第49話 万能型な死神さん
天理が拓真家に来た次の日、サリエルは学校が終わってからゲームセンターまで足を運んでいた。
「……あいつは、ここにいるはず」
あいつ、とは赤い髪のヘッドホン少年、赤神のことだ。サリエルは自分でもやれること、特に情報収集をするべく、赤神をとっちめに来たのだった。何故赤神なのかと訊かれれば、一番扱いやすくてシメやすそうだったからという理由からだが、それが軽くいじめっこ的な発想だとサリエル自身は気づいていない。
次に、どうしてゲームセンターなのかというと、氷室と赤神が学校で、
――赤神、お前今日もゲーセンか?
――ん、氷室兄も行く?
――俺はええわ、けどようやるなあお前も
――にひひ、最近は原点回帰の格ゲーにはまってるんだ
――そうかい、ま、ほどほどにせえよ
とまあ、こんな感じの会話劇が繰り広げられたからに他ならない。
ここで少し、氷室たちが学校に来たときのことに触れておこう。
一言でいうなら、めちゃくちゃだった。
まず、年齢。
氷室と天理はまだいい。しかし赤神はどうみても小学生で、マリアベルはすでに教育課程を終了しているようにしか見えない。
そして、服装。
氷室は制服を着ていたが、天理と赤神は私服、マリアベルは修道服という統一性のかけらも無さ。
もちろんこのような転校生たちが来て騒ぎにならない訳がない。
クラス内で堂々と氷室たちについて何か言う者はいなかったが、クラス外ではひたすら騒ぎ立てられ、結果的に氷室たちは転校初日にして学校中にその存在を知らしめることになった。
そんなことを思い出しながら、サリエルは店の派手な色彩だがところどころ色が剥げている少し古くさい看板を見上げた。
サリエルにしてみれば、ゲーセンなどうるさいだけで何が面白いかわからない、むしろ不快な場所なのだが、拓真のためなら致し方なく、騒音に対する心の準備をしてから、サリエルは自動ドアをくぐった。
そこから先は、あの時と同様にまるで別世界だった。
ク レーンゲームやらエアホッケーやらコインゲームやら、サリエルには何に使うものか全くわからない機械たちがところ狭しと並び、不必要な程の大きさで、聞き分けることができない多種多様の音が建物の中を飛び交う。
サリエルはやってこそいないが前回ここに来たときにある程度見ていたので、さしてゲーム機に目移りもせずに赤神を捜す。
しかし数多のゲーム機たちが並んだここは視界が障害物に邪魔され、端から端までしらみつぶしに回るしかなかった。
そこで不意に、サリエルは赤神が言っていたことを思い出した。
――原点回帰の格ゲーにはまってるんだ
おそらく、あのときの話の流れからして"格ゲー"なるものがゲーセンにはあるのだろう。
しかし、サリエルには"格ゲー"というものが一体何なのか検討もつかなかった。
サリエルはすぐ近くでクレーンゲームをしていた青年に目をつける。
「……すいません」
「ん? うおっ……」
青年は自分が呼ばれたことに気がついて振り返ったが、驚いて低めの声を洩らした。
サリエルのような小さな女の子にいきなり声をかけられたことにもであるが、サリエルがとても綺麗に整った顔立ちをしている人形のような白髪の少女であったことも青年に息を飲ませた理由だ。
「……"格ゲー"って何?」
「か、格ゲー?……あ、格ゲーね、格闘ゲームの略だよ」
「……それはどこにあるの?」
「あっちだね」
サリエルが首を傾げて訊ねると、青年は一際ゲーム機が密集している場所を指差した。
「……そう、ありがとう」
「あ、うん……」
サリエルは絹のような白髪をなびかせ、格ゲーコーナーへと歩いていった。
青年はしばらくサリエルから目を離せないで、ただただ立ち尽くしていた。
さて、"格ゲー"の正体及び所在位置までは知ることが出来た。
後は赤髪の少年を見つけるだけなのだが……サリエルが辺りを見回しながら機械の間を歩いていると、聞き慣れた、というほどではないが聞いたことのある声がサリエルの左にある機械の向こう側から聞こえてきた。
「よっしゃ、後は奥義で……ってここでカウンターかよ!? ありえねー! 無理ゲーじゃんこんなの!」
案の定見覚えのある赤髪ヘッドホン少年が頭を掻きながらぎゃいぎゃい叫んでいたので、サリエルは音もなく後ろに回り込んで、ゆっくりと手を伸ばした。
「……確保」
「あ、ちっちゃなお姉ちゃん――ぐえっ!? なんで首絞めんの!?」
「……悪いようにはしない、ただ質問に答えてくれれば」
「既に悪いようになってる気がするんだけど!」
