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主人(マスター)と悪魔(メイド)の主従関係  作者: 睡蓮酒
終章 ~神とか、天使とか~
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第46話 真剣勝負と復活と

「主さま。今の言葉を撤回するか、この場で焼き殺されるかを選べ!!」


ルシフは激昂と共に拓真の胸ぐらを掴みあげて肉薄し、これでもかというほどに顔を近づけた。

その憤怒に満ちた瞳から発せられる眼光はそれだけで人を焼き殺してしまいそうなほどだった。

絶対に、それだけは言ってほしくなかっ

た。

そばにいる必要がない? ふざけるな。

主従関係が偽物だと? ふざけるな。

この気持ちが偽物だと? ふざけるな。

そんなわけがない!


「好きにしろよ。今なら死んでもいいって思える気分だからな」


それでも拓真は無気力にルシフを見て、いや、眺めていた。

拓真は眼前の事象を無機質な光景としか捉えていない。


「っ……」


ルシフは拓真を掴まえていられなくなった。駄目だ。どんな言葉も、行動も効く気がしない。

ルシフは爪が食い込むほどに拳を握り締めた。

この絶望は拓真に対してなのだろうか、拓真に何も出来ない自分に対してなのだろうか。わからない。


「……拓真」


ふと、サリエルがルシフの横に並んだ。


「なんだよ」


「……表に出て」


「わけわかんねえぞ」


「……いいから、出て」


「だから、なんなんだよ」


「……一生のお願いだから、表に出て」


「……」


「……言うことを聞いてくれたら、これから何をしても構わない。私たちが拓真の前から消えてもいい。だから、お願い」


サリエルは相変わらずの無表情だった。

そのはずなのに、今のサリエルから感じられるのは、希求。

サリエルはそれきり動かないで拓真を見つめた。


「……分かった。聞いてやる」


サリエルの並々ならぬ気に押され、拓真はそう言って庭に出ていった。


「死神よ、いったい何をするのじゃ?」


「……あとは、あなたの仕事」


独り言を呟くように小さな声でサリエルはそう言った。


「なんじゃと?」


「……私はあなたみたいに上手く話すことができないから、これ以上何も出来ない。あなたがやるしかない」


サリエルはルシフの服の裾を掴み、ルシフを見上げた。

サリエルの表情の微細な変化は、願望と絶望によるものだ。

拓真にもとに戻って欲しいという願望と、

自分では何もできないという自己に対する絶望。


「……お願い、拓真をもとに戻して、ううん、助けてあげて」


「死神……」


ルシフは悟った。サリエルが自分に何をさせようとして拓真を表に出したのかを。


「任せておれ、儂が必ず主さまを助ける。素直に礼を言うぞ、ありがとう」


「……うん」


ルシフはある物を取りに行ってから、庭に向かった。

まったく、自分としたことが阿呆だった。拓真の素晴らしさを拓真に分かってもらうならやることはひとつしかないというの

に。


「あ、おいルシフ。一体何を――」


ルシフを見た拓真が表に出た意味を問おうとした。

しかしルシフが拓真の足元に長細い何かを投げたので、言葉は中断された。

拓真の足元に投げられた長細い物体は、妖刀"村正・金剛"だった。


「儂と勝負せよ、主さま」


「……は?」


ルシフの突然の申し出に、拓真は頭がついていかず、間の抜けた声を発した。


「死神がさせようとしたのはこのようなことじゃよ。つまり、儂と主さまの真剣勝負」


「ちょっと待てよ、何で俺とルシフが勝負しなきゃなんねえんだ」


「終われば、あるいは終わる前に、解るであろうよ」


ルシフはただ毅然とした態度で立ってい

た。


「言っておくけどよ、俺が付き合う義理はねえんだぜ?」


拓真が肩を竦めて鼻で笑う。


「もし主さまが勝ったならば、儂もここから消えても構わぬ」


拓真の顔から嘲笑が消えた。


「……本当だな? 俺が勝ったら二度と俺に干渉しないんだな?」


「誓おう」


「わかった、やってやる」


拓真は"村正・金剛"を拾い、刃を外気に晒した。


万物固定ラ・フローズン


ルシフが呪文を呟くと、ドッペルゲンガーの時と同じ、あの灰色の世界が広がった。


「ふん、あの時に比べれば規模は小さいが、まあよかろう。儂らがやり合うには十分じゃ」


「お前らが俺に何をさせたいのかは知らない。けどな、俺はもう何をする気も起こらないんだ。どうして放っといてくれないんだよ」


周りを見渡して薄く笑っているルシフとは逆に、拓真の顔に浮かんでいた色は苛立ちだった。


「好きだからじゃ」


「な……」


「儂も、死神も、巫女も、主さまが好きだから主さまを助けようとしておるんじゃ。それなのに当事者が戦いたくない? 逃げたい? ふざけるな阿呆」


一転。拓真のそれより、ルシフの怒気が勝った。


「……わかったよ。いや、わかんねえけど、わかったよ。戦えばわかんなかったことがわかるってことがわかった……やればいいんだろ?」


拓真はルシフに刃を向ける。


「うむ、来い」


ルシフは唇を吊り上げた。


「行くぜ」


開始の合図は必要なかった。

長い静寂の後、二人が動き出したのは同時だった。

"村正・金剛"の刃とルシフの足元からとび出した砂鉄の杭が甲高い音を発して互いの威力を相殺する。


「ふっ」


即座にルシフが炎球を掌の上に作り出し、拓真に向かって放った。


「くっ」


魔力で攻撃するルシフとは違い、自身で刀を振り回すという攻撃手段のためルシフほど速く次の行動に移れない拓真は、炎球をかわすことだけに意識を絞り、上半身を目一杯捻った。

