最終話 狭間に立つ者
私は、
しばらく黙っていた。
選べと言われても、
答えは簡単には出なかった。
見るだけでいる。
介入しない。
それは、
この力を持つ前の私に
戻るということだ。
だが、
一度見えてしまったものは、
なかったことにはできない。
見えているのに、
何もしない。
それは、
善なのか。
それとも、
ただの逃げなのか。
「……助けなければ、
何も起きないんですか」
私は、
男に尋ねた。
彼は、
すぐには答えなかった。
「起きる」
やがて、
そう言った。
「死ぬ者は死ぬ」
「苦しむ者は苦しむ」
「だが、
それは
“本来の流れ”だ」
本来。
その言葉が、
引っかかった。
「本来って、
誰が決めたんですか」
男は、
少しだけ
目を細めた。
「決めている者が
いるかどうかは
知らない」
「だが、
少なくとも
君じゃない」
私は、
俯いた。
救えなかった人たち。
救われてしまった人。
その両方が、
頭に浮かんだ。
私は、
ゆっくりと
息を吐いた。
「……分かりました」
男が、
こちらを見る。
「私は、
助けません」
言葉にした瞬間、
胸が
少しだけ痛んだ。
「でも、
見てしまったことを
無かったことには
しません」
男は、
何も言わない。
「私は、
止めない」
「でも、
見続けます」
「誰かが、
越えそうになる線を」
それは、
逃げでも、
正義でもない。
ただの、
選択だった。
男は、
しばらく
私を見つめてから、
小さく頷いた。
「……それも、
一つの答えだ」
それ以上、
何も言われなかった。
私は、
解放された。
外に出ると、
夕方の空が
広がっていた。
人々が歩いている。
その中に、
濁りを纏った者も、
そうでない者もいる。
私は、
立ち止まり、
一人一人を見た。
もう、
走らない。
叫ばない。
嘘も、
つかない。
ただ、
知っている者として、
ここに立つ。
善と悪の狭間で。
それは、
誰にも称えられない
役割だ。
だが、
それでいい。
私は、
ヒーローではない。
だが、
目を逸らす人間でも
なくなった。
世界は、
今日も進む。
私は、
その端で、
静かに立っている。
——選び続けるために。
ここまで読んでくださり、
本当にありがとうございました。
この物語は、
「正しい行いとは何か」を
はっきり示すために
書いたものではありません。
むしろ、
正しさが簡単に決められない場面に
人はどう立つのか、
という問いを置きたかった。
誰かを救いたいと思う気持ちは、
きっと善意です。
けれど、
その善意が
必ずしも救いになるとは限らない。
助けることが、
誰かの未来を奪うこともある。
見てしまったからこそ、
選ばなければならない。
何もしないことも、
何かをすることも、
どちらも責任からは
逃れられません。
主人公は、
ヒーローになることも、
傍観者になることも選びませんでした。
善と悪の狭間で、
立ち続けるという
とても不器用な選択をしました。
それが正しいかどうかは、
この物語の中では
答えを出していません。
もし読み終えたあと、
少しだけ立ち止まって
考える時間が残ったなら。
この物語は、
その役目を果たせたのだと思います。
静かな場所まで
付き合ってくれて、
本当にありがとうございました。




