第四話 嘘という選択
その便は、
数時間後に出発する予定だった。
搭乗ゲートの前を、
人が流れていく。
家族連れ。
一人旅の男。
仕事帰りらしい女。
その全員に、
同じ濁りがあった。
私は、
何度も視線を逸らした。
見なければ、
気づかなければ、
関係ない。
そう思おうとした。
だが、
目を閉じても、
あの色は消えなかった。
——全員、死ぬ。
理由は分からない。
いつもそうだ。
私は、
ベンチに座り、
頭を抱えた。
個人でどうにかできる数ではない。
声をかける?
全員を引き留める?
現実的ではない。
私は、
初めて
携帯電話を強く握った。
警察に知らせるしかない。
だが、
正直に言えば、
終わる。
未来が見える。
死相が見える。
そんな話を、
誰が信じる。
——嘘をつくしかない。
それは、
善のための嘘だ。
私は、
公衆電話に入り、
受話器を取った。
「飛行機に、
爆弾が積まれている可能性があります」
便名。
搭乗時間。
場所。
知っていることを、
すべて伝えた。
電話を切ったあと、
胸の奥が
嫌な音を立てていた。
しばらくして、
警察が到着した。
空港の空気が、
一変する。
係員が走り、
検査が始まる。
私は、
少し離れた場所から、
それを見ていた。
警察官たちは、
忙しなく動いていた。
何人かが、
こちらを見る。
だが、
声はかけられなかった。
ただ、
視線だけが
一度、
確かに向いた。
それだけだった。
結局、
何も見つからなかった。
検査は終わり、
便は飛ぶことになった。
私は、
出発案内を
見つめていた。
表示が、
切り替わる。
——外れた。
そう、
一瞬だけ思った。
その直後、
空港内に
悲鳴が広がった。
モニターに映る速報。
飛行中の機体が、
消息を絶ったという文字。
私は、
その場に
立ち尽くしていた。
善意は、
通じなかった。
嘘は、
救いにならなかった。
私はまだ、
誰にも捕まっていない。
だが、
確実に
線は越えていた。
善と悪の狭間へ、
一歩、
踏み込んでしまった。
第五話:疑われる者




