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主人(マスター)と悪魔(メイド)の主従関係  作者: 睡蓮酒
終章 ~神とか、天使とか~
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第48話 転機と天理と天使

 唐突に、突然に、当然のように現れた天理が椅子に座り、テーブルを挟んだ向かい側に拓真が座った。そしてその後ろにルシフ、サリエル、椿が立っている。

 天理はルシフに差し出された湯気立つ紅茶に砂糖を入れて、スプーンでかき回している。

 「それじゃ、楽しいおしゃべりを始めましょうか」

 天理はスプーンをカップの中に放置し

て、結局紅茶には口をつけずにそう切り出した。微笑を浮かべながら、拓真たちを見回す。最後には拓真だけに焦点を定めた。

 「そうだな……聞きたいことはたくさんある」

 「スリーサイズは教えないわよー」

 拓真の真剣な表情に反して、天理は唇を吊り上げて一層いやらしい笑みを浮かべた。

 「椿は教えてくれたぞ」

 「あら、流石椿ね……95,52,87ってところかしらー」

 拓真の言葉を受けた天理は、椿の身体──正確には身体のとある三箇所──を舐めまわすように見てから、三つの数字をおもむろに並べた。

 「ちょ、て、天理ちゃんっ!」

 ずばり的中だったのか、椿は顔を赤くしてわたわたと天理の口を塞ぎにかかる。しかし天理は短めの黒髪を揺らしてこともなげにかわして、くすくすと笑った。

 「あれ、椿……お前ちょっと太った?」

 「うるさいっ! 太ってないっ! あの時はほんっっっの少し見栄を張っただけだっ!」

 椿はさらに顔を赤くして、目の端に涙を溜めつつ拓真に向かって叫んだ。天理の口から漏れる声もことさらに強くなっていき、ついにこらえきれず吹き出して笑った。

 「やっぱりあんたたちは面白いわねー。氷室の周りにいるやつらはまだマシなんだけど、氷室自体は余裕ぶってて隙を見せないからつまんないのよねー。あいつに何かしてもいっつもむかつく笑いを浮かべて流しやがるからつまんないのよ」

 「あいつにそんなもん求めるなよ、いろんな面でお前が間違ってる。年がら年中人を弄ぶことばっか考えてんじゃねえ」

 「どうでもよくないことだけど、私の生きがいを否定しないでほしいわねー。氷室みたいな奴ほど笑える姿を晒させてやりたいというこの高尚かつ聡明な思考が理解されないのが不思議でしょうがないわ」

天理はやれやれという風にため息を吐いた。

 「少なくともお前が低劣かつひねくれた思考の持ち主だってことは随分前から知ってたよ」

 「あんたが何を言わんとしてるのか分からないから褒め言葉として受け取っておくわー」

 褒めてないということだけは教えといてやるよ、というのは無駄な気がしたので拓真は黙って椅子の背もたれにかける力を強めて鼻を鳴らした。

 「で、これから始めるのはお前への質問責めもとい尋問ってことでいいな?」

 「あら、それはずるくないかしら? 交互に質問しましょうよ、あんたが聞いて私が答える、私が聞いてあんたが答える、みたいに」

 天理は人差し指を伸ばした両手を顔の前に掲げ、自らの言葉に合わせて折ったり伸ばしたりした。

 「……わかったよ、それでいい」

 拓真は一瞬黙り込んだが、頷きを以て了承した。

 「俺から質問するぞ。お前、なんでここにいる?」

 「あんたとお話しするためだけどー?」

 「いや、そうじゃなくて、なんでお前が生きてるのかってことで――」

 「質問は交互に、でしょ? 相手が私なのにちゃんと質問しないあんたが悪いわ」

 天理は拓真の質問の真意を読み取っているはずだ。しかし天理は飄々と的はずれな答えを返した。

 あわてて拓真が言葉を付け足そうとしたが、もう遅いとばかりに天理は拓真の言葉を遮った。

 拓真は少しの間口を開いて固まっていたが、諦めて嘆息し、天理に質問を促した。

 「じゃあ私の番ねー……あんた、随分ましな表情になったけど、何かあったのかしら? 学校で氷室や私を見たときはあんなになってたから、もしかしたらここに来てもろくに話なんか出来ないと思ってたんだけど?」

