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ラストシーン  作者: Cele
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モノローグ

何かになりたいって思いつつ何にもしない高校生が、

いろいろなことに巻き込まれて成長できたらいいなって話です

 すれ違いざま、鳥越喋(とりごえしゃべる)は肩に鈍い衝撃を受けた。首がぐらりと揺れて捻りそうになった。

 咄嗟に「ごめんなさい」と口にする。自然と謝罪の言葉がこぼれ出た。人気のない高校の廊下に小さな声が反響した。

 前方の気配を察知して、壁際まで避けていた。相手も回避する姿勢をみせていたら、ぶつからない距離だった。スマホを見ていた自分も少しは非があるけれど、避ける気すらなかった相手の方が悪いと感じた。

 だからこそ相手からも謝罪の言葉が出てくるものと思った。それなのにごめんなさいはおろか、言葉自体が何一つとして返ってこなかった。

 相手の姿を見ようと振り返る。首の違和感は残ったままだ。

 じっと見る。

 広い背中の男子生徒と、その隣には派手な茶髪の女子生徒が並んでいた。どちらも後ろ姿だった。

 並びからして、ぶつかってきたのは男の方だった。ツーブロックの短髪で、背丈が高く、恰幅もいい。高校に入学してからひと月も経っていないが、すぐにクラスメイトだとわかった。確か名前は室伏大樹(むろふしたいじゅ)といったはずだ。同じクラスのバスケ部だと記憶している。

 一八〇センチは優に超えている背丈を眺める。自身と比べ、少なく見積もっても十五センチは高い。肩幅の広さと、隆々とした筋肉からして、日常的に鍛えていることは明白だった。

 隣に並ぶ派手な茶髪の女は、制服のスカート丈を短く着こなし、きゃははと品のない笑い声を出して燥いでいる。

 二人の背中が遠くなっていく。何事も無かったかのように猥雑な会話を響き渡らせている。段々と小さくなっていく声を聞きながら、理解した。自分は最初からどちらの視界にも入っていなかったらしい。偶然蹴り飛ばした石ころのように、こちらの存在について意識すらしていないようだ。

 鳥越喋は廊下を見渡した。きゅっと身体が縮むような自身の意図しない怯えが、周りに露呈してはいないかと周囲の人を探す。

 思えば、相手の風体を確認したときから、頼んでもいないのに心臓の鼓動が早まり、求めてもいないのに筋肉が緊張していた。情けなく怯えていたかと思えば、今度は安堵の感情が、勝手に身体中を侵食していく。

 幸いなことにその場には誰もいない。納得のいかない謝罪の言葉も、誰に届くこともなく霧散したようだ。あるいは、あの二人にはしっかりと聞こえていたのかもしれないが、今となってはわからない。

 気付けば手に痛みがあった。右手の拳を握りしめていて、爪をぐっと食い込んでいたらしい。慣れていないからか、筋が突っ張って攣るような感覚に陥った。一人勝手に悶えながら、それを散らすようにそっと掌を開く。

 その何も入っていない掌をじっと見つめ、溜め息をひとつ吐いた。


 鳥越喋は肩を落としたまま歩を進め、放送室の前で足を止めた。

 他の教室は引き戸が多いが、放送室は防音用の重たい押し扉だ。レバーハンドルを右手でぐっと下に押すと、身体で扉を押しのけるようにして中に入る。

 放送室内はコントロールルームと収録ブースに分かれており、一般の収録スタジオさながらに、間は一枚の大きなガラス窓と防音扉で区切られている。そのためそれぞれの部屋に分かれていても顔を見ながら意思疎通を図ることができる。

 手前側のコントロールルームは、二畳ほどの広さで、校内放送用の設備が入っている。奥側の収録ブースは文字通り収録するためのスぺースだが、実態としては滅多に収録作業は行われておらず、放送部の主な活動スペースとして使われている。

 収録ブースの中央には、二台の長机が並び一つの大きな机のように置かれていて、安っぽいパイプ椅子が四脚据えられている。

 壁際には編集用のPCが数台並び、姿勢を保持してくれることが売りの高価な椅子が配置されている。反対側の壁際に据えられたラックには高価なPCに何本ものマイクやミキサー、録音機材が所狭しと並ぶ。OB会の寄付もありハイスペックな機材が揃えられている。そのため一般的な家庭環境の高校生が揃えるには厳しいレベルの機材が保管されている。

 鳥越喋はコントロールルームに入ったところで、ガラス窓越しに収録ブース内で作業する女子生徒の後ろ姿を見た。PC前の立派な椅子に腰かけ、画面とにらめっこしている。作業用に身につけたヘッドホンは彼女には少し大きすぎるようにも見える。

 二つ目の防音扉を抜け収録ブースに入ると、長机に据えられたパイプ椅子の一席に腰をおろし、普段より幾分か大きな声で話しかけた。

「何してんの、隅っこ」

 鳥越喋の問いかけに対して、此花澄(このはなすみ)は何も反応せず、画面に向き合ったまま作業をし続けている。

「おーい、隅っこ」

 鳥越喋は、彼女の名前とイメージから勝手に隅っこと呼んでいる。この二度目の声かけに、此花澄は怪訝そうな表情で振り返り、ヘッドホンを首にかけるようにして外した。

「私に話してる?」柔らかく、それでいて抑揚のあまりない声がした。鳥越喋にしてみれば、同い年とは思えない落ち着いた声だ。

 表現からして、最初の声かけも聞こえていたらしい。

「部屋見てみろよ」腕を広げて、他に誰もいない部屋全体を指し示す。

「ごめん、独り言かと思ったよ」此花澄が右の口角だけをほんのりと上げた。これが冗談を言うときのサインだと理解したのは、ここ最近のことだ。

「呼んだけど」

「聞こえなかったよ、君はスコップくんだっけ」

 彼女は片方の口角を上げたまま、落ち着いた声色で呆れたように呟くと、すぐさまPC画面に向き直った。

「何してんの」

 何をしているかなんて見たままなので聞く意味もなかったが、最初に放った質問をそのまま投げかけた。雑談の導入として話しかけただけだった。

 彼女は振り返ることなく、その問いかけに対して小さく溜め息をついてから答えた。

「周り見んの好きだよね」口角はあがっていなかった。

 彼女が再びヘッドホンをしたのを見て、鳥越喋は立ち上がった。どうせ動画の編集をしているのだと、最初から分かっていた。一目見れば分かることだった。PCの前に座っているか、腕章をつけてカメラ片手に撮影をしているかのどちらかだ。

 放送室の窓から下を覗くとちょうど中庭が見える。

 鳥越喋が覗き込むと池の岩の上で日向ぼっこするカメの姿が目に入った。二階から覗いてもよく分かるくらいたっぷりとした大きさに育っている。誰かが入念に世話でもしているのだろう。随分気持ちよさそうにしている。

 陽光に照らされるカメたちが、なんにも考えていないことだけは、遠目にみてもよく分かった。

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