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主人(マスター)と悪魔(メイド)の主従関係  作者: 睡蓮酒
終章 ~神とか、天使とか~
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第54話 逆転の一手(準備済み)

 矢をつがえ、狙いを定め、軸がぶれないようにして引き、抜くように放つ。

 蠢く白い人形の群れの一角が、空間をを切り裂くような一本の矢によって塵芥に帰した。それでも際限なく白い人形は地面から這うようにして現れ続ける。

 椿の額に一筋の汗が伝った。

「きりがない……これでは無駄に時間と体力を消耗するだけだな」

 白い人形が湧き始めてから一時間が経っていた。

 一体一体の動きは鈍く、強度も脆いので椿は疲れてこそいないものの、数が減らないということに焦燥を感じていた。

 サリエルが目の前にいた人形五体をまとめて切り払い、椿と背中合わせになるように後退った。

「……伏せてて」

 サリエルに言われるまま、椿はその場に伏せた。それを一瞥したサリエルは、鎌を片手で地面と水平になるように構えた。目を閉じて、口を開く。

「"円月輪ムーンサルト"」

 実際よりもずっとスローモーションに見えるほど滑らかに完全な円環の軌跡を描き、鎌は一回転した。

サリエルが鎌を振るったという原因についてくるように、数瞬遅れで全ての白い人形の上半身と下半身が別離するという結果が訪れる。

 椿は起き上がり、服についた砂を払い落とした。

「やったな、これでなんとか……っ!?」

 椿は人形がいなくなったはずの周りを見渡し──戦慄した。

 いつの間にか。本当にいつの間にか椿とサリエルは白い人形に囲まれていたのだ。それも、先ほどとは比較にならないほど大量に。見落としようもない数の白い人形たちが、椿とサリエルの意識の隙間に忍び込むように忽然と姿を現していた。

 椿とサリエルはそれぞれの武器を構え直す。

「サリエルが全滅させたというのに、一瞬で今までよりも増えるなんて……」

「……最悪」

 そして、得てして不幸とは立て続けに訪れるものだ。

 校舎の方から悲鳴が聞こえた。おそらく校舎の中にまで白い人形が発生したのだ。

 椿は歯軋りしてこれからすべきことを高速で計画してゆく。

「……仕方ない、私は校舎の方へ行く。サリエルはここでこいつらをくい止めてくれ」

「……待って、何か変」

 弓を構え、今にも矢を放とうとしていた椿をサリエルが制止した。言われて椿も白い人形の異変に気がついた。白い人形自体ではなく、それらが向かっている方向だ。

「私たちに向いていない……?」

 白い人形たちは、ぞろぞろと校門の方向に向かって動き始めていた。まるで、椿たちよりも優先順位の高い敵がそこに現れでもしたかのように。

「まさか……」

 数百の白い人形が校門へとなだれ込んでゆく中で、椿はその敵が誰なのかを直感した。自然と頬が綻んで、肩の力が抜けたのを感じた。

「……やっと来た」

 サリエルも安堵したように鎌を下ろす。

 白い人形たちがもはや山のようになって校門を塞ぐなか、はっきりと二重の声が聞こえた。


――邪魔だ!!


 蒼い電光と紅い火炎が白い人形を染め上げ、吹き飛ばした。

 そして舞い上がる砂ぼこりの中、二人組が姿を現す。

 片や日本刀を携えた少年、片や銀髪の美しいメイド。

 椿は思わず二人の名を叫んだ。

「拓真! ルシフ!」






 理事長室。

「拓真と悪魔ちゃんたら思ったより早く出てきたわねー」

「やっとたっくんとルッシーが戻ってきた……!」

「そうね、よかったじゃない。それでどうするのかしら? 最悪な状況は何一つ変わってないわ。拓真たちは白い人形に囲まれ、校舎内では無関係な生徒たちが襲われているのよ。無力なあなたがこの不利な現実をなんとかできるのかしら」

