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主人(マスター)と悪魔(メイド)の主従関係  作者: 睡蓮酒
終章 ~神とか、天使とか~
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第53話 追憶の一年前

 唐突な浮遊感に襲われ、視界が真っ暗になったと思ったら、次の瞬間にはルシフは椅子に座っていた。

 周りを見渡す。席が三、四十ほど綺麗に一定の間隔で並んでおり、ルシフが座っていたのはそのちょうど中心だった。

 『三年A組卒業おめでとう!!』と数色のチョークを使って大きく書かれている黒

板。空いているスペースはメッセージやら落書きやらでいっぱいになっている。そのわきには掲示物が一つもない画鋲の穴だらけの掲示板がある。床や壁はいくつもの傷がついて薄汚れているが、ワックスをかけたのか、光を反射している。

 無人の教室は、先ほどまでいた京光高校の一年十組ではないことは明確だった。

「ここは、何処じゃ?」

「教室だよ、一年前に俺と、椿と、天理と……氷室がいた三年A組だ」

 無人ではなかった。ルシフの真後ろの席に、一人座っていた。そこにいたのは、ルシフが無事でいることを願って止まなかった主人、天村拓真だった。

「な、主さまっ! 無事じゃったんじゃな!」

 ルシフはガタガタと机を揺らしながら拓真に向き直る。

 拓真の顔には焦燥が浮かんでいた。

「ああ、それよかまずい事になってんぞ。ここから出れねえ」

 ルシフは頷く。

「どうやら外界から遮断された空間のようじゃな。儂の"万物固定ラ・フローズン"にかなり近い」

「そんなことわかんのか?」

「主さま以外の魔力や気配といったものが全く感じられぬ。ここまで徹底した結界の類いを作るとなると儂でも三十秒は欲しいところじゃの」

 拓真はたかが三十秒か、と思ったが、拓真の村正や椿の矢が全く通じないような"矛盾で固められた否定のイージス"をコンマ数秒で展開するルシフが三十秒かかる規模なのだ。並大抵の物ではないのだろう。

「そうなると面倒だよな。俺もいろいろ試したけど、なんかさ、この教室のもん全部、壊した先から直っちまうんだよ」

 拓真は机の横に立て掛けていた"村正・金剛"を握って、机の上に置いた。

「ふむ、それもこの結界の特性じゃろうのう。ここにあるものすべて、壊れたら元に修復されるようになっておるんじゃろうな……む? 主さま、その刀はどうしたのじゃ? 主さまが家を出たときには持ってなかったじゃろ」

「いや、なんかあったんだよ。俺がここで目を覚まして、ロッカーを片っ端から開けまくってたら……天理のロッカーだったところに、こいつがな。大体、それを言ったらルシフ、お前は自分の服装を自覚してるか?」

「え……」

 拓真に言われて、ルシフは視線を下に向けた。ルシフが普段着ている黒を基調にしたメイド服だった。当然だがルシフは制服を着ていたはずである。

「メイド服、じゃな」

「その服装で学校に行ったわけじゃないだろ?」

「当たり前じゃ」

 拓真は腕を組んで眉をひそめ、"村正・金剛"を見た。

「うーん、これはある意味あいつの善意なのか?」

 もちろん"村正・金剛"は答えない。

「メイド服には悪意を感じるがの」

「で、具体的にどうすればここから出られるんだ?」

「大概この手の結界は外側と繋げてやれば崩壊するようになっておる」

「つまり壁を壊せばいいわけか。でも俺が壁を破壊しようとしても駄目だったぞ。威力が足りなかった」

 拓真は"村正・金剛"を手にとり弄びながら残念そうに言った。

「それもまた当然じゃな。曲がりなりにも人間である主さまがこのレベルの結界を壊すなら命が二つはいる」

「俺の努力は全部無意味だったってわけか」

 拓真はがくりと肩を落としてため息をついた。

「そのようなことを自分で言うものではないぞ。やらずに後悔しないよりはやって後悔した方が十全じゃ」

「で? ルシフなら壊せるのか? この結界」

「無理矢理に壁を壊すなら儂でも全力を出さねばなるまい。この後のことを考えるならそんなことはできぬ。儂が見た限り、おそらくこの教室にある中でただ一つ壊れると壊れたままになる物があるはずじゃ。それを見つけ出して壊せば、儂らはここから出られるはずじゃ」

