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主人(マスター)と悪魔(メイド)の主従関係  作者: 睡蓮酒
終章 ~神とか、天使とか~
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第47話 "ただいま"と"お帰り"

綾乃桜椿は葛藤の中にいた。

拓真の家の前で立ち尽くし、インターホンを押すか、押さないかで指は宙をさ迷っている。


「うう、拓真が心配だよぅ……でも氷室を何とかしなきゃいけないし……でも拓真のことが気になって手につかない……でも氷室を放っておくと大変なことに……でも拓真がぁ……うぅ……」


「拓真」と言うと指がインターホンに近づき、「氷室」と言うと指が遠ざかる。

そんな優柔不断右往左往の繰り返し。

うーうー唸る椿の目には涙が溜まり始めていた。


「む? そのような所で何をしておる」


「ひゃわあ!?」


突然誰かに声をかけられ、椿は奇声をあげながら顔を伏せて、慌てて涙を拭った。

顔をあげると、ドアを半開きにして顔だけ出しているルシフがいた。


「る、ルシフか……」


「外からうめき声が聴こえたから来てみたが、巫女じゃったのか」


「そ、そんなに大きな声で唸っていた

か?」


椿は恥ずかしげに涙が残っていないか目をこすって確かめる。


「うむ、特に主さまの名を呼ぶ時は癇癪を起こす前の幼子のような――」


「わかった! わかったからもういい!」


椿は顔を紅潮させて、手を身体の前でわたわたと振った。


「それで、何をしておる。入らんのか?」


「いや、その……」


椿は知っている。

一年前、天理が殺され、氷室が消えた後の

拓真を。

あの無気力だった、脱け殻のような想い人の姿を。


そして、あの二人が突然に現れて拓真が受けたショックは椿には容易に想像できた。

なぜなら椿自身も拓真ほどではないにせよあの事件で相当の心の傷を受けていたからだ。あの二人が再び現れた時、辛うじて取り乱さなかったのは先に拓真が暴れたからであって、あの場にいたのが自分だけだったなら何をしたかわからない。

そして、だからこそ、余計に拓真に近づきづらくなっているのだ。

何をすべきなのか、なんて声をかけたらいいのか、むしろ何もしない方がいいのか、選択できない。


「拓真は、元気か?」


結局、そんな当たり障りのない言葉が口から出た。

元気なわけがない、そんなことはわかっているはずなのに。

椿は自分で自分に嫌気が差す。

いつも拓真のそばにいるくせに、一年前の事件を知っているくせに、肝心な時に臆病になって何もできない。

こんな自分が彼に会うことが許されるんだろうか。


「元気じゃぞ」


ほら、元気なんだ、元気じゃないわけがな……え?


「元気、なのか?」


「うむ、先刻復活した」


「復活したって……」


わからない。

復活って何? 一回死んだの?

椿は必死で話についていこうとするが、拓真が元気になったことと復活の接点が見当たらない。


「今は風呂に入っておるぞ。儂がボコボコにしたからな」


ますますわからなくなった。

あ、やっぱり死んだの? ボコボコにされて?