 校庭の様子を窓から見ていた天理が天宮の方を向いていやらしく嘲笑った。確かに、天理の言うとおりならばまだまだ状況は最悪のままだ。

 しかしそれは──天理の言うとおりならばの話。

「あはは……不利? 何が?」

 天宮の飄々とした態度にさして驚いた風でもない天理が問うた。

「あら、何か用意でもあるのかしら?」

「ないわけがないでしょっ」

 天宮は不敵な笑みを浮かべながら、机の引き出しを目一杯の力で開き、あるものを取り出した。

「それは――」

「ボクが心配していたのはたっくんとルッシーだけだったんだよ!」

 天宮は放送マイクを机に叩きつけるように置いて、スイッチを入れた。






 一年十組。

 突然放送スピーカーから、マイクが接続された時の独特なノイズが響いた。そしてノイズは数秒で止み、溌剌とした声が発せられる。

『全校生徒のみんなー! 理事長の報ちゃんでーす。なんの問題もなくなったから、もう暴れちゃっていいよー!』

「……な、何だ? 天宮さんはいったい何を――」

 教壇に立ち、何故か「カラスが積極性をもって襲ってきた時の対処法」について語っていたエクスピールは放送スピーカーを見つめて動揺した。

 天宮は誰に向かってそんなことを言っているのか。いや、全校生徒だと言っていた。

 全校生徒に、暴れちゃっていいよ、と言っていた。

 どうやって? どのように?

 それは、その全校生徒だけが知っていた。

 突然、エクスピールの話をつまらなそうに聴いていた十組の面々が口々に喋り始めた。

「やれやれ、やっとかあ」

「あれでしょ? これってつまり天村くんが帰ってきたってことだよね。よかったよねー」

「学校まで巻き込んだこんな事件の中心って……天村って絶対に普通じゃねえよな」

「それは私たち全員に言えることでしょ、ほら、そこのあんたも起きる!」

「うう~、眠いです……」

「委員長、早くまとめて指示出してくれ」

「了解ですー。はい皆さん前を向いて下さいー。松島くんは寝ないでくださいねー。私たちが担当するのはこの六階と下の五階ですー。なのでグループは二つに分けて分担していくことにしましょー。どうやらあの白い人形はそこまで強くないみたいなので適当に出席番号の奇数組と偶数組でいいですねー。奇数組は五階、偶数組は六階ということでー。あと、白い人形は倒してしまうと増えるようなので生かさず殺さずでお願いしますー。何か質問はありますかー?」

 普段から妙にボーッとしている十組の委員長がエクスピールから教壇を乗っ取り、やはり間延びした話し方で白い人形への対処をするためであろう作戦の説明を始めて、意外にも要領よく終えてしまった。

「い、委員長」

「なんですかー? エクスピールくんー? あなたは五階ですよー?」

 そんなことは聞いていない。

 エクスピールはクラスでただひとり呆然としていて、

「これは、これは一体どういう――」





 校庭。

「どういうことなんだ? 暴れろって……」

「さあな、私は何も聞かされてない。……ただ、風向きは私たちに向いたようだぞ」

 椿がそう言ったと同時に、校舎の方から突風が吹き、人形たちが吹き飛ばされた。そして、息つく間もなく一帯が炎に包まれ、人形たちは残らず焼け落ちる。

 それでもなお現れ続ける人形を吹き飛ばし焼きながら、道を作り歩いてきたのは、九尾と天狗山芙蓉だった。

「椿さん以外の皆さんはお久しぶりですねっ! 私と初音が助けに来ましたよ! 何故助けにこれたかというとですね、天宮理事長さんがむぐっ」

 一人でひたすら喋ろうとした芙蓉の口を九尾が片手でふさいだ。綺麗な金髪を掻き揚げながら不機嫌そうな態度で舌打ちをする。

「あー、てめえらは今何が起こってんのかわかってるか?」

「いや、全くわかってねえ」

「だろぉから私が懇切丁寧に説明してやる。まず、今日の京光高校には異常な能力をもったやつらしか登校してねえ。理事長がそうするように指示しやがったからな、普通なやつらにとって今日は創立記念日で休みってことにしてある、わかったか?」

