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主人(マスター)と悪魔(メイド)の主従関係  作者: 睡蓮酒
終章 ~神とか、天使とか~
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第52話 ズレた世界

なんかぐだった感がパネェっす……すいませんm(_ _)m

 殺せば人は死ぬ。これは覆しようのない真理だ。

 殺されるのと死ぬのは表裏一体であり、殺される。死ぬ。二つのうちどちらかが起こりどちらかが起こらないなんてことは絶対にないのだから、真理ともいえないかもしれない。

 では、人を殺すには何をすればいいのだろうか?

 頭を殴れば?

 ちょっと足りないかもしれないな。

 身体中切り裂いてやれば?

 殺すには十分かな。

 首を絞めれば?

 簡単に殺せるんじゃない?


 内臓を全部壊しちゃえば?

 ……死に過ぎるんじゃないかな。




 氷室は既に死を越えていた。

 死してなお宝箱の中にある財宝の如く内臓を掘り起こされ、蹂躙され、冒涜され、壊される。

 ああ、これは胃。これは脾臓。これは腎臓。これも腎臓。この大きいのは肝臓。これは……やっと見つけた、心臓だ。

 天理は朱い雨を浴び、自らの肢体をどす黒い深紅に染めながら、臓物を取っては潰す、取っては、潰す。顔には狂気の笑みを浮かべていて、それでも何故か目は無感動で。今、天理の目には世界がどう映っているのだろう?

 いや、そんなことはどうでもいい。

 ただ。

 ──氷室はもう、死に過ぎていた。


 アイツを止めろ。

 茫然と立ち尽くし、天理の狂行を眺めることしかできていなかった拓真は己の全てがそう命じてきたのを感じた。

 だから、わけもわからないままに走り出す。

 「ひっ、むろおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」

 数刻前に殺すと宣言した相手の名を叫びながら一心不乱に駆ける。

 足の着いた先にあった血溜まりから朱い飛沫が舞う。どす黒い血は太陽の光に照らされると、意外に明るい、太陽の下に咲き誇る薔薇のような紅を現し、その不条理な美しさは逆に不快感を誘った。

 今なお氷室の腹の孔を拡げ、内臓を抉る天理に掴みかかろうとする。しかし手が、指があと数センチで届くというところで、忽然と天理の姿が消えた。

 掴みかかろうと繰り出された拓真の左手は虚空を掻き、疾走の勢いによって身体が空回りし、無様に地面に手と膝を着かされた。手を着いたせいで白いタイルを朱く染め上げていた粘っこい血が拓真の顔に跳ねた。何か柔らかい生物のようなものを踏んだが、それが何なのか考えたくもなかった。

 「こっちよ、こっち。何も考えないで先走るからそうなるのよー。せめてあの高速移動術でも使えば掴まえるくらいは出来たかもしれないのに。捕まえるのは無理だったでしょうけどねー」

 「天っ! 理……ぃ……」

 天理の軽い調子の声を後ろに聞いた拓真が獰猛な獣のように勢いよく振り返ると、絶句した。

 そこにいたのは天理。そこまではいい、そこまでは必然なのだ。

 なのに、氷室がいなかったのだ。

 いや、氷室がいた跡全てが無くなっていた。氷室本体も、天理が浴びた氷室の血も、拓真に付着した血も、撒き散らされた臓物も。

 全部、無くなっていた。

 「なんだよ、どうなってんだよ、これ」

 「さあ? 神様が嫌がらせでもしたんじゃない?」

 驚愕の状況に目を見開いて周りを見回す拓真を、嘲るように天理は笑った。

 「氷室を何処にやったんだ?」

 「さあ……元からいなかったんじゃない? あんたが幻覚を見ていたという線で手を打つのはどうかしら」

 「だったらお前が氷室を殺せたことに説明がつかない」

 「そういえばそうねー。失念しちゃってたわ。じゃあやっぱりさっきの氷室は本物で、私が殺したってことにすればいいんじゃない? だって考えてもみなさいよ。天使である今の"私"に恨みはなくても、人間だった頃の"柊天理"に恨みがあるのは当たり前でしょう? "私"がしたことは、一年前に氷室が"柊天理"にしたことと同じなの。あんたは氷室に"柊天理"という大切な物を奪われたと思ってるんでしょうけど、一番奪われたのは"柊天理"自身なのよ?」

