第二話 助けられた人
次に“それ”を見たのは、
駅の構内だった。
朝の時間帯で、
人の流れが速い。
私は改札の前で、
立ち止まった。
一人の女性の周囲だけ、
空気が歪んでいた。
色は濁っていて、
輪郭が不安定だった。
——危ない。
理由は分からない。
いつもそうだ。
私は、
女性の背後に回った。
白線の内側。
電車が入ってくる直前。
「すみません」
反射的に、
声をかけた。
女性は振り向き、
少し不機嫌そうな顔をした。
「何ですか?」
一瞬、
言葉に詰まった。
説明できる理由は、
何一つない。
私は、
とっさに腕を引いた。
「危ないです」
次の瞬間、
突風のような音とともに、
電車が滑り込んできた。
女性は、
一歩後ろに下がっていた。
もし、
そのまま立っていたら。
考える前に、
結果は出ていた。
女性は、
私を見て、
少し震えた声で言った。
「……ありがとうございます」
私は、
何も答えられなかった。
ただ、
彼女の周囲を覆っていた
濁りが、
消えているのを見ていた。
輪郭が、
安定していた。
——助けた。
そう、
理解した。
胸の奥で、
何かが緩んだ。
同時に、
危うい感覚が芽生えた。
これが、
できてしまうなら。
これを、
見過ごしてしまったら。
それは、
罪になるのではないか。
私は、
駅を出て、
人の流れに紛れた。
背中に、
感謝の視線を感じながら。
その重さが、
妙に心地よかった。
このときの私は、
まだ信じていた。
救うことは、
単純に良いことだと。
そして、
救えたという事実が、
自分を正しい場所に
置いてくれるのだと。
善と悪の狭間に、
立っている自覚は、
まだなかった。
第三話:救えない数