「え、と……元気で、復活して、ボコボコになったのか?」


「復活して、ボコボコにして、元気になったのじゃ」


「……」


理解不能。思考活動限界。


「ま、入るがよい。主さまが待っておる

よ」


「う、うん……」


頭がルシフが手招きをしたのにつられて椿はのろのろと拓真の家に入った。

すました表情で歩くルシフの後ろを椿はついていく。


「リビングで待っておれ、紅茶でも淹れてやろう」


「いや、その」


「む、コーヒーの方がよかったか?」


ルシフが椿の方を振り返った。


「そういうことではなくだな、その、本当に拓真は元気になったのか?」


「なったといっておるじゃろ……む? なにやら風呂場が騒がしいのう」


怪訝な顔をしたルシフは椿を取り残し、パタパタと風呂場の方へ駆けていった。


「あ、ちょっと待っ……訳がわからない」


もしかして、これは夢なんじゃないだろうか。臆病な自分が見た、都合のいい夢。

そうだ、きっとそうだ。多分もうすぐ夢は終わる。

拓真に会う直前に目が覚めて、また現実に引き戻されるのだろう。


「ふぅ……じゃあ終わらせに行こうかな」


椿の顔に浮かんでいたのは、笑み。それは自己への呆れ笑いだったのか、それとも嘲笑だったのか。

どちらにしろ、椿の胸を悲しい虚しさが通りすぎたのは確かだった。


突き当たりの角を曲がると、風呂場の扉の前でひきつった笑みを浮かべたまま硬直したルシフが突っ立っていた。


「どうかしたのか? そんな固まっ……て……」


椿も風呂場を覗くと、

まだ身体を湯で濡らして腰にタオルを巻いただけの拓真がサリエルに覆い被さるようにして服を脱がしにかかっていた。


『……』


全員沈黙及び硬直。


「……きゃー、犯されるー」


サリエルが平淡な声音でそう言った。


「ち、違う! 俺はサリエルの服を押さえてんだよ! 脱いでんのはサリエルだ!」


拓真は慌てて弁解した。

そう、一見拓真が犯罪に走ったとしか思えない図は、実は違った。

サリエルが服を脱ごうとし、拓真が服を押さえているのだ。


「……拓真がすさまじい力で私の服をー」


「だから脱ぐな! こんの、その身体のどこにこんな力がっ……!」


拓真も必死だが、服は徐々に捲り上げられていく。

そんな時、怒りに爆発したルシフが叫ん

だ。


「主さまっ、もしかして主さまは稀に聞くロリコンというやつなのかっ!?」


「違うわっ、俺はそのロリを止めてんだよっ! アホなこと言ってないでルシフもロリを止めろ!」


「アホ、じゃと?」


「……私はロリじゃない」


魔界出身の二人からどす黒いオーラが放出される。

もちろん矛先は拓真。

どったんばったん、やいのやいの。


なんのことはない、いつもの拓真たちだった。

これが夢だと思っていた椿は呆然として自身の頬をつねる。


「……痛い」


椿はやはりここは現実だと知る。

悪魔と死神を相手取る拓真は椿に気がついたようで、手を伸ばして助けを求めた。


「つ、椿! もはや頼れるのはお前だけ

だ! 望み薄な気はするが一応言ってお

く、こいつらなんとかしてくれ!」


そこにいたのは間違いなく、椿の知っている天村拓真だった。

あの困り顔が、それでいて愉しげな表情

が、あの自分を安心させてくれる声が。

氷室と天理に会い、拓真は二度と元気には戻ってくれないかもしれないと覚悟していた椿は、安堵から目頭が熱くなった。


「……ひっく」


嗚咽まで漏れた。

――駄目だ、我慢出来ない。だけど、今だけなら、いいかな。

椿は口元を押さえて、その場に座り込んで泣き崩れた。


「うくっ、うぐ、うあ、うわあああぁぁぁ……」


『……』


突然泣き出した椿を見て、ルシフ、サリエル、それに拓真はそれぞれ顔を見合わせ

た。

それから三人ともくすりと笑い、サリエルとルシフは拓真を解放した。

拓真はとりあえずTシャツと短パンを着てから、椿の前まで歩み、しゃがんで、椿の頭の上に優しく手を置いた。


「ほら、泣くなよ。もう俺は大丈夫だか

ら。もうあんなことにはなんねえように、もっと強くなる。ちゃんと氷室と天理に向き合うからさ」


「ひくっ、うく……うん」


椿は止めどなく溢れてくる涙を拭いながら頷いた。


「悪かったな、俺がしっかりしなきゃなんねえのにお前ばっかりに迷惑かけちまっ

た」


「……ま、まったく、だ。君が弱いせい、だぞ。だから、もっと強くなれ、馬鹿…

…」


嗚咽混じりに拓真を罵倒する椿は笑っていた。

喜びと安堵から涙と笑みが止まらなかっ

た。

「ただいま、椿」


拓真は明るい調子で、そう言った。


「うう……ぐすっ……お帰り、拓真」


椿もできる限りの笑顔でそれに応えた。

離れたところでその様子を見ていたルシフはくつくつと笑い、サリエルは相変わらずの無表情――心なしか、ほんの少し表情が緩んでいたが――で立ち尽くしていた。










あれからまた三十分以上椿は泣き続け、流石に困り果てた拓真は何も言わず椿の頭をなで続けた。

最後の十分くらいはなで続けてもらうための嘘泣きだったことが堪えきれずに噴き出して笑ってしまったことによってばれてしまい、拓真に引き摺られてリビングまで運ばれたが、椿はもういつも通りだった。