 「っ……それは……」

 "柊天理"を借りた天使がつじつま合わせ、むしろ子供の言い訳のように発した言葉に、拓真は二の句を告げられなかった。

 天使の言い分は、あまりにも的を射ていたのだ。自分だけが辛い訳じゃない、椿も、天宮も辛かっただろう。

 それに、辛いと思う間さえなく死んでいった天理は、多分もっと辛い。

 拓真は俯いて強く拳を握り締める。天理はそんな拓真を見て目を細めた。

 「まあ、いいわ。とりあえず私がやらなきゃいけないことはまだあるから、あんたも協力してくれないかしら」

 「……何をす――」

 「――眠りなさい――」

 「あ……」

 拓真が顔を上げると、いつの間にか目前まで迫っていた天理と目があった。

 そして急激な眠気が拓真を襲う。抗うだけの間もなく拓真の意識は暗いまどろみの中に落ちていった。

 天理がしたそれはまるで拓真やルシフの魔眼のような現象だった。

 天理は横たわっている拓真の前にしゃがみこんで鬱屈な溜め息をついた。

 「どうでもよくないことだけど、私はこういう役は嫌いなのよねー……憂鬱で、気が狂っちゃいそう。あら、もう狂ってるんだったかしら? ま、いいわ。正気な退屈よりは狂気な愉悦の方がいいしー……じゃあね拓真。あんたが頑張ればまた会えるわ、保証はしないけどねー」

 天理が拓真の頭を撫でると、またそこには元から何もなかったかのように拓真が消えた。天理は立ち上がり、周りを見渡す。

 「早蕨さわらびー? いるわよねー?」

 「当然」

 天理の声に応えて、全身、顔さえも黒い布で隠した背の高い人間が天理の斜め右後ろに現れた。声はくぐもっていて聴こえづらいが、おそらく男のものだ。必要以上にしゃべる気配もなく、全身を包む黒い布が忍者を連想させる。

 「そ、じゃあいくわよ」

 「了解」

 それだけ言葉を交わして、やはりそこには元から何もなかったかのように、二人は一瞬にして消えた。

 屋上には空虚な静寂だけが残った。






 理事長室。

 拓真の動向を視て偶然にも氷室の末路を識ってしまった天宮は動揺していた。

 「どういうこと!? 氷室君が殺されるなんて!」

 天宮はパソコンを操作しながら、世界に何かおかしなズレがないか高速で確認してゆく。

 実は天宮は識っている。

 拓真と氷室が抽象的や可能性論ではなく具体的で絶対的に対極であることをだ。だからこそ、今視ていたことが信じられなかった。

 対極で特別な二人。拓真を殺せるのは氷室だけであり氷室を殺せるのは拓真だけなのだ。それゆえに天理が氷室を殺してしまったという運命の捩れは、世界に何かがあったとしか考えられなかった。

 「どういうこともこういうことよ。殺人の現行犯で捕まった柊天理被告は被害者の氷室さんに対する怨恨による犯行だと供述しています……あ、でも私は未成年だから女子高生(16)とでもぼかされるのかしら。少年法に感謝よねー、更正できる余地を与えてくれるなんて。私は更正なんかするつもりないけど」

