6話
ある日。
グラウンドに立つと、
風の音しか聞こえなかった。
ネットが揺れる音。
遠くの車の音。
自分の足音だけが、
やけに大きく響く。
(……もう私しかいない)
そう気づいた瞬間、
胸の奥が少しだけ痛んだ。
でも、不思議とショックは受けなかった。
(……それでも、私は自分のために走る)
歯を食いしばって、
ペースを上げる。
息が焼ける。
視界が揺れる。
それでも――止まらない
夕焼けの中で、
一人で走り続ける影。
それが、いつの間にか玲奈の日常になっていた。
誰も教えない。
誰も褒めない。
誰も見ていない。
それでも走っている自分だけは、嘘じゃない。
グラウンドの端で、ふと空を見上げる。
雲が流れていく。
(……私もあの先輩たちみたいに)
最後までちゃんと走り切りたい。
それだけが玲奈の中に静かに残っていた。
二年生の夏
――顧問の先生も、先輩も、同級生も、誰も来なくなった場所
梅雨が明けたグラウンドは昼間の熱をそのまま抱え込んでいた。
夕方になっても砂から立ちのぼる熱気は消えず、息を吸うだけで喉の奥が乾く。
玲奈は一人、設定したスタートラインに立っていた。
タイマーを押す音だけが、
妙に大きく響く。
(……いく)
足を踏み出すと、
砂が音を立てて散った。
以前は、
この時間になると
誰かしらの姿があった。
新三年の先輩たち。
同級生たち。
監督の先生。
今は――
誰もいない。
部室の扉はずっと閉じたまま。
電気もついていない。
(……今日も、か)
もう、
驚きもしなくなっていた。
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最初の頃、先生は来ていた。
ベンチに座ってスマホを見ながら、
「今日は軽めでいいよー」
「暑いし、無理しないでー」
「アップ終わったら早めに終わりにしよー。せんせードラ…用事あるからー」
そう言うだけ。
先輩たちは、それを免罪符にして、
「じゃ帰ろ」
「カフェ行こ」
練習をやめた。
玲奈だけが残った。
それも、いつの間にか終わった。
ある日、先生は来なかった。
次の日も。
その次の日も。
理由も説明も、何もなかった。
(……もう、見にすら来ないんだ)
そう思った時、胸の奥が少しだけ冷えた。
でも、玲奈は一切口には出さなかった。




