第19話 それは……多分拓真の能力だったんじゃないかな
「だから……彼女には勝てないと言ったんだ……九尾の狐は……格が違いすぎる……人が勝てる存在じゃない……!」
「ふむ、確かにあやつの力は並ではないのう」
「……それでも拓真に戦わせるというのか……?」
「……彼はあの妖怪に勝とうとしているわけじゃない。ただあなたのためにあなたの分の仕返しをしようとしているだけ」
「……九尾の狐の攻撃を一撃でもまともに食らえば……死ぬかもしれないんだぞ……!」
「それでも、主さまはやるんじゃよ。それだけ主さまにとっておぬしが大切な存在なんじゃろ」
「……あいつは基本的にアホなことばかりしている。でもあいつには一本の芯があって、どんな時でもそれが揺るがない。だからあいつはあんな無茶なことも、私たちの為にしてくれる。だからこそ、私たちはあいつを信じてあげないといけない」
「………………成る程、な。ふふ、彼との付き合いが一番長い私が、一番彼のことを分かってなかったみたいだな」
椿は何かを気づかされたようにハッとなり、しばらく黙りこんでから、小さく笑った。
「ふむ、それが解ったならやるべきこともわかるじゃろう?」
「ああ……」
椿は全力で身体を起こして、ふらふらになりながらも立ち上がった。ルシフもサリエルも、それを止めたりはしない。
そして椿は出来る限りの空気を肺に吸い込んで――
「頑張れ!!拓真ぁぁぁぁぁ!!」
「頑張る!!」
拓真は笑みを浮かべてビッと刀を横に振り払った。
「……これで、いいんだな……ルシフ、サリエル……後は、頼んだぞ……」
そして気を失って倒れた椿をルシフが受け止めた。
「ふん、前に主さまもこんなことを言って倒れとったのう……似た者同士というかなんというかじゃな」
「……どっちも賢い馬鹿」
サリエルがため息をついた。
「ふっ、確かにそうじゃの……主さまや、今度は主さまの番じゃ。頑張れ、儂のかっこいい主さま」
ルシフは自分にしか聞こえないような声で、そう呟いた―――
「さぁて、私の秘密も曝してやったしぃ、次はお前の秘密を暴かせてもらうぜぇ?」
「やってみろよ」
「言われなくてもぉ!」
九尾は鬼火を一つ、拓真に向かって放った。着弾した時、拓真は九尾の後ろに背を向けて悠然と立っていた。
九尾は振り返ってそれを見ようともせず、
「……くっくく、ぎゃははは!ビビッときたぜぇ……電気だけになぁ!」
「……さすがだな、もう見抜いたのか。もうちょいゆっくり分析してくれててもよかったのにな」
「悪いなぁ、てめえが高速移動のモーションに入ったとき、足に蒼白い光が二、三回弾けたのが視えたんだよなぁ」
「正解だよ。俺は魔力を電気に変えている……正確にはそれを応用して磁場を発生させてんだ。つまり、俺はリニアモーターカーや電磁砲の原理で磁力を使って高速移動してるってわけだ。俺はこれを"電光石火"って呼ぶことにした……まあただの移動術なんだけどな。ちなみに魔力を電気に変える方法はルシフから教えてもらった」
「……いつ教えたの?」
「んん?確かおぬしが初めて主さまを襲った日じゃったのう……あの日主さまが突然土下座をして魔力の使い方を教えろと言うから、ダメもとで教えてみたんじゃが……見事に一度で主さまは成功させてみせたんじゃよ。まったく、底の知れん主さまじゃて」
ルシフは肩をすくめた。
「……ふぅん」
一体あいつは何者なんだろう。そんなことを考えながらサリエルは拓真に視線を戻した。
「言ってやるけどよぉ、てめえがそれを使えたからってなんだってんだぁ?確かに速えは速えが、んなことしたって私にゃあ傷ひとつつけらんねぇんだぜぇ?そんな細え鉄の棒一本じゃあよ」
九尾が拓真の持つ刀を指差した。
「そうだな、お前に鉄の棒一本で傷をつけるなんて無理な話だろうな」
「わかってんなら、止めた方がいいんじゃねえかぁ?」
「まあ、何事もやってみなくちゃわかんねえって言うじゃねぇか」
拓真が低い姿勢に構える。
「そぉかよ」
九尾は構えない。
「……」
「……」
拓真が消えた。
現れたのは九尾の横。
「!」
九尾は尾の一本で拓真を貫こうとする。
しかしもうそんなところに拓真はいない。
気づいた時には後ろから異物が接近している気配――
「ちっ、速え、な!くそがっ!」
九尾は他の尾でそれを受け止めた。
受け止めた物は――石。
「なぁ!?」
「こっちだ」
拓真がいたのは九尾の懐。
拓真は身体を捻り、全力で刀を横に振り切った。
「はっ!わざわざ懐まで飛び込んできたのはご苦労様だが、言ってんだろぉ、そんな鉄の棒じゃ私は――」
九尾の脇腹から、血が溢れた。
「な……あ?」
「私は……何だって?」
拓真は刀についた血を払い、顔についた返り血をぬぐいながら九尾に問うた。
「ぐ……がああぁぁぁぁあ!?!!?」
「悪いんだけど、これはただの鉄の棒なんかじゃない。
これは妖刀―――村正だ」
日本刀のなかで最も妖しく、最も恐ろしく、最も美しく、最も多くの人を殺した妖刀――村正が、久々の血を浴びて歓喜していた。