第43話 再会と驚愕と不可存在による加速的展開
「で、今度は何用で主さまは呼び出されたのじゃ?」
「さあな、こっちが聞きてえよ。あいつに呼び出されるなんて嫌な予感しかしねえ」
週明け。
授業が終わり帰宅しようとしていた拓真は突然校内放送で天宮に呼び出されたのだった。
「あ、主さまがあやつに言った"借り"の話ではないのか?」
「十中九十それだな。何させられることやら……はぁ」
拓真の肩が溜め息と共にがくっと落ちる。
「前は"母の日にカーネーションを送り『ママ大好き』と言うこと"だったな………ふはっ」
「笑うな掘り返すな思い出させるなつーかお前見てたんかい」
「今回は何だろうな。私的には"女装しろ"辺りが次の狙い目だと思っているが」
言いながら椿は少し笑っていた。
「黙りやがれ」
「……着いた」
あまり時間がかかることもなく拓真たちは理事長室と書かれている表札のついた扉の前に立っていた。
「入んぞー」
ノックは必要ないと考えた拓真が声をかけるだけにして扉を開けると、天宮報が椅子に座ってボーッとしていた。
「…………あ、たっくん」
「おう天宮――てかどうした?なんか顔色悪いぞ?」
「いや?そんなことはないんじゃないかなー?」
報は薄く笑顔を浮かべてみせるが、明らかに覇気がないし、顔色も悪かった。
「?、なあ、本当にどうし―――」
「たっくん」
「………なんだよ」
報は拓真の言葉を遮り、真剣味のある声で言った。
「一年前のこと、憶えてるよね?」
「っ!……………………忘れるわけないだろ」
"一年前"という単語に拓真の身体が硬直した。
「理事長、拓真に思い出させる必要がないはずです。止めてください」
拓真を庇うように拓真の前に出た椿は視線をキツくして報を睨み、たしなめる。
しかし、椿にも"一年前"に少しばかり動揺の色が浮かんでいるのが見てとれた。
「あるんだよ。残念にも、忌々しいことにもね」
天宮は俯いていた。
「どういうことですか?」
「転校生がね、いるの」
報の言葉は歯切れが悪く、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
まるで行きたくない場所に辿り着かないように道を迂回するがごとく。
「そう、それでね、その転校生が―――」
「あー、ええで天宮ちゃん。俺が言うから」
その時、場の空気が確実に、完全に変わった。
報の言葉は遮られ、代わりに透き通った男の声が部屋に響いた。
そしてその声は、拓真と椿のよく知る――――いや、知っていた、声。
「………………………え?」
椿はそんな声しか出せなかった。
声は耳に届いたはずなのに、脳がその情報を処理できない。
あの"最悪"がここにいるかもしれないという可能性を頭が、心が、認めたがらない。
そして"最悪"がドアを開けてその姿を現した。
「京光高校に転校してきた、一年十組に配属予定の氷室や。仲ようしてくれや、綾乃桜に、なんやら普通じゃなさそうなやつらに―――――」
青みがかった黒髪。
鋭く整った顔立ち。
長身。
そして何も映っていない、この世の全てを否定するような暗き瞳。
これが氷室。
そこにいるだけで周りの全てを壊してしまうような気さえする――――――――――――
「拓真もな」
"最悪"
「な………あ…………氷、室?」
拓真はやっとのことでそれだけを言った。
「はっ、どいつもこいつも。かつての友人との久しぶりの再開やのに鳩が豆マシンガンくらったような顔しよるなあ」
氷室は大袈裟に肩をすくめた。
「ひ、む…ろ。氷、室………氷室………」
「そないに何度も言わんでも俺は氷室で合ってる―――」
「氷室ぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁあああ!!」
拓真は突然叫びと共に走り出した。
氷室に向かって拳を繰り出そうとする。
「らしくないなあ、拓真……あ、そうや。転校生は俺だけやない。面白いやつらが来とんねん」
「っ!」
しかし、拓真の拳は氷室に届くことはなく、修道服を着た何者かに防がれた。
「あらあら、いけませんよ天村拓真。氷室さんにそんな攻撃が届くわけがありません」
「てゆーか僕たちが届かせないんだけどさ」
「がっ!」
そしてその横から現れたヘッドフォンをつけている小さな子どもの回し蹴りによって拓真は吹き飛ばされる。
その二人は、当然のようにマリアベルと赤神だった。
偶然吹き飛ばされた先にいたルシフが拓真を受け止めて、
「主さま無事か?そして落ち着くんじゃ。何があったのかは知らぬが取り乱しておるぞ、主さまらしくもない―――――――」
「氷室ぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「主さまっ!」
ルシフは何故か取り乱している拓真を宥めようとしたが、拓真は聞かずに立ち上がり氷室に向かっていく。
そして拓真は先の二の轍を踏まない。
"電光石火"を使い氷室の横まで一瞬で移動する――――
「あら……」
「あ、やべっ」
流石にこれにはマリアベルと赤神は反応出来ず、遅れて行動をおこそうとしていたが、
――――まあいいか――――
とばかりに拓真への対処を中止した。
「はぁ……こうなることは分かっとったけどなあ拓真、ちっとばかし落ち着けや。俺の味方はこいつらだけやないねんで?」
氷室は拓真を見ず、ただ笑みを浮かべて立っていて、そんなことを独り言のように呟いた。
そして、氷室の呟きに呼応するように、また拓真の前に人影が立ちはだかる。
またもや拳が受け止められる。
「ちっ!邪魔、だ……………………え?」
「氷室に手出しはさせないわよ。拓真」
人影を力づくで退かそうとした拓真は先程の氷室をみた椿と同じ言葉を発して、愕然とした。
ありえなかった。
拓真が見た存在がここにいることが。
だから、拓真は認識できなかった。
だから、拓真は信じられなかった。
拓真の視覚によって捉えられたその姿が。
拓真の聴覚によって捉えられたその声が。
拓真の嗅覚によって捉えられたその匂いが。
拓真の触覚によって捉えられたその感触が。
「な、そんな、嘘だ……お前は、殺されたじゃねえか………」
拓真は言う。
その有り得ない存在の、名を―――――
「天理ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
柊 天理。
かつて拓真の物語にいた、重要人物の内の一人だった女。
拓真の最も大切だったものの一つ。
氷室によって奪われた――――――――――――殺された、拓真の大切な人。