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主人(マスター)と悪魔(メイド)の主従関係  作者: 睡蓮酒
終章 ~神とか、天使とか~
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第44話 欠けた輪による作戦会議

「てん、り。天理、天理、なのか?」




あのショートカットの純黒の髪。

あの常に他人を下に見ているような目付き。あの薄い桃色の唇。

あの華奢ではあるが健康的な体つき。

あの気まぐれな妖しさを持った雰囲気。




それらが現在目の前にあるという現実を信じられない拓真の身体は震えに襲われていた。

あの柊天理が生きていたことへの歓喜なのか、安堵なのか、興奮なのか、それとも恐怖なのか。

分からない。

分からないが、拓真の身体は何らかの感情によって震わされていた。


「うっさいわねー、どこからどう見ても柊天理そのものじゃない。天村拓真」


拓真に呆れたように目を細めた天理は拓真の拳を受け止めていた手とは違う方の手で拳を作り、無造作に振り下ろす。


「っ!? あ……」


震えていた拓真はそれを避けようともせず、頭を殴られ意識を失った。


「主さまっ」


「……」


それを見たルシフは拓真に駆け寄ろうとし、サリエルは鎌を顕現させ構えた。









「拓真を放せ……天理」









しかし、その二人よりも速く天理に近づいたものがいた。


「あら椿、ひっさしぶりー。どうでもよくないことだけど、昔みたいに"天理ちゃん"って呼んでくれないのかしら?」


椿だった。

瞳に迷いを宿した、見せかけの気迫しか出せていない、椿だった。


「すまないな。私も天理、ちゃんを見て混乱しているんだ」


「あはっ、そんな混乱状態でも拓真を助けに来るあたり流石よね」


天理が口元に手を当てて笑う。


「好き、なんでな」


「そう、私は……好きなのか好きじゃないのかよく判らなかったわ。嫌いではなかったし、普通とかでもなかったことは確かだけど」


「そうか、それじゃそろそろ本当に放してくれ」


頬に一筋の汗を伝わせていた椿は拓真を掴む力をいっそう強くした。


「ええ、放すわ」


天理は抵抗することもなく、新しい玩具に興味を無くした子どものように拓真を放した。

これはとるに足らないものだったからもういらないとでも言うように、天理は拓真を、捨てた。

椿は拓真を担いで氷室たちから離れた。


「とまあこんな感じや。赤神、マリアベル、それに柊」


一段落ついたと見た氷室は両手を広げて言う。


「これが俺の新しい仲間パーティーや。俺ら全員この学校の一年十組に配属されるから、よろしくな」


氷室はにやりと笑みを浮かべて椿たちを見回した後、踵を返してドアに向かった。

天理、赤神、マリアベルもなにも言わずに氷室についていく。


「……ふっ」


「なっ!?」


サリエルが突然天理に向かって鎌を投げた。

サリエルの行動にルシフが驚愕の声を漏らす。

掛け値なしの全力で投げられた鎌は風を巻き起こしながら天理に向かっていく。

しかし天理は慌てる様子もなく鎌の柄の部分を簡単に掴んだ。

天理以外の三人も、大した反応をすることなく天理が受け止めた後の鎌を見ただけ。


「ん~、いきなり鎌ぶん投げられるなんて。私もしかして嫌われやすいのかしら? どうでもよくないけどこれ返すわね」


天理は手首だけで鎌を軽く投げ返した。


「……気に入らない」


サリエルは鎌を受け取ったが、また投げ返してしまいそうな雰囲気だった。


「そ、私はあなたみたいな小さな子は好きよ。かわいいからねー」


「僕はちっちゃなお姉ちゃんみたいなのは好きだよ」


「……ねえ赤神、あんたもしかしてあの子に気があったりするのかしら?」


天理がニヤニヤといやらしい目で赤神を見た。


「なっ、んなこたねーよっ!」


「あらあら赤くなっちゃって、随分早い思春期よねー」


「……俺、あのちっちゃなお姉ちゃんが気になるのは天理姉がこんなだからだと今思った」


「天理姉は赤神君が何を言っているのか分からないわねー。とりあえず拳骨あげるけど」


「わかってんじゃいてっ」


拳骨を食らった後の赤神は頭を押さえて何かをぼやいていた。


「私は少し苦手かもしれませんね」


「いやマリアベル、お前が子ども苦手はまずいやろ」


マリアベルと氷室が乗っかった。


「あら、そうでしょうか?」


「私も氷室に同意かしらねー。なんていうか、キャラがブレたわ」


「僕も氷室兄に同意。もしかしてマリアベルが修道服着てんのってコスプレなの?」


「違いますよっ、私はれっきとした修道女です。ただ専門がお祓いとか懺悔を聞いたりだとか、そんな感じだからなんですっ」


