第35話 弓と鎌×骨剣=vs吸血鬼
おお!なんかかつてない長さになってしまった(゜ロ゜;
「もちろん君たちが来るのは予想していなかったわけじゃないけどね。なるほど、余とアレをそれぞれ二人ずつで担当しようというわけだね」
「ああ、それが私たちの策だよ」
「ふうん……」
エクスピールがやれやれといった風に肩をすくめる。
「……確かにアレは強い、余でもアレには敵わないだろうね。だけど、だからといって心外だよ、余の相手が君たちの中でも弱い部類に入る二人だなんてね」
「吸血鬼を舐めるなよ」
エクスピールから灼けるような、しかし骨髄から凍らされてしまいそうな敵意、怒りが発せられる。
それでも、椿とサリエルは動じない、
「……君は勘違いをしているよ。私たちは別に君を舐めているわけじゃない、私たちは吸血鬼の力の強さを知っているし、認めている」
「……そして、私たちは弱くない」
むしろエクスピールのそれを呑み込んでしまいそうなほどの怒りを発してすらいる。
「そう、私たちが弱い?ありえないな。どうして退魔の巫女と魂を刈り取る上位の死神がただのメイド好きの変態男とそのメイドに劣る?少なくとも―――」
椿とサリエルははっきりと、確かな意志をもって言う。
『君(お前)よりは強い!!』
エクスピールは少しの間ポカンと目を見開いていたが、それから目を閉じて柔らかく微笑んで、
「……面白いよ、やはり君たちは面白い。だからこそ、君たちの輪にいられないのはとても残念で、疎ましくて、憎ましい」
エクスピールから笑みが消える。
「だからもう終わらせよう、楽しかった夢から目を覚ますんだ、これで」
「確かに夢は終わるし、覚めるものだ。しかし終わらせるものでも、覚ますものでもない。
そして何よりここは夢じゃない。だから終わる必要はない。ただ君の目は覚ましてやらないといけないがな」
椿が弓を構え、
「……また首輪でもつけてやる」
サリエルが鎌を持つ手に力を込める。
「ははは、そうかいだったら……っと、これ以上はいい加減話しすぎだね」
エクスピールがバサッとマントを翻す。
「始めよう」
「ああ」
「……(コクリ)」
辺りが静寂に満ち、全ての物体、現象が静止する。
引っ張り続けていた糸が切れるように、動き出したのは同時。
エクスピールとサリエルが互いに向かって疾走する。
サリエルが上に鎌を振りかぶり、エクスピールめがけて振り下ろす。
エクスピールは半身になってそれをかわし、鎌が地面に突き刺さる前にそれを横から蹴り、サリエルのバランスを崩す。
「……!」
「まずは一人」
エクスピールは手刀をサリエルに突き刺すように腕を伸ばしたが、手刀はサリエルに突き刺さることなくエクスピールの意思によって引っ込められた。
厳密にはエクスピールの意思によってではなくエクスピールの反射神経によるものだった。
矢が大気を切り裂きながらあのままではエクスピールの手刀があったであろう場所を過ぎ去っていったのだ。
「!?」
エクスピールが矢の飛んできた方向に視線を移した。
しかしそこには誰もいなかった。
上だった。
椿は先の瞬間に跳躍し、エクスピールの上で矢を構えていた。
「!」
動揺したエクスピールはとっさに動けない。サリエルは既に先程の場所から離れていた。
「そうだな、まずは一人。そしてこれで終わりだ。」
椿が弦を引き絞る。
「"雨の式"」
一瞬で十、次瞬で百、数瞬で千の矢が地面に突き立てられる。エクスピールのいた場所を中心に半径およそ5メートルにおいて無事でいられる場所はなかった。
椿が着地して、様子を見る。
「……」
地面には隙間なく矢が突き立っている。
しかし、椿は目の前の光景を把握できなかった。
エクスピールは、いなかった。
いや、椿の上にいた。
「ちっ!」
「さよならだね!……おっと」
エクスピールが手刀で椿の身体を貫こうとしたが、サリエルが鎌を振り下ろし、エクスピールはまた退いた。