炎球が当たったとも思えるような熱を右頬に感じながら炎球が過ぎ去ったのを確認して、拓真は一度距離を取った。

しかしそれは体勢を立て直すためだけのものであり、間合いを図るためのものではない。すぐさま拓真は飛び込むように走りだし、上段からルシフに斬りかかる。


「甘いぞっ!」


しかし、ルシフは体勢を立て直す必要すらない。ならばルシフにも反撃の余地があるのは必然である。

ルシフが手を振り払うと、突風が巻き起こり、拓真の重心が崩された。

そのせいで"村正・金剛"は無意味に地面を削る。


「あぁっ!」


しかし、今度は体勢を立て直すことをしない。

拓真は足に蒼白い電光を迸らせた。

ルシフの視界から拓真が消える。

"電光石火フラクタル・サーキット"


「"否定で固められた矛盾のイージス"!」


拓真が現れたのはルシフの上。

下へ押し込むようにして突き出された"村正・金剛"をイージスが受け止める。


「反則だよな、それ!」


「ふん、主さまが消えるのが悪いのじゃ!」


ルシフはイージス解除の瞬間に炎球を打ち上げる。

今度こそ避けようがない。

だから拓真は避けなかった。

"村正・金剛"に魔力から変換した雷電を纏わせ、単純な威力だけで炎球を打ち消した。


「なっ……やるではないか主さまっ。いつの間にそんなことを?」


「秘密だっ!」


ルシフは驚きながらも砂鉄の杭を何本も発生させる。

その砂鉄の杭を弾き、いなし、斬りながら拓真はルシフの前に降り立つ。

一太刀、二太刀と浴びせられる斬撃をルシフは手甲のみに展開したイージスで弾いた。

ルシフが一つ、二つと炎球を拓真に放ち、拓真はそれを雷電を纏った"村正・金剛"で相殺する。

そんな応酬が幾度か繰り返される。

いつの間にか拓真の身体に疲労が溜まり始めていた。


「はあっ、はあっ。なんで俺、こんな疲れることしてんだっけ?」


「忘れたなら自分で思い出すがよい! まあ、幾分ましな表情になったように思えるがの!」


拓真の表情に浮かんでいたのは疲労と、笑みだった。


「表情が? ましに? なんだそりゃっ」


「さあの!」


ルシフは炎球を四つまとめて投げた。

拓真はそれらを"電光石火フラクタル・サーキット"で横にずれることでかわした。


「はっ、はあっ……」


心臓が外に漏れているのではないかと思える程の音量で鼓動を刻んでいる。

肺が酸素を欲して横隔膜を激しく収縮させている。

身体的に限界だった。


「まだ、わからぬか? 主さまの強さの本質が。主さまの強さは周りと同じように自身も強くなろうとすることじゃ」


「……」


確かに、拓真の強さは周りを強くする強さである。ただ、その周りに頼るだけではただの惰性だ。拓真の強さのもう一つは、その向上心にある。

周りを強くする、自分も負けじと強くなろうとする。それが、拓真の本質の強さ。


「……でも、俺は弱いぞ?」


「強くなればよかろう。強くなろうとして、主さまは"電光石火フラクタル・サーキット"や先刻の帯電刀を学び、修練し、会得したのであろう? まだまだ強くなるよ」


「……そだなっ」


「うむっ」


拓真の瞳に輝きが宿る。

拓真の声に覇気が戻る。

拓真が、元に戻った。


「……そういや、ルシフが勝った時にどうするかを考えてなかったよな」


「む、そういえば……そうじゃの」


「どうする?」


ルシフは少し考え込む素振りをした。


「……ずっと一緒にいられれば、それでよ

い」


「そっか……ルシフ」


「なんじゃ?」


「ありがとな」


「ちゃんと死神にも言うんじゃぞ」


「わかってるよ」


互いに笑って、笑って、笑い合った。


「さて、それでは終わらせるかの」


「そうだな」


停まった世界の時間が止まる。

片や刀を構えた少年。

片や悠然と構えたメイド。


そして二人はいつの間にか消えていて、

かつての二人の中間点で爆風が巻き起こって、

ただ一人が倒れ、ただ一人が立っていた。


灰色の世界が色彩を取り戻してゆく。

立っていた方の人影が腰を降ろし、倒れていた片方を抱き上げた。


「おかえりなさいませ、我が御主人さま」


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