「さて、これからどうするかだが……」


四つ席があるテーブルの一角に拓真、その左にルシフ、向かいには椿、その右にサリエルが座って、当面の方針を話し合うことにした。

拓真が腕を組んで切り出す。


「氷室と天理たちについてはしばらく俺に任せてくれ。あいつらと話したいことが山ほどある」


「任せて大丈夫なんだな?」


「ああ、もう逃げない」


椿の瞳にはまだ少し疑懼が残っていたが、拓真の表情にはそれを一蹴するほどの気概と真剣味が感じられた。


「うん、ならしばらくは任せよう」


椿は腕を組んで頷いた。


「主さまがやるというなら儂は構わぬ」


「……私もそれでいい」


ルシフとサリエルも文句一つ言わずに納得した。


「ん? あ、天宮理事長のことを忘れていたな」


椿がふいに天宮のことを思いだし、そう口にした。


「あいつならもう識ってるだろ」


それに対する拓真の返答はなにか素っ気ないものだった。


「ん、まあ、そうかな……」


「そうだよ」


椿は何か釈然としない顔をしていたが、拓真は毅然としてそう念を押した。

黙ってはいたが、拓真の右手に握られていた携帯電話には先程一件のメールが届いていた。


FROM:天宮 報

TITLE:なし

本文:お帰り


無意識に微笑んでいた拓真はさりげなく口を少し動かして「ただいま」と言った。




「それはいいとして、まず誰と話すかなんだが……」


拓真は一瞬言い淀んだ。

他の三人にもその先にくる人物に予想がついていた。


「天理と、話そうと思う」


拓真は厳かにその名を口にした。


「確かに、今一番謎が多いのは天理ちゃんだな……何故生きているのか、知らなければな」


椿も険しい表情で同意する。


「俺にしてみれば、氷室より天理の方が気になるのが正直なところだ」


「それでいいだろう。私も天理ちゃんと先に話をしたい」


「ふむ、しかしどのようにしてテンリとやらに接触を?」


「う……」


ルシフの単純な疑問に椿は言葉を詰まらせた。拓真は黙っている。


「……天宮に聞けば?」


サリエルがこれまた単純な提案をした。


「いや、何故かは判らないが天宮理事長にも氷室の動向だけは知ることができないんだ。氷室の仲間である天理ちゃんや修道女の人や赤い髪の少年の動向もそのまた然りだろうな」


「……そう」


『……』


行き詰まり場に沈黙が流れたとき、唐突にインターホンが鳴った。


「私が出るよ」


「あ、おい、別に俺が……」


拓真が止める間もなく椿は立ち上がって早々に玄関に歩いていった。


「かって知ったる人の家……とは違うよなあ、多分」


「そうよねー、かって知ったる旦那の家って感じじゃない?」


「まったくだよな、天理」


「まったくよねー」


椿がいなくなり一つ空いているはずの席が埋まっていた。


「……なっ!? いつの間に!?」


ルシフが椅子から立ち上がって指差す。

サリエルもかたっと自分の座っている椅子を少し揺らした。


「あら、さっきインターホン押してきたじゃない」


「そうだぞルシフ。大体、天理に常識を求めんなよ。こいつは常に人を食ったようなやつなんだから。俺はそろそろ来るなと思ってたぞ」


「あら、どうでもよくないことだけど、酷い言われようねー」


「事実だろ」


「否定はしないわ」


拓真と天理は二人して愉快そうに笑った。

そこに、椿の足音が近づいてきた。


「拓真、どうやらピンポンダッシュのようだった……って、て、天理ちゃん!?」


唐突な天理の登場に椿は目を見開いてのけ反った。

まあ、それが普通の反応だろうな、とルシフは嘆息した。


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