第41話 暫定的休息と断片的予兆 Case byサリエル
「……ここは、よくわからない箱がいっぱい売ってた」
日曜日、唯一サリエルの服のなかでまともなものである学校の制服を着たサリエルは家電量販店から首を傾げて出てきた。
学校が休みであり、やることもなく惰眠を貪っていた拓真の寝込みを襲おうとしたら拳骨をもらいドM中枢が満たされたので、満足して休日の暇なとき定期的にしている散歩兼社会勉強をすることにしたのだった。
「……そういえば家の中にもあんなのが一つあった気がする、てれびの下に」
ちなみに、サリエルが家電量販店で見たのはブルーレイレコーダー、拓真の家にあるのはDVDデッキなので実際は違うものなのだがサリエルには見分ける知識も見分ける気もなかった。
「……あれは、何?」
そしてサリエルの目についたのはひときわ派手な外観をしたゲームセンターだった。
サリエルは気の向くままふらりと入ってみたのだが、
「……うるさい」
そう、ゲームセンターの中はまるで別世界のような喧騒に包まれていた。
リズムゲームの音楽、大当たりしたコインの払い戻しのジャラジャラという音、私服の学生たちの笑い声、その他聞き分けの出来ないほどに多くの音が交差し、空気を震わせ、サリエルを包んでいた。
知的好奇心に従うか、嫌悪感に従うか迷ったあげく、サリエルは知的好奇心に従うことにした。
したのだが……
「……?」
当然、何をしたらいいのか分かるわけもない。適当にクレーンゲームに触ってみるが、お金をいれていないので動くはずもなく、サリエルは周りのゲームをしている人を見て、
「……何が楽しいのかわからない」
サリエルは帰ってからこのことについて拓真に聞くことにしてゲームセンターから出ようとした。
「なあなあ、そこのちっちゃなお姉ちゃん」
「……」
おそらくサリエルが呼び止められてしまった。
「……きっと私のことじゃない」
しかしサリエルは「ちっちゃな」の辺りが気に入らず、無視することにした。
「いやいや、お姉ちゃんだって、白髪のちっちゃなお姉ちゃん」
「……何?あと私は小さくない」
サリエルが振り返った先にいたのは人のことを言えないくらい小さな男の子だった。
帽子を被っていて、髪は赤色。首にヘッドフォンを掛けている早くもグレてしまったような男の子だ。
「ははっ、ちっちゃいだろ」
「……お前も小さい」
「僕は小学生だから仕方ねーよ、ちっちゃなお姉ちゃんは高校生だろ」
「……何でそれを知ってる」
「制服を見りゃわかるだろ、あの京光高校の制服じゃん」
「……あの?」
「そ、あの京光高校だろ?いろいろと面白い噂流れてるしあいつが…………っとと、これは言う必要ねーな」
「……で、何?」
「いや、ちっちゃなお姉ちゃんが何やら暇そうにしてたから誘ってみただけ。面白そうだったし」
少年が歯を見せて笑う。
「……そう、じゃあ私はこれで帰る」
サリエルは普段と変わらぬ表情で踵を返した。
「いやいやいやいや!やめてくれよ興味なしとか傷つくじゃん」
「……知らね」
「受け答えが雑!いいじゃん少しくらい付き合ってくれてもさ!」
いつの間にかナンパするチンピラみたいなことを言っていた少年だった。
「……用事を思いついただからさよなら」
「思いついてんじゃんか!」
「……うるさい黙れ私は私の道を行く」
そういつもと変わらず冷たく言い放ってサリエルはゲームセンターを出た。
「むー……パッと見面白そうなお姉ちゃんだったんだけどなー……まあいっかー」
サリエルがゲームセンターを出た後、少年は不満そうに頬を膨らませてから、諦めて他に行くことにした。
「おお、おったおった。珍しいやんけ、お前がクレーンゲームコーナーにおるなんて」
不意に、人影。
「あ、氷室兄。クレーンゲームやってたわけじゃねーけどちっちゃくて面白そうなお姉ちゃんがいてさー」
「面白そうな、なぁ……」
「なんとそれが京光高校の制服着てたんだぜ?」
「おぉ、そりゃあ偶然……いや、偶然や無いかもなあ…………結局集束すんのは俺らのとこなわけやし」
「あー?また氷室兄の変な運命論?」
「変なとはなんや、変なとは。俺だってそこまで信じとるわけやないけど、俺らみたいなやつらに関わるのは俺らみたいなやつらって大体決まっとるんやで?」
「類は友を呼ぶってやつ?」
「そうかもしれんなぁ」
「ま、僕らの場合類は友を呼ばず類は類を呼ぶって感じだけどさ。僕たちに"類"はいても"友"はいないよ」
「はっ、違いないのぉ」
「そんでもってあのちっちゃなお姉ちゃん、僕らの類だよ」
「……そうやな、きっとそうなるように出来とるんやろうな。ほな行こか――――赤神」
これが、集束してゆく物語の断片的予兆の一つ。
"最悪"との物語のための、下準備の、一つ。