マリアベルが少し語気を荒げる。


「そないに必死になんなや。どうでもええし、そんなこと」


「確かに」


「そうよねー」


「どうでもって……あの、私って一応皆さんよりは年上なんですよ?」



そんな他愛ない話をして、氷室たちは理事長室を後にした。

そんな氷室たちは端から見ればまるでいつもの拓真たちのようだった。



『……』


少しだけ荒れた理事長室に、静寂だけが残った。

その静寂を破り声を発したのは椿だった。


「理事長、何故氷室にこの学校への転校許可を出したのかは理解できますから言及しません。しかしこれからどうするつもりですか? 氷室が帰ってきた以上なにもしないわけにはいきませんし、それに――」


そう、氷室に転校許可を出した理由は椿が一番わかっていただろう。

あのすることなすこと総てが最悪である"最悪"を放っておくわけにはいかない。

むしろ無理にでも転校をさせて繋ぎ止める必要がある、と椿は理解していたし、報も同様の考えで氷室を転校させたのだ。


そして椿はおそらく今後の最優先課題になるであろう案件を告げる。


「天理ちゃんが、どうしてまだここにいるのか調べなければなりません」


「そうだね、ボクもできる限りはやろうと思ってるんだけど。今回ばかりは期待しないでね。どうしてかは分からないけど、氷室君に関してはボクは識ることができないんだ」


報は申し訳ないような顔をしていた。


「わかりました。氷室については私が監視及び調査をしておきます」


「待って。調査はお願いするけど、監視についてはこっちがなんとかするよ。だって一日中は身体的に無理でしょ? ボクならある程度の専門職ひとを交代で動かせるから」


「ありがとうございます。そして一番重要なことですが―――」


椿が一瞬視線を移した先には拓真がいた。


「拓真は今回、何もできないでしょうね」


「うん」


報は椿の言葉に頷いた。

むしろ何もさせない方が良い、とばかりの挙動だった。


「のう、儂らは完全に置いてきぼりじゃな」


「……話が見えない」


ルシフとサリエルは困惑と不満で半々だった。


「なあ巫女や、儂らにできることはないのか? あやつら只者ではなかろう?」


「……ぶちのめしてきても構わない」


「いや、氷室については君たちが何かをする必要がない。むしろ関わらない方がいい」


「むぅ」


椿と報の真剣な目を見たルシフはそれ以上何も言えなくなった。


「だから、今回は拓真のそばにいてやってくれ。天理ちゃんを見た拓真はショックで何もできないだろうからな」


「主さま……わかった。儂が主さまを守ろう」


「……私も、今はおとなしく見てる」


サリエルも表情はいつも通りだったがしぶしぶ同意した。


「あと、つばきっちたちには話しておかないといけないことがあるんだよ」


「なんですか?」


「氷室君が言っていたことだよ。"拓真の大切なもの、今回は全部壊しに来た"って。たっくんに伝えるかどうかは迷っていたんだけど君たちには、たっくんの大切なものには、伝えておくね」


報を除く三人に少し力が籠る。


「わかりました、用心します」


「本当に気を付けてね。氷室君は確実に"最悪"で、氷室君が引き起こすこともまた最悪なんだから」


「私が絶対に何とかします。前のようにはしません」


「ボクもたっくんを助けられるように頑張るよ。事後処理じゃなく、当面対処でね」


「あと理事長、あなたも"拓真の大切なもの"であることには変わりありませんから気を付けてくださいね」


「うーん、入ってたらなーって親代わり的には思うんだけど、入ってるのかな?」


「入ってますよ。拓真は何だかんだ言って大切なものを増やしてしまう人間ですから、あなたが入っていないわけがありません」


「そう言われると、なんか照れるね。ま、ボクはボクなりに用心しておくよ」


天宮ははにかんだ。


「それでは、私はこれで帰ります……ルシフ、拓真を頼む」


「う、うむ」


椿はルシフに拓真を任せてから、一人理事長室を出た。


「ルッシーにサリーも、今日は帰って、たっくんを看てあげてね?」


「……了解じゃ」


「……」


サリエルは拓真を見つめ続けていた。

その瞳が悲しみを帯びていたのはサリエル自身にも気づけていたのだろうか。


ルシフは背中にいる拓真を感じながら、理事長室を後にして思った。

それは先のサリエルも、椿も、報も思ったことだろう。






















ああ、私たちはこの人が欠けただけでこんなにも――駄目なのか。

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