「なるほど、だったらさっさとそれを見つけねえとな」

「うむ、早々にあちらに戻りあの白い人形たちを止めねばならぬな」

「白い人形?」

 早速行動を開始しようと席を立ちかけた拓真がその姿勢のまま止まった。

「ああ、主さまは知らんかったの。校庭に白い人形の何かが大量に湧いておったんじゃよ。まあ、ヒムロの仕業であることは確実じゃったがのう」

「っ……!」

 拓真は顔をこわばらせ、もう一度椅子に腰を落とした。まずは自らを落ち着けるように深呼吸をした。

「どうしたのじゃ?」

「いや、それなんだがな……多分氷室の仕業じゃあ、ない」

「なんじゃと?」

「実はさ――」

 拓真は自分の中で整理しながら、実際に見ていたのにまだ信じきれていないあの出来事について話した。

 自分が氷室に会いにいったこと。

 氷室と殺し合う宣言をしたこと。

 天理が現れて氷室を殺したこと。

 天理に眠らされて気がついたらここにいたこと。

 拓真は記憶を掘り起こしながら全てを話した。

 それを聞き終えたルシフは腕組みして目を閉じた。

「なんとも言えぬ状況じゃな」

「ああ、俺もまだ混乱してる」

「つまり、今回の黒幕はテンリの方じゃったというわけか……」

「断定は出来ない。けど多分そうなんだろうな」

「む、う……」

「ま、出方はわかったし早く探そうぜ」

  二人とも考え込んでいるせいで暗くなっていると判断した拓真はなるべく気楽な調子で今度こそ席を立った。

 釈然としない様子であったが、ルシフもおもむろに席を立ち、拓真とは逆の方向に捜索を開始した。

 三十分くらいたっただろうか、三十二個目のロッカーが壊れたところから修復してゆくのを拓真はげんなりとして見届けていた。 

拓真は先ほどの席に座って、一息ついた。

「駄目だな、見つからん。ぶっちゃけ物が多すぎて一つ一つ壊していくのが面倒だ」

「うむ、少し休憩しながら手掛かりを考えた方が効率が良さそうじゃの」

 ルシフも少し疲れたようで、席について肩の力を抜いた。

「はぁ……考えるったってなあ……」

 手掛かりが少ないどころではなく、無いのだ。考えられる作戦といえば片っ端から教室内の物品を壊して回るくらいしかなかった。「……主さま、その、例の"一年前"について教えてくれぬか?」

 そんな途方に暮れている中で、 突然にルシフはおずおずとそう切り出した。

「あ? なんか今の状況と関係あるのか?」

「ない。しかしこの機会に儂もそろそろ知っておきたい。さんざ言われておる"一年前"とやらがどんなものだったのか」

「……」

  ルシフの目が真剣で、喋らないなら力ずくで聞くこともいとわないだろうことを悟った拓真は少しの間黙って逡巡した。

「主さま」

「わかった。俺が知っていることは話してやる……実はな、この教室はその一年前の状況と全く同じだ。卒業式の日だったよ」









  その日の天気は沈むような曇天だった。

 卒業式を終え、教室で待機しているように言われているが、そんなことをいまさら聞く生徒も多くはなく、皆それぞれ好きな所で違う学校へと分かれてしまう友人たちと話をしている。

  そんな雑音に包まれて、拓真は窓際の席で肘をつき、ただ外を眺めていた。

  そんな拓真の隣に椿がやってきて卒業証書の筒で拓真の頭を軽くこづいた。拓真は億劫そうに椿の方に顔を向ける。

「なんだ、妙に不機嫌な顔をしているな。あいにくの曇りだがせっかくの卒業だぞ、もっとはしゃいだらどうだ?」

「卒業は別にはしゃぐようなイベントじゃねえよ。それに、卒業っつっても俺と氷室と椿と天理は同じ高校だから俺の生活はなんら変わらねえ。大体、お前も人のことは言えねえぞ。不機嫌って感じじゃねえが……緊張? してる感じだ」

 椿の卒業証書が手から滑り落ちた。あわててそれを拾い、前髪をいじりながら、

「そ、そうか? そんなことは決してないと思うぞ。うん、私がこの日に一大決戦を仕掛けるなんて思ってないだろうそうだろうそうだよな?」

「あ、ああ。よくわからんが、そういうことにしとく。しとくから首を絞めるな」

「はっ、すまないつい……」

  椿は無意識に出していた手を引っ込め、卒業証書の筒ををくるくると回し始めた。とてもわかりやすく挙動不審である。

 これ以上追及すると自らに危害が及ぶと判断した拓真は話題を切り替えることにした。

「そういや、氷室と天理はどうしたんだ?」

「ん……いや、あの二人は、今忙しいんじゃないかなあ」

  椿は頬をかきながら苦笑いをした。

「忙しい? あいつらが? 何でだ?」

「うーん、君は本気で言っているのか?」

「なんだ、その鈍感な人間を見るような生温かい目は」

「こんなことを友達とはいえ他人に言うのはどうかと思うが、あの二人は多分相思相愛だからな」

  拓真が目を見開いたまま三秒くらい機能停止した。椿もそんな拓真を見て信じられないといった風に凍りついた。

「……マジで?」

「うん」

「だってあいつら別に仲良くしてる風でもねえし、皮肉を言い合ってるし、二人だけでいるところなんざ見たことねえぞ」

「だから、あの二人は世間一般の相思相愛とはちょっと違うかな。いい意味で歪んだ恋愛というか。それでも天理ちゃんは氷室のことが好きで氷室は天理ちゃんのことが好きなんだよ、きっと」