懇切適当な説明だった。

「すまん、つまりどういう……」

「ちっ、馬鹿かてめえは。つまり生徒たちがあの人形にやられる心配をする必要はねえからてめえらはただ氷室ってやつをぶちのめしてこいってことだよ!」

「なるほど。天宮がやってくれたんだよな、そんなことができるかつするやつなんてあいつしかいねえし」

「そのとぉりだ。おら、わかったならさっさと行け」

 九尾はしっしっと拓真たちを追い払うように手を振った。

「ありがとうな、九尾、芙蓉先輩!」

 九尾は拓真たちが校舎のほうへ駆けてゆくのを見届けてから、周りの白い人形たちを見回した。先ほど焼き尽くしたせいか、また増えている。

 そんな状況に、九尾は首をコキッと鳴らして、思わずにやけた。

「はっ、ひっさびさに暴れられるってわけかぁ。やっと身体の調子も全快になったしぃ、こりゃあ絶好の……ああ?」

 手元からうめき声が聞こえた。そういえば、さっきから何かをわしづかみにしている。九尾はそれがなんなのか思い出して手を放した。

「むぐ、むぐぐ、むぐー! ぷはっ」

「悪い、口塞いでたの忘れてた」

「ひどいよドSだよ初音ったら! 私を窒息死させたいの!?」

 芙蓉は両手を振り回して九尾を殴る。九尾は意にも介さず面倒そうな顔をしている。

「いや、だから悪かったって言ってんだろ。あとどさくさ紛れに胸を揉んでんじゃねえ」

「お詫びとして帰ったらメイド服着てね、ピンクでフリフリのやつ」

「はあ!? 意味わかんねえし! 着るわけねえだろ!」

「着てね」

 にっこり。

「着ねえよ!」

「着て」

 にっこり。

「着ね」

「着なさい」

 にっこり。

「き」

「着・な・さ・い」

 うむを言わせぬニッコリ。

「………………………………………ちっ、着るよ着りゃあいいんだろ!?」

 言質をとった芙蓉は九尾に見えないように悪どい笑みを浮かべて、九尾には輝くような笑顔を向けた。

「よーし、初音も約束してくれたし、頑張ろー! ねっ、初音?」

「はぁ……怪我だけはしねえようにしとけよ」

 九尾はこめかみに手を当ててため息をついた。

 一体自分はいつから、こんな小娘のいいなりになってしまったんだろう……




 理事長室。

 天理は拓真たちが校舎に入ってくるのを見て、相も変わらずクスクスと笑った。いつでも笑い、哂い、嗤う天理。一体その笑みは何の感情を表しているのだろう。

 誰もこの少女の真意は読み取れない。

「あらあら、本当になんとかしちゃうなんてねー、それなりにびっくりよ? んー、でもおかしいわねー。あなたは氷室に関わることは識ることができないんじゃなかったかしら?」

「そうだね、ボクは氷室君に関わることは何一つ識ることはできなかったよ。だからボクは世界の隅から隅まで観察して、氷室君や柊ちゃんが動いた後にできる微弱で微量な痕跡を識り、そこから氷室君がいつ何をしようとしているのか予想をつけたんだ。つまり、氷室君自体じゃなく氷室君の通った軌跡を識ることによってボクは君たちの行動を予測したんだよ。すごく効率は悪かったし、柊ちゃんが氷室君を殺しちゃうことは予想外だったけどね」

「なるほどねー。さすがにやるじゃない、私にとってはまだまだ想定内だけど」

「だろうね、柊ちゃんにとっては全てが想定内。どんなことがあっても自分の計画に組み込んでしまう恐ろしい女の子だよ、柊ちゃんは」

「そうかしら? 私は別にそういう自覚はなかったけれど、あなたが言うならそうだったのかもね。……私はまだやることがあるから屋上に行くわね。早蕨、あんたは適当に切り上げてこっちに来なさい」

「了解」

 天理は短い返事だけを返した早蕨を一瞥してから、何かつまらないような顔をして理事長室を出ていった。

 理事長室には天宮と早蕨だけが残った。

 早蕨はこれ以上何かをする様子もなく、天宮は緊張の糸が切れたように椅子にもたれこみ、虚空に向かって呟いた。

「……ここからだよ。頑張ってね、たっくん、ルッシー」

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