赤神は苦しそうにしながら抗議する。
ふと、サリエルの頭に金髪の人物が浮かんできた。
「……なるほど、お前はアレに似ている」
「あ、アレって?」
「……吸血鬼」
「なんでだろ、何故かその吸血鬼とは仲良くなれそうに思える」
「……まあいい、さっさとここに……氷室が拓真に何をしに来たのか答えて」
その言葉を聞いた赤神は、自らの首を絞めていたサリエルの手を右手を払って弾き、眉間に皺を寄せてサリエルを睨んだ。
その双眸は氷室への固い忠誠と氷室の言葉による強い束縛をうかがわせる。
「そんなの言えるわけないじゃん。氷室兄からは言うなって言われてるし、僕も言ったら面白くなくなるって思ってるし」
「……力づくで聞いても構わない」
しかしサリエルはひるまなかった。
「力づくが簡単だとは、思ってないよね?」
「……」
赤神は唇を吊り上げてニヒルに笑い、サリエルを見上げた。確かに、氷室の近くにいるということは、それだけで普通じゃないということと同義だ。この少年にも何かしらの能力があるのだろう。
力づくができないこともないだろうが、易くないことは明白である。それに、こんなところで暴れてはいけないという常識はサリエルにもある。
「そんなことよりさ、いっしょにゲームしようよ。せっかくここに来たんだからさ」
「……ゲーム……」
サリエルは周りを取り囲む数多の機械たちを見渡す。
以前ここに来たときにはやり方がわからないどころか始めることすらできなかった。赤神の提言はそんなサリエルの好奇心をくすぐるには十分だった。
サリエルは心の中でしばらく逡巡したが、赤神の意志の固さを見ればおそらく何をしても氷室の目的は話さないだろうし、現在では無機質な機械の箱である"ゲーム機"に対する自らの探求心に折れた。
「……ん」
サリエルはこくんと首を縦に振った。
「うし、それじゃあ……とりあえず格ゲーする?」
赤神は自分がさっきまでやっていたゲーム機を親指で差した。
「……やり方がわからない」
「そうなんだ、じゃあ最初は僕がやって見せるね」
そう言って、赤神は百円玉を細長い形をした穴の中へと投入した。
すると、ゲーム機の画面が切り替わり、ざっと十枚くらいの人や獣の顔が映っているパネルが表示された。
上の方には"Character Select"と表示されており、赤神が手元にあるレバーを操作するとカーソルが動いたため、ここで"格闘"するキャラクターを選ぶことはサリエルにも想像できた。
カーソルを画面に並んでいる個性的なキャラクターの中では比較的まともな男キャラにあわせて赤神が赤、青、黄、緑の四色のボタンのうち、赤のボタンを押すと、一瞬のタイムラグの後にまたもや画面が切り替わり、赤神が選んだ男性キャラと、身体は人間だが顔はライオンのそれである獣人がそれぞれのファインティングポーズをとっていた。画面中央に"READY?"と荒々しい赤文字が表示された後、それが間髪いれずに"FIGHT!"に変移し、同時にゴングが鳴った。
「このレバーを左右に動かすと、それにあわせてキャラクターも動くんだ。上に動かせばジャンプ、下にするとガードね。赤いボタンでパンチ、青でキック、黄色で必殺技、緑で奥義で、必殺技は上にある黄色いゲージの半分、奥義は全部使って発動できるから」
赤神が説明にあわせて操作をしていくと、男性キャラが獣人を殴ったり蹴ったりする。
「んで、右上にあってだんだんと減っていってる緑のゲージが獣人のヒットポイントで、左上のが僕のヒットポイント。これがゼロになったほうの負け。見れば分かるだろうけど、必殺技ゲージはダメージを与えたり喰らったりすれば増えるよ」
ひとしきり説明が終わったので、赤神が必殺技ゲージを全消費して奥義を繰り出すと、獣人のヒットポイントが消し飛び、獣人もひときわ高く吹っ飛んで、起き上がることはなかった。
「わかった?」
「……ん」
サリエルは声だけで赤神に応えた。
心なしか目が輝いていて、実際に、早くやってみたいと思っていた。
「じゃあ向かい側のゲーム機に座ってくれる?」
「……何で?」
「いいからいいから」
赤神の不可解な指示にサリエルが首をかしげていたが、赤神は意地悪に笑っているだけだったので、怪訝に思いながらも向かいのゲーム機に回り込んだ。すると、赤神がやっていたのと同じゲーム機があったので、サリエルはいわれたとおりに椅子に座った。
「……どうすれば?」
「これを対戦って書いてある方の穴に入れてっ」