 椿が微笑を浮かべながら曇天で陰る外の景色をを眺めた。

「……そうだったのか、じゃああいつらは今正式に付き合うための儀式中ってわけだ。そりゃ忙しい忙しい」

「ま、あの二人のことだから付き合ったところでいちゃついたりはしないんだろうな」 「……なあ椿、もしかしてお前が緊張したような顔してたのって――」

「ま、まさか気づいちゃったか? 気づかれてしまったなら仕方ない、後で私と屋上に――」

「氷室と天理がどうなるか気になってたからなんだな、お前も結構趣味悪いたい痛い痛い!」

  椿が顔を怒りで赤に染めながら拓真の頭を証書の筒で殴りまくっていた。

「馬鹿! アホ! 鈍感! 君のエロ本押し入れの布団カバーの中っ!」

「止めろ馬鹿!」

「ふんっ」

 椿はクラスで談笑していた生徒たちが引いて道を空けるほどの形相でズカズカと教室を出て行ってしまった。

 クラスは静寂に支配されてしまったものの、それもつかの間、すぐに元の雰囲気に戻った。

 再びの喧騒に包まれながら、拓真は氷室と天理の意外な関係に頭をいっぱいにしていた。

「……やべえ、気になる。すげえ見たい、あいつらが告白するとこ」

 しかし、それが良くないことだとは理解しているので、

「告白が屋上で行われていない可能性もあるし、そんなことをしてるなんて知るよしもないんだから偶然出くわしても音たてずに戻れば問題なし。というわけで俺は今から屋上に行きます」

  無理やりな自己の正当化を完了し、拓真は誰の気に止まることもなく教室を後にした。

  それが、一生忘れることはないであろう惨劇との出会いになるとも知らずに。


 屋上の扉をゆっくり開けたとき、鉄の生臭い空気が拓真の鼻腔をついた。

  扉の隙間から赤い液体が流れているのが見えた。急激な悪寒に襲われ、拓真は本能的に扉を勢いよく全開にした。

「え……?」

 そこに広がっていたのは血と肉の絨毯。

 その上を歩くのは氷室、その絨毯を敷くのは天理。

「氷室……て、天理?」

  簡単に言うなら、氷室が天理を殺していた。

「拓真か」

 歪んだ笑みを浮かべた氷室が拓真に気づいて振り向いた。その狂気なる形相に拓真は気おされて後ずさる。拓真は喉が干上がり、全身が震えるのを感じていた。

「氷室、どういうことなんだよ、これ」

「んー? 殺してん」

 やっとのことでひり出したか細い言葉に、氷室はいつもと何も変わらない様子で答えた。

「な、んで……」

「理由か? これといって無いで、そろそろかなと思ったから殺してん」

 わからない。

 わからなかった、何もかも。

 自分は現実にいるのか?

  氷室が天理を殺したのか?

 天理は死んだのか?

 この血と肉は天理のものなのか?

 氷室はなんで殺したんだ?

 自分はなんで震えているんだ?

 自分はなんで──怒っているんだ?

「ふざけんじゃねえぞおおおぉぉぉ!! 氷室おおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」







「そこで俺は気を失って、気がついたら氷室を殺しかけてた。俺が俺の異常な力を自覚したのはその時からだ」

  拓真は背もたれに全体重を預けて息をついた。

「……そんなことがのう」

「重要なところは全くわからないんだけどな。俺が気を失ってる間に何があったのかとか、何で氷室が天理を殺したのかとか」

「十分じゃ。これで儂もようやくこの事件に関われる」

 拓真はぼんやりと天井を見つめていたが、ふとあることが頭をよぎって身体を前に傾けた。

「そういや、氷室と天理は卒業証書どうしてたかな。ロッカーにはなかったし、机の中にもない」

「……あれではないか?」

 ルシフが指差した先には、元拓真の席があり、その下に筒のようなものが一本落ちていた。

「本当だ……あんなところに」

 拓真はそこに近づいて、落ちていた筒に手を伸ばした。

「よっ、と。ん? なんかカラカラいってるな」

 筒を開けて逆さに振ると、手のひらに収まるくらいの透明な結晶が出てきた。

 拓真はルシフに振り向く。

「当たりじゃな、主さま」

「嬉しい偶然だったな……じゃあ、壊すぜ」

「うむ」

  拓真は結晶を机に置いて"村正・金剛"を振りかぶり、不意に動きを止めた。

「ルシフ」

「なんじゃ?」

「あと少しだ。あと少しで俺と"一年前"に決着がつく。だから、それまではついてきてくれ」

「どこまでも、ついてゆくぞ、主さま」

「……ありがとう。じゃあ行くか!」

 拓真は安心したように頬を緩めて、腕をおもいっきり振り下ろした。


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