「……大丈夫?」
「ああ、しかしなかなかに強いな」
「……(コクリ)」
椿たちが安否の確認をしていると、エクスピールは頭を掻いていた。
「うーん、防御ができないせいでいまいち攻めきれないな。流石に言うだけのことはあるようだね。今のままじゃあ勝てる気がしないよ」
「ほう、ならば変身でもするのかい?」
「変身はできないよ。でも武器は出そうかな」
「……」
エクスピールはマントに隠していたのであろう歪な剣を手にとった。
いや、まずそれを剣とは言えないのかもしれない。
象牙をねじ曲げたような歪んだ骨で出来ている刃のない刀身。
禍々しい柄の先端には赤黒い宝石が嵌め込まれている。
「剣……には見えないがそんな類いの武器だろうな。用途はおそらく斬るのではなく突き刺す、といったところかな」
「さあてね、それは自分で確かめてよ」
「……私が行く」
サリエルが前に出る。
「余は一向に構わないよ。さあ、やろう」
エクスピールが突剣の構え方をする。
「構え方を見てもあの剣は刺突用だ、しかしそれだけとも思えない。気を付けてくれ、私も援護する」
「……わかった」
サリエルがエクスピールに向かって跳躍した。鎌を上段から振り下ろす。
「ふん、いきなり、かいっ!」
エクスピールは骨の剣で鎌を弾く。
そのまま骨の剣を引き、サリエルに向かって突きだそうとするが、またもや椿の矢が横合いから飛んできたので軌道を変更して弓を弾く。
その間に立て直したサリエルが鎌を振るおうとした。
「っまだまだ!」
エクスピールは矢を弾いた後、その勢いで一回転しながらしゃがみこみ、下からサリエルに剣先をつきだす。
「……!」
しかしサリエルは骨の剣をかわすことなくそのまま鎌を振り下ろした。
結果は痛み分け。
サリエルの鎌は右肩を掠め、
エクスピールの骨の剣はサリエルの脇腹を掠めていった。
両者共それなりに出血をしている。
「……くっ」
「大丈夫かサリエル!?」
「……平気」
「いつつ……肩を少しやられたけど……」
エクスピールが剣を振りかぶりサリエルに向かって走る。
「させるかっ!」
椿がサリエルを守るべく矢を放つ。
空気の裂ける音を響かせながら、矢はエクスピールに向かって飛んでいく。
しかし、
「これで準備が整った」
矢は骨の剣によって先の方から真っぷたつにされた。
「な!?」
「……!?」
エクスピールから視線を外されたサリエルは本能的に椿の方に戻った。
「……いま、矢を……」
「ああ、さっきは弾いた矢を今度は斬ったな。刃のない骨の剣で」
「……それに、あいつはさっき剣を振りかぶっていた。突き刺すんじゃなく、斬るように」
「……まさか」
「……切れ味を、持った?」
「正解だよ」
エクスピールが剣を持ち上げる。
「この骨の剣の名は"血を啜る完全牙刃剣"。始めこそ突くことにしか使えないけど、一度血を吸収すれば切れ味を持ち、さらに血を吸収すればするほど切れ味が増す骨剣さ。」
エクスピールがサリエルの血が染み込んでいる地面にシリンダー・ブレイドを近づける。すると血がシリンダー・ブレイドに吸い寄せられ、地面の血の痕はなくなってしまった。それに、エクスピールは怪我をした右でシリンダー・ブレイドを持っているはずなのに、血は一滴も地面に垂れていない。シリンダー・ブレイドがエクスピールの血を吸収しているのだ。
「ふっ、なんとも吸血鬼にぴったりの武器じゃないか」
「ははは、血を吸われているのがその吸血鬼だというのは何か皮肉だけどね……じゃあ、いくよ」
「……!」
椿とサリエルが構える。
エクスピールは動かない。
エクスピールが消えた。
『!?』
ひゅっ、と風を切る音が横から発せられたのを直感的に感じ、椿が反射的にしゃがんだ。見るとそこにはエクスピールがシリンダー・ブレイドを横に振りきった後の姿があった。(しまった……シリンダー・ブレイドごと霧散できるのか!)