 天理は左手で頬杖をつき、右手を拓真の頬にそっとそえて少し首を傾げた。

 妖しさを含んでいる澄みきった瞳に見つめられ、拓真は脳が希釈された麻痺毒にじわじわと犯されてゆくような感覚に襲われた。

 しかし、頬に触れている右手から何故か感じられた得体の知れない悪寒がそんな感覚を振り払った。

 「お前までそれを言うのか……お前らが現れてヘタレてたら、うちのメイドにボコボコにされたんだよ。その時の恐怖が強すぎてお前らなんかへっちゃらになっちまったぜ」

 拓真はシニカルに笑った。

 「ふうん、メイドって銀髪の? それとも白髪の?」

 「質問は交互に、だろ」

 「性格悪いわねー」

 「お前が言うな。じゃあ質問だ……」

 拓真の語気にはまだ迷いが残っていた。

 おそらく、いや、確実に、これを聞いてしまえばもう引き返せない。何があっても天理や氷室と関わらなければならなくなる。それに自分は本当に耐えられるのだろうか、いまなら逃げ出せるのではないかという迷いが。

 しかし、それでも、拓真はもう覚悟を決めることを決めたのだ。

 迷いを振り払い、拓真は質問を続けた。

 「お前、何でまだ生きてるんだよ。お前は一年前に死んだ、いや、殺されたじゃねえか」

 「……」

 拓真の質問に天理は笑みを消し、もうすっかり冷めて湯気の立っていない紅茶を一口飲んだ。

 ただ答えを待つ拓真と椿。

 天理はしばらく目を閉じて黙り込んでいたが、ゆっくりと口を開いた。

 「あら、この紅茶美味しいわね、熱いうちに飲んでおけばよかったわ」

 「あからさまに話をそらしてんじゃねえ!」

 「冗談よ冗談。そうね、まだ早い気もするけど、私も聞かれること承知でここに来たんだし、教えてあげるわー」

 憤慨する拓真を笑って宥めた天理は、再び真剣な表情に切り替わった。

 「……まず、ここにいる柊天理は一年前までの柊天理とは違うわ。そりゃあそうよね、一年前に柊天理はお腹におっきな孔を開けられて死んだもんね」

 「そうだな……」

 天理の言葉をきっかけに、拓真の頭にまた一年前の光景がよみがえってきた。

あのとき、血塗れで倒れていた天理には腹部が無かった。ドリルか何かで貫かれでもしたかのように、腹部に孔が空いていたのだ。そこからの出血は大量という表現では足りない程だった。

 それに、外傷はそれだけではない。

 右肘は曲がるはずのない方向に曲がっていて、左足はひしゃげていた。頭も割れていて、天理の生存している可能性がゼロだと天理の身体に起こった惨状が視神経を通して拓真に伝えてくれた。

 「う……く……」

 あの光景を思い出した拓真はまた吐瀉物が喉奥からせり上がってくるのを感じたが、今度はなんとか堪えきった。

 天理はそれを一瞥してから、

「続けるわよ。だったらここにいる柊天理にそっくりな私は何なのかってことになるわよね? ここにいる私は柊天理の一卵性の姉妹だったのか、偶然容姿が瓜二つだった他人がが柊天理の真似をしているのか、それとも……人ならざるものが柊天理をコピーしたのか」

 拓真たちは息を飲んだ。

 今の天理の言葉に正解があるのは明白であり、どれが正解であるのかも、また明白であった。

 「つまりお前は、人ならざるもの、ってことか」

 「そ、私は人じゃないのよ。私は柊天理の姿を借りた、人じゃない何か……言っちゃうと、天使なのよ」

 「天、使?」

 拓真は唖然とした表情で聞き返す。

 「聖書や童話なんかでさまざまな姿を描かれる、人間と神の中間だといわれる天使。まあ、天使なんて抽象的で概念的で不定形な存在だから、どんな描写も間違いではないんだけど」