赤神はそう言って百円玉をサリエルに向かって投げた。サリエルはそれを受け取って、二つある穴のうち上に対戦と書いてあるほうに入れた。すると、"Character Select"の画面に切り替わったが、前と違うのはカーソルが赤と青の二つあるということだった。サリエルがレバーを動かしていないのに、青色のカーソルはひとりでに移動して、先ほど赤神が使用していた男性キャラクターを選択して止まった。
「好きなキャラを選んでカーソルで決定して」
「……分かった」
サリエルがレバーを動かすと赤いカーソルが移動したので、しばらくさまよわせた挙句、並んでいたキャラクターの中で唯一の女性キャラを選んで決定した。その銀髪の女性がどことなくルシフに似ていたので、サリエルはやっぱり変えようかと思ったが、画面が切り替わってしまったので諦めた。
画面の中でそれぞれが選んだキャラクターたちが向かい合った。
「……これから、何を──」
「ちっちゃなお姉ちゃんと僕が対戦するんだよ。さっきぼくはCPUと戦ったけど、この戦いはそうじゃなくて、今ちっちゃなお姉ちゃんの相手をしようとしている男キャラは僕が操作するんだ」
「……なるほど」
CPUとはなんなのかサリエルには分からなかったが、とりあえず相手は赤神で、それをさっき学んだ攻撃によってヒットポイントをゼロにしてやればいいことだけは理解した。
「んじゃ、いくよ!」
「……来い」
画面に"FIGHT!"と表示され、ゴングが鳴った。
三十秒後、赤神の操作する男性キャラが吹っ飛び、画面に"PERFECT KILL"──自らはノーダメージで敵を撃破すると表示される──と、黄金の文字が刻まれた。
すなわち、サリエルのボロ勝ち。フルボッコだった。
「……何でだあああ!?」
「……楽勝」
赤神が頭を抱えて絶叫し、サリエルは胸を張って鼻を鳴らした。
「強すぎるよちっちゃなお姉ちゃん! ビギナーズラックとかいうレベルじゃねーよこれ!」
「……私は見ればたいていのことはできる」
赤神はゲーム機越しにわめき散らしているが、意外と万能なことを発覚させたサリエルは毅然とした態度で勝ち誇る。
「ちっくしょー! 負けたまんまでいられない! お姉ちゃん次こっち来て!」
「……どこへ」
行くの──と言う前に、サリエルは赤神に手を引かれてどこへやら引っ張られていった。
エアホッケー。
反射を使いこなし自在に円盤を操る赤神に対し、スマッシャーを二刀流のように二つ使って円盤が複数になったとき得点を稼ぎまくったサリエルの勝利。
カーレースゲーム。
絶妙のスピードでコースをぶれることなく華麗に走る赤神に対し、ブレーキの概念を理解していなかったサリエルはアクセルをベタ踏みしつつも完璧なタイミングで曲がり、コースを外れることはなく、レース中ずっと最高速度でぶっちぎり勝利。
メダルゲーム。
赤神が何をするまでもなく、サリエルがメダル一枚でスロットのスリーセブンを揃えてあっという間に十枚を千枚にして勝利。
それからもいろいろなゲームでルールを決めて対戦したが、型破りなプレイスタイルでことごとくサリエルが勝利した。
「俺、もう立ち直れない……」
全てが終わった後、ゲーセンの一角にある休憩所のベンチで暗く沈んでいる赤髪の少年が出来上がっていた。
「……気にする必要はない。私が万能すぎるだけ」
「うわー、なんかそれってくやしー」
「……お前が弱すぎただけ」
「もっとくやしー!」
サリエル的には気を使ったつもりで言い直したのだが、どうやら逆効果だったようだ。
サリエルは自販機で買ったジュースを一口飲んで一息ついて、
「……まあ、今日は楽しかった。ありがとう」
「うー、一個も勝てなかったけどなー……ま、僕も楽しかったからいいや。僕もう帰るから、また遊ぼうね、ちっちゃなお姉ちゃん」
赤神はすっと立ち上がって、年相応な笑顔を浮かべて軽く手を振った。
「あ、今日のお礼にちょっとだけ氷室兄のしようとしてることを教えてあげる。ん? しようとしてることのヒントかな? まあいいや」
「……」
「氷室兄はこれからすることのために僕やマリアベルを集めたんだよ」
「……そう」
赤神の言葉に対して、サリエルは短い返事だけを返した。
「ん、それじゃあバイバイ、ちっちゃなお姉ちゃん」
サリエルは赤神の背中を見届けてから、もう一口ジュースを含んで、飲み干した。
当初の目的が果たせたとは言いがたいが、今日サリエルは一つだけ知ることが出来た。
「……なるほど、ゲームセンターは、意外と楽しい」