後でプリ撮ろ!」

「そういや中間ヤバくない?」


そんな会話をしているのを玲奈は廊下で耳にした。


玲奈を見かけた他の4人が話しかける。


特に仲が悪いとかはない。


普通に話すし、色々遊びに誘ってくれたりもする。


口下手な玲奈には良い友達だ。


「玲奈はまだ走ってんの?たまには息抜きしたがいいよー?」

「ガチすぎじゃない?マジで怪我すんなよ?」

「玲奈って勉強出来たよね?いつも全教科70点くらいとってるし。今度テス勉教えてよ」


そんな風に言われても、部活の事は返さない。


「あんまり勉強出来ないから」


4人は玲奈の返事にケラケラ笑いながら「玲奈が自分で勉強しろってよー?」などと会話を楽しんでいた。


部活の事を言っても、彼女らには彼女らの青春がある。


そこに部員なんだからと部活を強制するのは違うと思っていた。


(……私は、私でいい)


玲奈はそう思いながら4人とわかれて、そのままグラウンドへと向かった。


そしてポツリと玲奈は呟く。


「本当に勉強苦手なんだけどな」

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