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5話

玲奈が新2年生になった春。



三年生が卒業してから、グラウンドの空気がはっきりと変わった。


四月。

新しい学年。

新しい風――のはずだった。


けれど玲奈が放課後グラウンドへ行くと、そこにあったのは妙な静けさだった。


砂の匂い。

風に揺れるネット。

遠くで聞こえる野球部の声。


陸上部の駅伝のエリアだけが、まるで切り取られたみたいに音がない。


(……まだ誰も来てないのかな)


そう思ってストレッチを始める。


土の冷たさが、ジャージ越しに伝わる。

風が頬をなでる。


そして軽くジョグをはじめる。


いつもなら、この時間には誰かの足音が重なってくるはずだった。


でも――


来ない。






しばらくして、ようやく新3年生の先輩たちが現れた。


制服のまま。

スマホを見ながら。

雑談しながらの笑い声。


「今日ダルくない?」

「マジでキツいしさー」

「どうせ全国行けない大会とかどうでもよくね?」


その言葉が、砂の上に落ちて、沈んだ。


玲奈はそんな新3年生たちの言葉に何も言わず、黙々とアップを続ける。


先輩たちは少しだけストレッチをして、「ま、今日は軽くでいっかー。せんせーに言って帰ろー。」


そう言って、そのままグラウンドに出てこない顧問の先生に会うために校舎へ戻っていった。


(……え)


喉の奥に、小さな何かが引っかかる。


でも、声には出さなかった。




遅れてきた新2年生たちも先輩の行動に最初は少し戸惑っていた。


「え、今日は走らないの?」

「ま、先輩が言うなら今日のところはいっかな」


最初はそれだけだった。




でも――




次の日も。

その次の日も。


「カラオケ行こー」

「ゲーセン行こー」


練習の時間に部室で着替えもせず、そのまま遊びに行くようになった。


顧問の先生も見かけない日が増えていった。


玲奈は黙って、一人でグラウンドに残る。






新入生の仮入部期間。


掲示板には陸上部の張り紙はあったが、駅伝は何一つ貼られていなかった。


勧誘に行く人もいない。

声をかける人もいない。

ヤル気のない新部長。


今年の駅伝のグラウンドには誰も来なかった。


(……今年は誰も、入らない)


それが静かに確定した。







夕方のグラウンド。


オレンジ色の光。

長く伸びる影。


玲奈は一人で走っていた。


息が荒れる。

胸が苦しい。

太ももが重い。


それでも足だけは止めない。


誰も見ていない。

褒められることもない。


でも、走らない理由はなかった。


(……私は、最後まで走りたい)


それだけだった。







先輩たちは、ほとんど来なくなった。


同級生たちは、部室にすら顔を出さなくなった。


LINEグループには、


「今日は行けない」

「ダルい」

「今日のところは遊び優先で」


そんな言葉ばかりが並ぶ。


玲奈は、何も返信しなかった。


別に怒りもしない。

誰も責めもしない。

高校生の限られた青春の時間は部活動だけじゃない。

その事を玲奈は理解していた。


ただ、玲奈はひたすらに自分のためにやるべきことをやる。


それだけだった。

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