 天宮が声に反応して顔を上げると、来客用のソファーに天理が座っていた。早蕨はその傍らで微動だにせず立っている。

 「……柊ちゃん」

 「氷室を殺してどうするつもりかって? そうねー……とりあえずは氷室がやろうとしてたことをやるわ。私の恨みは拓真にもあるからねー」

 「……怨恨だったとしても、このタイミングで氷室君を殺す意味がわからないよ」

 「だって意味なんてないもの。気まぐれでそろそろ殺そうと思ったから殺したのよ」

 「……」

 気だるげにソファーに沈み込んでいる天理に、天宮は言うべき言葉が見つからなかった。天理は質問が終わったと判断し、早蕨に向いた。

 「じゃあ、始めて。早蕨」

 「了解」

 天理の指示に応える形で、早蕨は地面に片膝をつき、両手を地面に突き刺した。いや、突き刺したというのは正確ではない、むしろ沈めた、という方が正しかった。

 早蕨が両手を沈めた地面は、まるでそこが地面ではなく水面でもあるかのように、波紋を描きながら少しの抵抗もなく早蕨の両手を受け入れた。

 そして、くぐもった声。

 「使召成白」





 教室。

 「なんだ、あれは?」

 現国の授業を聞き流し、学校に来なかった拓真のことを想いながらぼんやりと窓の外を眺めていた椿は、校庭に白い人形ひとがたの何かを見つけた。

 よく見ると、白い人形は地面から這い出るように出現していて、数はすでに数十体にも及んでいた。

 「……明らかに異常」

 サリエルも外の異変に気付いた。

 椿は白い人形が増えてゆくのを見ながら、誰が、何処であれらを造り出しているのかを考えた。そして“誰”に当たるのは氷室しかないと思い至り、学校に来ていない拓真は氷室に会いにいったであろうことにも簡単に想像がついた。

 「……くそっ」

 椿は勢いよく席を立って走り出そうとしたが、ルシフが腕を掴んで止めた。

 「待つんじゃ巫女。まずはあの白い人形らをなんとかせねばならんじゃろう。心配じゃが主さまのことは――」

 内心は拓真の身を案じながらもあの白い人型の危機性を感じて椿を引き止めていたルシフが言葉を途切れさせるとともに、消えた。

 クラスの生徒たちが校庭で起こっている不可思議な光景とルシフが目の前から突然に消えたことにどよめく。

 「ルシフ?……ルシフが、消えた? ああもう、立て続けになんなんだ! わけがわからないぞ!」

 「……まずはあの人形たちをなんとかする。拓真と悪魔のことは今考えていても仕方がない」

 椿は取り乱していたが、何時いかなるときでも表情を変えないサリエルを見て、少しだけ落ち着いた。

 周りの状況を確認する。

 クラスメイトたちもあの白い人形に気がつき、窓際で身を乗り出しながらあれはなんだ、とよどめいている。これは非常によくない。一般人をこのような事態に巻き込むわけにはいかないし、異能の存在など生きてゆくうえで知る必要はないのだ。まずはクラスメイトたちにあれらが常識の外側に属するものだと悟らせないようにしなければならない。

 「……そうだな、これはきっと氷室がやっていることだ。拓真とルシフもまだ殺されたりはしないだろう。根拠はないが、今はそう信じるしかない。エクスピール、私たちはあの白い人型を抑えるから、君はクラスの皆に今起こっていることの説明をあることないこと含めて面白おかしくしておいてくれ……今起こっていることが異能なんかとは全く関係なく、種も仕掛けもある常識の範囲内の出来事だと思わせて興味を失くさせるほどに馬鹿らしいのをな」

 「任せておくと良いよ」

 吸血鬼であるエクスピールも今の状況のまずさを理解しているようで、クラスメイトたちを見回しながら頷いた。

 「よし、じゃあ行くぞ、サリエル」

 「……分かってる」

 弓矢を背負い走り去る椿とそれについてゆくサリエルを見送りながら、エクスピール・アンブライトは考えた。

 新種のUMAと天宮理事長の新型兵器、どっちが馬鹿らしくてクラスメイトたちを笑わせるだろうか?

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