第29話 罠×吸血鬼=二人目登場
夜。
そこまで遅い時間というわけではないが、人通りはもうほとんどなく、一人の京光高校の生徒が歩いているだけだった。
そんな時、生徒の前にもう一人の人影が現れた。
ただ現れただけならば問題は無かった。
しかし、その人影は何の予兆も、音もなく、突然目の前に現れた。
「え……?」
どうやら一人は京光の女生徒だったようだ。
女生徒は突然現れた人影にそんな声を発した。
「すまないが、少しだけ君の力をもらうよ」
「……え?何ですか?」
人通りの少ないため、周りの音はほとんど無い。たとえ人影の声が小さかろうが、聞こえるはずなのだが、女生徒は動揺していて、さらに人影の言ったことが普通ではなかったため、女生徒には聞き取れなかった。
人影が女生徒に掴みかかる。
「きゃあ!?や、止めてっ、ください!」
女生徒は振りほどこうとしたが、よほど強い力なのか、振りほどくどころか動けすらしない。
「誰かっ、助けて!」
人影が女生徒の首筋に口を近づけてゆく―――
「…………なんつってなあ!」
刹那。
女生徒は人影の襟首を掴み、背負い投げをかました。
「何!?」
襟首を掴んだまま、女生徒は人影を引き寄せて、立たせる。
「はっ、ようやく来てくれたみてえだなぁ!三日間ずっと待ってたんだぜぇ?不審者。いや、エクスピール・アンブライトよぉ!」
「……誰のことかな?そして君は誰だい?」
エクスピールはそれでも落ち着いている。
「あぁ?私かぁ?……京光高等学校一年二組の生徒で、狐音神社の神主である"お稲荷様"稲荷 初音――」
女生徒の髪が黒から、艶のある金毛になる。
「と見せかけてぇ!実は最強の大妖怪"白面金毛九尾狐"現在は京光高校の教師やってる九尾 初音なのでしたぁ!ぎゃはははは!」
「先生……まさかあなたが妖怪だったなんて思いもしませんでしたよ。一応京光高校の普通じゃない人たちは全員調べたつもりだったんですけどね」
「基本的に妖気を抑えてるっつーか隠してるからよっぽどそういう気配に敏感なやつじゃねえと私が妖怪だとは分かんねえよ。案外てめえが調べきれてねえだけでまだ私みてえなのがいるんじゃねえかあ?」
「まったく……つくづく世は思い通りに事を運んでくれないな」
エクスピールがため息をつく。
「てめえの方は運ばれなかったが、私は運んでくれて満足してる……いや、違うなぁ。
てめえは思い通りに運べなかったが、私は運んで満足してるぜぇ?」
「それで、これからどうするつもりなんですか?」
「シバくに決まってんだろうがぁ。都合のいいことにてめえから近づいて来てくれたしなぁ……逃げられると思うなよ?」
九尾が襟首をさらに強く掴み直す。
「すみませんが先生、余を捕まえるには甘すぎる拘束ですよ」
「あぁ?」
エクスピールが消えた。
いや、霧散した。
「な……!?」
そしてまた、エクスピールは九尾の前に現れた。
「……」
「てめえ……何しやがった?」
「少しばかり肉体を気体にしただけですよ、先生」
「吸血鬼」
「ん?」
「吸血鬼だな、お前。身体を霧散させたり、精気を吸ったりするのは吸血鬼の特徴だ」
刀を持った拓真がそこにいた。
「ふん、君もいたのか……ならば他のみんなもいるのかな?」
「ここにおるよ」
それぞれ、隠れていた場所からでてくる。
「なるほど、吸血鬼か。精気を吸っていたのは君の能力というわけだな」
「綾乃桜さん、君までか」
「ふふ、これでも退魔の巫女なんでね」
「そうかい。しかし……これは少しやっかいかな」
エクスピールは周りを見渡す。
「どうする?ここにいるやつらはどいつもこいつも強えぞ」
「そうだね、確かに余ではこの中の一人を相手にするだけでも手一杯だろう」
だからこそエクスピールは拓真たちのマークを外そうとしたのだ。
しかし、
「余なら、ね」
「あ?」
街灯によってできていた拓真の影が、一瞬揺らめく。
「……拓真!後ろ!」
何かに気づいたサリエルが拓真に向かって叫ぶと、拓真は反射的にしゃがみ、後ろからきた何かをかわした。
「な!?」
「あれ?外れた……」
そこにいたのはエクスピール。
エクスピールは手刀で拓真の首を狙ったようだった。
しかしそんなことはもうどうでもいい。
重要なのはそこではない。
なぜなら、エクスピールはまだ九尾の目の前にいるのだ。
「お前、どっから……!」
「……エクスピールが二人……!?」
九尾の目の前に一人。
拓真の後ろに一人。
つまり、エクスピールは二人いた―――
「君は逃げといて、僕がどうにかするから」
「ああ、頼むよ」
一人のエクスピールが霧散して消えた。
「さて、と……それじゃ、僕が君たちの相手をするね」
二人目のエクスピールと拓真たちが対峙する。
夜の闇が、揺れた――――
ちなみに拓真たちの通う高校は京光高校です。