「……隙だらけ」
サリエルがエクスピールの後ろに回り込んで鎌を横に振るう。
しかしそこにはもうエクスピールはいない。「構わないんだよ、どれだけ隙だらけになろうともこうして消えられるんだから」
エクスピールはサリエルの後ろにいた。
「……くっ」
サリエルはエクスピールの振るったシリンダー・ブレイドを一回転して鎌で弾き、距離をとった。
椿もサリエルのもとに跳ぶ。
「……どうする?」
「霧散されてはこちらの攻撃は当たらない、エクスピールが攻撃してきたところにカウンターを決めるしかないな」
「……わかった」
「いくか」
椿が矢を連続で三本放った。
エクスピールは二本はかわし、一本は斬った。斬れ方から見て、確実に切れ味は上がっている。
しかし椿は怯まず、
「"疾風の式"」
一本の矢が大暴風を発生させながらエクスピールに飛んでいく。矢は一本だが、範囲は凄まじく広い技だ。
「甘いよ」
エクスピールは椿の上にいた。
シリンダー・ブレイドを椿に向かって振り下ろす。
「……甘いのはそっち。出現場所がワンパターン」
しかし、サリエルはその後ろで鎌を振りかぶっていた。
エクスピールが自分の視界から外れてくることがわかっていた椿は既にエクスピールの間合いの外。
(よし、シリンダー・ブレイドは私に向かって振り下ろされた、これではサリエルの攻撃を防げない……………………まて……)
椿は思考に引っ掛かりを感じた。
(シリンダー・ブレイドに刃はない。なのに斬れるということは……!?)
「サリエル避けろ!!」
エクスピールはシリンダー・ブレイドを止め、シリンダー・ブレイドの向きを変えたりしないでそのまま後ろ向きに振るった。
「シリンダー・ブレイドは刀身のどんな場所でも斬ることが出来るんだ!!」
「……!?」
サリエルの右肩をシリンダー・ブレイドが切り裂いた。
「……っあ……!」
(くそっ、完全に読み違えた。それにしてもあの反応に対応。なんというセンスだ)
「よく気づいたね、そうさ。シリンダー・ブレイドは刀身のどこでも斬ることが出来る骨剣なのさ」
「それにしてもそのシリンダー・ブレイドを使いこなせている君のセンスも凄まじいと私は思うがな」
「まあ、余もそれなりに長いこと生きてきたんでね」
エクスピールの表情に少し陰が差した。
「さて、ネタばらしもこれで終わりだ。そろそろ終わらせようか」
「……!」
「おっと!」
鎌を振るえなくなってしまったサリエルがエクスピールに蹴りを入れようとしたが簡単に避けられる。
サリエルはそのまま椿の元に。
「サリエル、君はもう動くな。それでは鎌も振るえないだろう」
「……少し思い付いた」
「?」
「今なら私を狙ってくるはず。だったら――」
「……やるのか?」
「……ん」
サリエルが鎌を両手でしっかりと持って前にでる。
「ふうん、君が出るのか。無理はしない方がいいよ?」
「……安心しろ、お前を倒すまではなにがなんでも死なないから」
「そうかい、でもそれは無理だよ。今から余が君を楽にするからね」
「……やってみろ」
「ああ」
エクスピールが踏み出す。
サリエルはそれに合わせて鎌を横に振るう。エクスピールはそれをシリンダー・ブレイドで上に弾き、サリエルに斬りかかる。
サリエルはそれを鎌で受け止め、一度後ろに跳んでから、また間合いを詰める。
打ち、受け止め、打たれ、受け止められ――一進一退の攻防だった。
「その状態でここまでできるなんて大したものだね、でも鎌には決定的な弱点があるよね」
「……!?」
サリエルが距離をとる。
「"円月輪"」
万物を切り裂く横一閃。
シリンダー・ブレイドでもこれを受け止めることはできない。
しかし――
「ほら、君の攻撃はこうして懐に入ってしまえば全て無意味だ」
エクスピールは一瞬でサリエルの懐に入っていた。
エクスピールは刺突の構えでサリエルに狙いを定める。
「……」
鮮血が舞った。
貫通するほどに突き刺さっていた。
サリエルの鎌が、エクスピールの胸に――
サリエルにシリンダー・ブレイドは届いていなかった。
「な……!?」
「これで終わりだっ!」
横から椿が矢を放つ。
今度こそ、椿の矢がエクスピールを捉えた。
「ぐっ……どういう……!?」
エクスピールが後ろに視線を向けると、鎌の刃が不自然に曲がり、伸びていた。
鎌がエクスピールから抜ける。
「……私の鎌の名は"魂を刈る旋律鎌"。変形伸縮が自在にできる死角のない鎌。これなら反応できなかったはず」
「なる、ほど……そう、か……余の、負け、か……」
エクスピールが倒れる。
吸血鬼との決着がついた――――