 「その天使が、お前だっていうのか?」

 「そうよ、私は柊天理の総てを完全投影してここにいるの」

 拓真には目の前にある天理が偽物であるということが信じられなかった。

 生きていることも信じられないのに、目の前にいる天理が偽物であるということも信じられない、そんな矛盾が拓真の頭を締め付けた。

 「じゃあ、なんでお前は氷室の味方をして……質問は交互にだったな」

 「よく学んだわねー、褒めてあげるわ。じゃあ聞くけど、そこのメイド二人の種類を教えてくれるかしら」

 「銀髪のルシフは悪魔で白髪のサリエルは死神だ」

 「ふうん、なるほどねー。面白いことになってるじゃない」

 「何がだ?」

 「なんでもないわよー」

 天理はくつくつと笑って拓真から目をそらした。

 「……じゃあ俺だな。お前、なんで氷室の味方をしてるんだ?」

 「別に味方ってわけでもないわよー? ただついていってるだけ。それが何故かといわれると……氷室といた方が私には合ってるから、かしら?」

 天理は自分でもよく分かっていないようで、腕を組んで顔をしかめた。

 「合ってる、ね……」

 「それはそうと、私から訊きたいことって実はもう無いのよねー。あんたとそこの悪魔ちゃんがどこまでいったのかでも聞かせてもらうわ」

 「なっ!?」

 ルシフは思わぬ形で自分に矛先が向いたので驚いた表情で天理を見た。

 「んー? どこまでって……メイドになって奉仕してくれてるな」

 「あらあら、じゃああんたは溜まってないのね。お盛んだこと」

 「は? いや、確かにいつもしてくれるから(掃除を)溜まってないし(ゴミは)。ルシフは盛んにやってくれるが(家事を)……」

 「あんたからするの? それとも悪魔ちゃんから?」

 「ルシフから自主的にしてくれる(家事を)……って、質問は交互にだろ」

 「そういえばそうだったわねー」

 天理はプルプルと震えて笑いをこらえていて、拓真の顔を見れていない。

 「主さまっ! 誤解を! 明らかに誤解をされておる! 日本語は正しく使わぬか!」

 「は? 誤解って、どう誤解するん

だ?」

 「う、それは……」

 「あらあら、悪魔ちゃんには拓真の言葉がどんな風に聞こえたのかしら? 私、気になっちゃうわー」

 「おぬし……わかって言っておるな?」

 ニヤニヤといやらしい笑いを浮かべた口元を隠している天理を顔を紅潮させて引き攣った顔をしているルシフが睨んだ。

 「ルシフが何を言わんとしてることはよくわからないが……天理、お前は氷室といっしょに何をするつもりなんだ?」

 「それはまだ言えないわね。流石にそこまで教えると物語が狂うもの。拒否権を行使するわ」

 「物語……? ん、まあ、俺もこの質問に答えるとは思ってなかったからいいけどな」

 「じゃあ私からはねー……悪魔ちゃん、あなたは拓真とえっちなことしたいと思ったりするのかしらー?」

 「おぬし、儂に何か恨みでもあるのかっ!? 拒否権を行使するっ!」

 ルシフは今にも天理に飛び掛りそうな勢いで叫んだ。

 「しかも俺に対する質問じゃねえし」

 拓真も呆れた様子で天理を見る。

 「だってー、私もうあんたに訊きたいことないんだもの。となれば、他に興味があることを訊くべきじゃない?」

 「はぁ、じゃあ次で最後にする。天理――俺のことを恨んでるか?」

 

「恨んでない、と言えば嘘になるわね」


拓真の万感を込めた質問に、天理は少しつまらなそうな顔をして答えた。

 「……そうか」

 「じゃ、私は帰るわねー。もう会うことは多分、あるだろうけど、その時にはヨロシクねー」

天理は椅子から立ち上がって、手をひらひらと振りながら玄関の方へ歩いていった。




 天理が出ていくと、静寂が場を支配し

た。

 他の誰でもない拓真が喋らないからこそ、ルシフも、サリエルも、椿も、誰もが口を固く閉ざすしかなかった。

 「……主さま」

 「さって! 気になることは分かったし、後は天理の言う"その時"までに用意しとかねーとな!」

 ルシフが拓真に話しかけようとすると、拓真が急に大きな声を出して立ち上がったので、ルシフはのけぞってあっけに取られた。

 「大丈夫だ、俺はもう逃げないって言ってるだろ。覚悟は、決めたんだ」

 「……そうじゃなっ」

 ルシフはぱっと満面の笑みに切り替わ

る。

 「いい感じじゃないか拓真、キスか抱擁どっちがいい?」

 椿は両方するか? といった風に両手を大きく広げ、桃色の唇を少し尖らせて拓真を待ち構える。

 「電柱にでもしてろよ」

 「……かっこいい」

「お、なんかサリエルの発言もまとも― ―」

 「……抱いて」

 「台無しだよ」

 それからはいつもどおり。

 サリエルがむりやり拓真に飛びかかり、襲いかかるも軽く捕まえられて両頬を引っ張られ、「……もっと強く」なんて言って震える。

 その隙に椿が拓真の後ろからその豊満な胸を押し付け、振り向いたところにキスをしようとするがなんとか右手で椿の額を捕まえて阻止する。

 そんな拓真たちの様子を見て少し羨ましそうにしながらルシフは笑う。

 拓真はうんざりしたような表情をしながらも楽しんでいる。


 そんな彼らを外から見ていた人影は、クスクスと笑って、闇に溶け込んでゆくように姿を消した。


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