後日談 其の一
「――ということがあったんだ」
「なるほど、九尾があんなことをしたのにはそんな理由があったのか」
あれから一週間後の朝、学校で拓真は椿に椿が倒れていた時にあったことを話していた。
実はこの学校に稲荷初音という生徒は在籍していなかったということや、
神主で忙しく、義務教育までしか受けていなかった天狗山芙蓉がこの学校に来ることになったこととか。
「ま、なんにせよ皆無事でなによりだったよ、お前もだいぶ回復してきたしな」
「ああ、この傷、出血量は多いが、血漿の働きが活発な箇所だったから全く命には別状なかったしな。九尾はそれを知っていて私のここを刺したんだろう」
「誰よりも優しかったのかもな、あいつ」
「"居場所"……か……彼女にもできたのかな」
「さあな、だがあいつならもう大丈夫だろ」
「……そうだな」
「ああ」
「ところで君」
「なんだ?」
「私は病み上がりなんだ」
「知ってる」
「いろいろと迷惑をかけるかもしれないな」
「別に構わねえよ。何でもしてやる」
「そうか、弁当をあーんで食べさせてもらったり、階段はお姫様抱っこしてもらったり、もしかしたらトイレについてきてもらったりするかもしれないが、よろしく頼むぞ?」
椿が腕を組みながらうんうんとうなずいた。
「嫌だ」
何でもしてやると言ったではないか!」
「でもしねえよ!つーかルシフと初めて会ったときにもそんなこと言ってるやつがいた気がする!……あ、俺だった」
二人が机越しに身を乗り出して叫び合う。
「ふう……胸が重いな……(チラッ)」
「持てってか!?」
「まあ、その辺は一割冗談だ」
「九割本気じゃねえか」
「……まあ安心してくれ、もう戦闘をしても大丈夫なくらいまで回復してるからな」
「そうか、そりゃよかった」
「うむ、だから行為に及んでも大丈夫だからな、今までどおりガンガン私を求めてくれても問題なしだ」
椿が身体をくねらせて少し制服を着崩してみせた。
「今までどおりって、求めたことがまずねえよ」
「なんの話をしておるのじゃ?」
「……」
「いや、拓真が私の身体を初めて求めてきた時の話を」
ルシフとサリエルが目に見えない黒いオーラをだす。
「……ほう、それは儂も聞きたいのう」
「……楽しみ」
「求めたことがまずない。終わり」
「あれは急に雨が降りだしたから、二人でとりあえず拓真の家に避難した時のことなんだがな。とりあえず先にシャワーを浴びてこいと言われて、私がシャワーを浴びていたところに彼がいきなり浴室に入ってきて後ろから……」
「ほう、主さまがそんなことをのう……」
「……鬼畜」
「聞けよお前ら、おい」
拓真をことごとく無視し、椿が捏造(妄想)話を繰り広げていると、担任がいつも通りあくびをしながら眠そうにして教室に入ってきた。
「ふわあ~……おらお前ら席つけー」
生徒たちがそれぞれの席についていく。
ルシフやサリエルも話を諦めて席についた。「えー……知ってるやつもいるだろうが、この高校の三年生担任の先生方が一斉にぶっ倒れなさった……俺の読みでは行事の打ち合わせという建て前で食いに行った刺身の盛り合わせが当たったんだろうが……そんなわけで、俺がしばらく三年生の担任をすることになったんで、このクラスには新しい担任が就くことになった。入って下さい」
教室のドアがゆっくりと開いて、金髪の女性が入ってきた。
――あの時の九尾が大人になったような金髪の女性が――
『!?』
拓真、椿、ルシフ、サリエルがそれぞれ驚愕を顕にしたが、九尾の美しさにわいたクラスの喧騒にそれはかき消された。
「あー……九尾初音先生だ」
「このクラスの新しい担任になりました九尾初音です。よろしくおねがいします」
九尾が少しお辞儀をして、微笑んだ。
読み方は違うが同じ"九尾"の名字。
あの時と同じ金髪。
誰だかを判断するには充分だった。
「……君は知っていたのか?」
椿がヒソヒソと拓真に話しかける。
「いや、知らなかった」
拓真がぐだっと机に垂れる。
「……どこからか妖力は感じておったんじゃがのう」
ルシフは肩をすくめ、
「……驚愕」
サリエルはただ九尾を見つめていた。
昼休み、屋上。
「本当にビックリしたな……ほら」
「そうだな、私も驚いたよ……あーん」
朝に椿が言ったように、拓真は椿に昼御飯を食べさせていた。
椿はものすごく幸せそうだ。
「まったくじゃな、よもやあやつがここに居場所を作るとは」
「……あ」
サリエルが何かに気づく。
「よーおお前ら、久し振りだなぁ」
いつの間にか九尾がフェンスにもたれ掛かっていた。
「なんですか九尾先生?ここは立ち入り禁止の屋上ですけど?」
椿が卵焼きを飲み込んでから飄々と言った。
「うっせーなだったらてめえらも何でここにいんだって話だろうが」
「丁寧口調は止めたのか?」
「さすがに教師がこんな口調で話すわけにゃあいかねえだろ」
「……ここでよいのか?」
「……ええ、私はここを選びました」
ルシフには敬語。
「……そうか」
ルシフが少し笑った。
「……何でここに?別に生徒でもいいんじゃ……」
サリエルが平淡な声で疑問を投げ掛ける。
「おいおい、私が何年生きてると思ってんだあ?今さら人間から教わることなんざねえんだよ。それに――」
突然窓から人が出てくる気配。
「あ、いたいた初音いた!」
「あ……」
「ダメだよ多分ここ立ち入り禁止なんだから!初音教師なんでしょ!」
出てきたのは天狗山芙蓉だった。
芙蓉は九尾のところまで走っていき、飛び付いた。
「うっせーな別にいいだろあーもうくっつくな!」
「……天狗山芙蓉」
「なるほどのう、天狗の妹がおるからここに来たのか」
「今度はいつ遊びに来るの?ねえ、ねえねえねえねえ!」
「うるせえ知るか!はーなーれーろー!!」
芙蓉は九尾の胸に顔を埋めてみたり、ほおずりしたりし、
九尾は顔を赤くしてそれを引き剥がそうとするが、なかなか芙蓉は離れない。
「何て言うか……あれだよな」
「ああ、あれだな」
四人は同じ考えに至り、口にした。
「百合」
「百合だ」
「百合じゃの」
「……百合」
「おいこらいまそこなんつったあぁぁぁ!?」
"居場所"は誰にでもできる。
そして"居場所"ができたなら、
良いものなのか、悪いものなのかは分からないけれど、きっとそこには何かがある。
人は無意識にその何かを得たいがために頑張っている。
その何かは見もできないし、触ることもできないし、感じることさえできないけれど、
その人はいつの間にかその何かを必ず得ているのだろう――
[とある日記の12ページより]
やっと第一章終わりです。
長かったですねー、私としてもここまでになるとは思ってませんでしたよ。
…次はどんな話にしましょうかねー
これからも読んでいただけたら幸いです。