第2話 それは……多分悪魔の弱点だったんだろうな
「主さまよ……悪いがもう一度言ってくれぬか」
ルシフにはよく聞こえなかった。いや、実際には聞こえていたが、理解が追い付かず、よく聞こえなかったように感じてしまったのだ。
「俺の、メイドに、なれ」
聞き間違えではなかったらしく、ルシフは、顔をひきつらせながら確認する。
「確認しておくが、メイドとは下女のことか?」
「一般的にはそんな風に呼ばれているな」
「儂にそれになれというのか?」
「うん」
「最悪最狂の悪魔である儂に?」
「Yes you do」
「嫌じゃ!」
「なんでも言えと言ったじゃないか」
「しかし儂に!この最悪最狂の悪魔であるスノウシルバー・ルシファリオン・カオスフィールドに!下女の格好をしろというのか!?」
「まあ落ち着け、メイドが下女というのはあくまでも一般的には、だ」
拓真が腕を組んで、意味深に、言葉を発した。
「主さまのいうメイドは一般的なものとは違うというのか?」
ルシフは不審なものを見る目で、拓真に問いかけると、
「ああ、俺にとってのメイドとは世界最強、才色兼備、つまり完全無欠!主人を護る完璧な存在なんだ!よって、それだけの能力と容姿を兼ね備えたルシフに!メイドになってもらおうということなのです!」
「そんな……美人で最強とは……照れるのぅ……して主さまよ、その完全無欠のメイドとやらは、周りから見れば結局下女なのではないか?」
「……そうなるな」
「……」
「……」
「メイドになれ!」
「嫌じゃ!」
「着ろ!これを!」
そう言って拓真がどこからともなく取り出したのは黒基調で、そこらじゅうに白のフリフリのついた、まさにメイド服といえるブツだった。
「だから、儂は最上位の悪魔じゃぞ!?着れるわけがないじゃろ!」
「いや、最上位の悪魔とかどうでもよく、綺麗な女がメイド着て恥ずかしがってる姿が見たい!」
「今ポロッと本音が出たのぅ!?主さまはただメイド好きなだけではないのか!?」
ドッタンバッタン、拓真とルシフは取っ組み合い、メイド服を押し付けたり、押し返されたりしていて、
「いや、それは違う、ルシフの白い肌と艶やかな銀髪が、俺にとっては最高に綺麗で、可愛くて、絶対に似合うと思ったから着ろと言ったんだ」
急に拓真が手を止めて、真面目な顔で言った。
「う……そんなことを言われると……しかし、綺麗で可愛い、か……今まで美しいとかはよく言われたが、可愛い……初めてかも知れんの……だが、儂があのような格好を……しかし、主さまは似合うと言ってくれとるし……いや、でも……」
ルシフがぶつぶつ言いながら葛藤の渦のなかに入っていってしまったので、拓真は、この際どんな汚い手を使ってでもメイドにしてやろうと、思考と観察を繰り返していた。
(さて、なにかいい方法はないものか……と)拓真は一度、ルシフの方に目を移した。
いまだにルシフは頭を抱えたり、髪を掻き乱したり、顔をブンブンと横に振ったりしている。
拓真は、あんな行動でも、ルシフがすると綺麗に映ってしまうのだからすごいと思った。そして、
(なんとしても、あいつにメイド服を着せたい……!)
そんな感情(欲望)が、より一層強くなった。そうして、拓真はまず敵をよく観察するべきだと判断して、
(正に雪のような白銀の髪、白い肌、胡座をかいている長く、細い足、あのゆっくりと揺れている尻尾……尻尾?)
拓真はある思考にたどり着き、試してみてもいいかもしれない、と、いまだに悩んでいるルシフに気づかれぬよう、ゆっくりと動き出した。そして、
「いや……でも……やはり……そうだな、うん。なあ、主さまよ、やはり儂が下女の格好をすることは……ひゃう!?」
尻尾を、掴んだ。
「ぬ、ぬぬぬ主さまや!?何をしておるのじゃ!?」
「ああ、やっぱりか」
「なんのことじゃ!?」
「いや、ルシフみたいな尻尾のあるやつには、尻尾を握ると力が出なくなるというお約束みたいなものが、この世界に存在しているんだ」
「主さまよ、何を言っとるのか知らんが、手を離せ!いくら儂でも怒るぞ!」
「ああそう、ほれ」
拓真はルシフの脅しなど意にも介さず、生返事と共に再び尻尾を握る手に力をいれた。
「いひゃあ!?……このっ……しばし眠ってもらうぞ主さまよ!」
ルシフは拓真を気絶させようと殴りかかろうとしたが、
「てい」
「ひゃふ!?」
拓真が尻尾を握ったため、ルシフは拳はよろよろと拓真の胸に当てて、崩れてしまった。「ふむ、こんな感じか?」
そう言って、拓真は尻尾を両手でマッサージでもするように揉み始めた。
「あ、ふあ!ら、らめじゃそんなにしたらあ、いひ…はうう…」
「さて、ここで取引だ、この手を離してほしいなら、あのメイド服を着て、俺のメイドになると誓え」
「そんな……ひ、卑怯じゃぞ主さま……あひゃ!?ちょっ、やめ、ひあああ!?」
ルシフはお尻をつきだして、うつぶせというあられもない格好で、艶かしいあえぎ声を出している。
「さあどうする?早く返事をしてくれないと、俺はお前の尻尾の感触を気に入って、ずっと握り続ける可能性があるのだが……」
「うう……しかし儂は最上級の悪魔で、プライドとかそういうものがいろいろ……」
「……舐めちゃおうかな……」
拓真の不穏な呟きに、ルシフはえもいえぬ恐怖を感じて、
「ひっ!ま、まて!着る!着させていただく!儂は主さまのメイドになる!儂は主さまのメイドじゃー!」
「よし、取引成立、そんでもって俺の勝ちだ」「あ、悪魔め……」
「お前がいうな」
かくして、ここに主人と悪魔の主従関係が出来上がった……