第六話 救われなかった人
連れて行かれた先は、
警察署の地下だった。
取調室のようでいて、
少し違う。
壁に貼られた書類は、
事件名ではなく、
番号だけで管理されていた。
男は、
私の向かいに座り、
ようやく名乗った。
部署名も、
肩書きも言わない。
「ここは、
表に出ない案件を扱っている」
「君のような人間も、
初めてじゃない」
私は、
息を呑んだ。
「……他にも、
見える人がいるんですか」
男は、
首を振った。
「“見える”かどうかは、
問題じゃない」
「問題なのは、
“介入したかどうか”だ」
彼は、
一枚のファイルを
机に置いた。
写真が、
何枚か挟まっている。
私は、
目を逸らした。
そこに写っていたのは、
人だった。
だが、
生きているとは
言い難い姿だった。
皮膚は垂れ、
骨格が歪み、
年齢も性別も、
判別できない。
「この人は、
本来なら
十年前に死んでいた」
男は、
淡々と続ける。
「事故だった。
即死だったはずだ」
「だが、
君と同じような人物が、
介入した」
私は、
喉が鳴るのを感じた。
「助かったんですよね」
男は、
少しだけ
間を置いた。
「……死ななかった」
「それだけだ」
その言葉が、
胸に突き刺さった。
「身体は、
少しずつ壊れていった」
「老化は止まらない。
だが、
死だけが来ない」
「治療も効かない。
痛覚は残る」
私は、
写真から
目を離せなかった。
「本人は、
生きたいと
言ってたんですか」
男は、
首を横に振った。
「最初はな」
「だが、
途中からは
違った」
彼は、
静かに言った。
「死ねないことが、
罰になった」
部屋の空気が、
重く沈んだ。
私は、
初めて
理解した。
救うことと、
救われることは、
同じじゃない。
「だから、
我々は止める」
男は言った。
「未来を見た者が、
勝手に
運命を書き換えるのを」
「それは、
善でも悪でもない」
「ただ、
越えてはいけない線だ」
私は、
小さく言った。
「……じゃあ、
あの飛行機も」
男は、
答えなかった。
代わりに、
こう言った。
「君は、
正しかったとも、
間違っていたとも
言えない」
「君は、
善と悪の狭間に
立ってしまった」
私は、
拳を握った。
救えなかった。
救うべきでは
なかったかもしれない。
そのどちらも、
受け入れなければならない。
男は、
最後に言った。
「君は、
これから選ぶことになる」
「見るだけでいるか」
「それとも、
我々の側に立つか」
私は、
答えなかった。
だが、
一つだけ
はっきりしていた。
私はもう、
元の場所には
戻れない。
善と悪の狭間は、
思っていたより
ずっと狭く、
逃げ場のない場所だった。
最終話:狭間に立つ者




