第18話 それは……多分狐の正体だったんじゃろうな
「あっれぇー?天狗まだ生きてんじゃん」
「稲荷……さん?」
「はーい!稲荷さんでぇーす!ぎゃははは!」稲荷はおちゃらけて拓真の確認に答えた。
「……天狗山の言っていることは本当なのか?」
「そこの天狗野郎が何言ったかはしんねぇけどぉ、今の私を見てどっちが本当に悪だったのかわかんねえならお前の頭カビでも生えてんじゃねえのかぁ?あはははは!」
「……そうかよ……まさに狐に化かされたって感じだな」
「思えばおかしいところもあったのう。あの狐、天狗が襲ってきたとき天狗と言葉を一つも交わしておらんかったわ」
おそらく、話し方が変わったことを天狗山に指摘されては、稲荷の本性がばれる可能性があったからだろう。
今回の顛末はこうだ。
稲荷は神社の神主を一人でしていた芙蓉を殺して土地の力ごと神社を自分のものにしようとした。しかし、芙蓉の最後の抵抗によって逃げられてしまい、神社しか手に入れることしかできなかった。芙蓉は神社を取り返すために高鷲に助けを求め、高鷲はそれに応じた。
稲荷からすれば、高鷲が出ばってきたところで簡単に追い返す、または殺すこともできたのだが、突然転校(?)してきたルシフとサリエルという自分を上回る力を持つかもしれない危険因子の存在を発見した。稲荷はどんな、どれほどの能力をルシフたちが有しているのかを試すために高鷲と戦わせようと計画した。そして屋上での戦闘で稲荷は一人ずつ殺していくぶんには全く問題がないと判断。
さらに確実性を重視し、高鷲とサリエルたちをこの山で戦わせて、どちらか(ほぼ100%天狗山だろうが)が死んだら消耗しているもう片方も自分で殺すという計画をしていた。
「って考えたんだけどよぉ、まさかだれも死んでねえなんてがっかりだぜぇ!私が買いかぶっちまっただけかよぉ!そこの二人もたいしたことなかったんだなぁおい!……まあそれなら私がまとめて殺してやればいいんだけどなぁ」
「……おい」
「なんですかぁ、天村拓真くーん?」
「もう隠すつもりはないんだな?」
「ええそうですよぉ、隠す必要なくなりましたしぃ。それよりどうですかぁ?自分の信じていた人が実は悪だったんですよぉ?どんな気分ですかぁ?あんな簡単に人を信じるなんて馬鹿ですねぇ、あはははは!」
「別に、普通の気分さ。自分の信じていたやつが悪だった?だからなんだ、それに気づけたなら今度は本当の善を信じればいいだけの話だ。別に自分が悪を信じていたからって善を信じてはいけない理由にはならない。よく言うじゃねえか、人はやり直せるってな。それと、自分が善でありたいがために人を疑いつづける人生なんてなんの意味も、楽しさもねえだろ」
「へーえ、かっこいいこと言うじゃねえか……それでこれからどうすんだぁ?今度こそ正しい善としてお前が悪である私を殺すかぁ?」
「いや、俺じゃお前には勝てねえよ」
「なんだ、まぁたそこの二人に頼るのかぁ?はっ!情けねぇ主人だなあ!」
「確かに俺は情けねぇかもしんねえな。でも、俺はお前を……椿を傷つけたお前に俺が何もしないわけにはいかない」
拓真は刀を鞘から抜き放った。
「椿の分の仕返しだけはさせてもらうぜ?」
「面白いじゃねえか、やってみろよぉ!」
「くっ……やめろ……拓真。敵うわけが……ない……」
「じっとしてろ。お前はもう休め、大丈夫だから」
「大丈夫なわけが……ないだろう……!だって彼女は……」
「ルシフ、椿を診といてくれ」
「うむ、承知したぞ」
拓真は視線を稲荷に戻す。
「さあ、始めようか」
「待ってたぜぇ、せいぜい足掻いて、足掻いて、最期には面白おかしくもがき苦しんで死ぬ姿を見せてくれよなあ、できる限り手加減するからよぉ、ぎゃははは!」
「わりいけど、少なくとも死ぬつもりはねぇよ。いや、俺はここにいる誰も死なせない」
「面白すぎるだろお前。やれるもんならやってみろよぉ、そんなこと言ってるお前を一番乗りで昇天させてやるからさぁ!」
稲荷が両の掌から発生させたのは"鬼火"という狐の妖怪が得意とする火の玉。
「そら、どうにかしてみろよぉ!」
稲荷は両方の鬼火を同時に拓真に向かって投げた。
鬼火は爆発して爆風や爆熱で攻撃するような類いではなく、用途は相手を燃やすものであるため、防ぐのではなく避けなければならない。しかし稲荷が投げた鬼火は一般人のかわせる速さではなかった。
そして鬼火は拓真のいる場所に着弾した。
「拓真ぁ!」
椿が無理矢理身体を起こして叫んだ。
「ルシフ!サリエル!早く彼を助けに!……ぐぅ……」
「大丈夫じゃよ、おぬしもいいかげんに主さまを信じてやったらどうじゃ?」
「……(コクリ)」
周りが燃えているなか、拓真は傷ひとつなく立っていた。
「な……」
椿は驚きに目を見開き、
「へぇ……」
稲荷は感嘆を声にした。
「んー……お前がなにやら高速で移動したのは視えたんだが……何をしたらあんな動きができんだぁ?」
「さぁな、お前が惜しいところまで推理できた時に教えてやるよ」
「そぉかよ」
「それよりこっちからも質問、お前は何者だ?」
「ああん?……お稲荷様ですけど何か?」
真意を図りかねるように、稲荷が答える。
「嘘つくんじゃねえよ、鬼火は"妖怪"の技だ。"神様"はそんなもん使えねえ。つまりお前はお稲荷様なんていう"神様"じゃねえ、狐の"妖怪"だ」
「ふぅん、よくわかってんじゃねえか、確かに私は妖怪だ」
「そしてこんだけの戦闘能力を持つ狐の妖怪を、俺は一匹しか知らねえ」
「くくく、当たったら拍手してやんよ」
とある狐の妖怪がいた。
その妖怪は妖艶な美女に化け、当時の中国において三つの國を滅ぼしたという。
その妖怪は――――
「白面金毛九尾の狐」
「だぁいせぇかいぃー!」
稲荷は大きく手を叩きながら、スイッチを切り替えたように姿を変えた。
髪は金色に染まり、着物に着替え、九本の尻尾が生えた。
「そう!私があの最強と謳われた大妖怪!白面金毛九尾の狐なんだよぉ!あっはははは!」
全ての妖怪の中でも最悪で最強と謳われた大妖怪は、ただ笑っていた。