第五話 疑われる者
空港を出る前に、
私は呼び止められた。
「少し、
お話を聞かせてください」
丁寧な口調だった。
だが、
断れる雰囲気ではなかった。
私は、
初めて
警察官と向き合った。
別室に通され、
名前と住所を聞かれる。
私は、
正直に答えた。
机の向こうで、
メモを取る手が、
一瞬止まる。
「どうして、
あの便だと分かったんですか」
私は、
黙った。
言えない。
言えば、
すべてが終わる。
沈黙が続く。
やがて、
別の男が入ってきた。
スーツ姿で、
名乗らなかった。
彼は、
私を見て、
淡々と言った。
「あなたの電話は、
公衆電話からでしたね」
「防犯カメラで、
位置は確認できています」
私は、
頷いた。
逃げるつもりはない。
「現時点では、
あなたは
重要参考人です」
その言葉が、
胸に落ちた。
重要参考人。
犯人ではない。
だが、
無関係でもない。
私は、
初めて
自分が
“疑われる側”に
なったことを
理解した。
同じ質問が、
繰り返される。
なぜ分かったのか。
なぜ通報したのか。
私は、
答えなかった。
真実は、
誰も信じない。
嘘は、
すでに通じなかった。
そのとき、
名乗らなかった男が、
警察官に言った。
「……少し、
席を外してください」
部屋に、
二人きりになる。
彼は、
私を見て、
静かに言った。
「君、
自分のこと
ヒーローだと
思ってないかい?」
私は、
答えられなかった。
「救おうとしたんだろう」
「でも、
救えなかった」
「それで、
自分が悪者に
なった」
どれも、
否定できなかった。
彼は、
小さく息を吐いた。
「……来てくれ」
「君の話を、
聞いてもいい部署がある」
それが、
どこなのか。
私は、
まだ知らない。
ただ、
一つだけ分かっていた。
私はもう、
普通の場所には
戻れない。
善と悪の狭間から、
引き返す道は、
完全に
消えていた。
第六話:救われなかった人




