第33話 シラス×セバスチャン=据え膳食わぬは女の恥
「さて、ドッペルゲンガーの対策も練ったことだし、早急に事件の片をつけに行きたいんだが……」
「次に彼らが現れる場所が分からないな」
椿が腕を組んで言った。
「あ、次は多分4丁目だよ」
報がいつの間にか取り出していたクロスワードを凝視して、右手でペンをくるくると回しながらついでのように言った。
「何で分かるんだ?」
「今までの事件が起こった場所を見た限り、おそらく彼らはランダムに場所を選んでるんだよね」
報はガリガリとクロスワードを埋め続ける。
「ではますます分からんのではないか?」
「人間ってどれだけ頭でランダムにしようって思っても無意識に規則性を作っちゃってるんだよね、だからそれを読み取ったんだ」
「……相手は人間じゃない、吸血鬼」
「吸血鬼なんて5割くらい人間だよ、脳に関しては人間と変わらないしね。
だったら人間と同じ対応でも問題ないよ」
報がペンを置いた。どうやら全て埋め終えたようだ。その間およそ一分。
「んじゃま、行きますか」
「あ、あとドッペルゲンガーたちがいたら、学校のグラウンドまで連れてくるといいよ。誰もいないようにしておくから、全力で戦えるよ」
「ああ、何から何までありがとうな」
「そう思うなら母の日くらいボクに会いにきなさい」
「……善処する」
「さて、それではそろそろ行こうか」
椿が促すと、ルシフとサリエルが出て、次いで椿も部屋から出て扉を閉めた。
拓真だけがドアの前で立ち止まる。
「……なあ、天宮」
「報ちゃん、もしくは母さんと呼びなさい」
拓真が嫌そうな顔をする。
「……シラスちゃん」
「ボクはカルシウムたっぷりの小魚じゃないよ!」
「すまん噛んだわ、セバスチャン」
「偉大な音楽家でも悪魔な執事でもないってば!」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………シラセチャン」
「葛藤の時間が長過ぎるし何でそんな片言で声小さいの!?…………まあいいや、何かな?たっくん」
「さっきドッペルゲンガーの魔力量はルシフより上だって言ったよな」
「ん、言ったよ」
「だったらドッペルゲンガーの魔力量と俺の魔力量、どっちが上だ?」
報が少し目を閉じる、まるで拓真の鋭さに困ったように。
「……使えるかどうかを別にするなら、――の方が上だよ」
拓真は予想通りの答が返ってきたというように報の方に向き直る。
「……なあ、俺は一体何なんだ?どうせアンタ識ってんだろ」
「……それはまだ言えないかな、約束したからね。君の両親と」
「そうか……ま、そこまで気にしてねえから知らなくてもいいっちゃいいんだけどな」
「そうそう、今は目の前の問題に集中しようよ」
「そだな」
拓真が出ていくまでヒラヒラと手を振り続けていたが、誰もいなくなってから、
「…………嫌でも分かるときがいつか、いや、すぐにくるから。それまでは、ね」
そう呟いた。
エクスピールとドッペルゲンガーが動き出すのは夜になってからなので、できる限りの準備はしておこうということになり、一旦家に帰ったのだが、
「…………………………」
拓真の家に、一心不乱に鎌をシャッシャッと研ぎ石で研いでいる幼女がいた。
一回一回に心、というか怨念とか怒りとかを込めて研いでいる。
「なあ、あれ怖えんだけど」
「まあそれなりに迫力があるのう」
サリエルは一度鎌を持ち上げて刃を眺めてから、
「……………………クスッ」
また研ぎ始めた。
「なあ、あいつ初めて笑ったんだけど。やだよ、なんであんな可愛い女の子の初めての笑顔であんな禍々しいの見なきゃいけねえんだよ」
「ふむ、そこまで初めてにこだわるでないぞ主さま。もしあやつが非処女だとしたら?そう考えると、いつかまた見ることができるかもしれぬ笑顔の初めてがあれでも許せるじゃろう?」
「とりあえずもしそうならその初めての相手を抹殺しに行くが……因みにルシフは?」
「五月蝿いぞ主さま」
「すまん、だからその振り上げた手を下げてください」
「……できた」
「うん、分かったから試し斬りしたそうな目をして俺ににじり寄るのを止めてくれ」
「……あと私は処女」
サリエルが少し残念そうに鎌をしまった。
「聞こえてたんかい」
「……でも、いまから非処女になることもやぶさかではない」
「そうですか、じゃあ俺はお暇しますんで」
サリエルが逃げようとした拓真の襟首を後ろから掴む。
「……まあ待て、私の膜でも破っていきなさい」
「なんでそんな夕食でも振る舞うように誘ってんだよ」
「……食べるという点では同じじゃね?」
「じゃね?じゃねえよ」
「……据え膳食わぬは男の恥」
「だって据えてねえし、むしろ膳が俺を食らいに来てるし」
「……じゃあ据え膳食わぬは女の恥でいい。私に恥をかかせないで」
「ルシフ、こいつなんとかしてくれ。話が通じねえ」
「そうじゃの。ほれ死神や、いい加減に――」「……最近拓真がルシフをエロい目でしか見れないと呟いてた」
「言ってねむぐ!?」
サリエルが拓真の口を手で塞ぐ。
「な!?……そ、うか。いや、主さまがそう申してくれるのなら、儂としても嫌ではないが…………儂も混ざってよいかの?」
ルシフが顔を紅くしてそろそろと拓真に少しずつ近づく。
「……構わない」
「……んーっ!」
そこに希望の光が差し込んだ。(つーか椿が来た)
「随分騒がしいが一体どうし……私も混ぜてくれ!」
絶望以外の何者でもなかった。
「ああどうせお前はそんなんだと思ってたよ!」
「据え膳食わぬは女の恥というじゃないか、私に恥をかかせないでくれ」
「なんでさっきサリエルが作った創作諺を知ってんだ!?お前外で話聞いてたな!」
「観念するがいい、というかこんな美女三人に迫られて何が不満だというのだ?」
「美女っつーのは認めてやるがここまで積極的なのは嫌だ!もっとおしとやかに!」
「ふふ、今はそう言っているが、いつまでそんなことが言い続けられるのか見物だな」
椿がよだれを拭う動作をしながら、拓真に寄りかかると、拓真の携帯電話が鳴った。
「んあ?」
画面に表示されていたのは『天宮 報』
「……もしもし」
「避妊はしなよ?」
「……」
通話終了。
ちなみに、拓真たちの攻防は一時間続いた。