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第3話 アキちゃんとママ

* * *


「あずき~、あずき~」

アキちゃんが呼ぶと、あずきはピンクの首輪にぶら下がった小さな鈴をチリンチリンとならしながらやってきました。

そして、ソファーの上にピョンと飛び乗り、ソファーの上であぐらをかいているアキちゃんの足の中に小さな体を丸めてすっぽりと収まりました。

アキちゃんが、あずきの白くてふわふわした綿のような体をやさしくなでてやると、あずきは、気持ち良さそうに目を細めてごろごろ・・・と小さく喉をならしました。


「アキ・・・アキちゃん・・・」

気持ち良く寝ているあずきのことを見ているうちに、アキちゃんもいつの間にか眠りについていたようでした。

「アキ・・・アキちゃん・・・」

その声にアキちゃんは目を覚ましました。

そして、さっきまであぐらをかいていた足の中で寝ていたはずのあずきのことを触ろうと手を動かしたとき、アキちゃんは、自分が布団の中にいることに気付きました。


「アキ・・・起きた?」

アキちゃんがゆっくり目をひらくと、心配そうな顔をしたママが、布団の中のアキちゃんを覗き込んでいました。

アキちゃんは、急に現実の世界に引き戻されてしまいました。

もう一度、眠りにつけばまたあずきに会える・・・そう思ってもう一度目を閉じてみましたが、もう二度と夢の中へ戻ることは出来ませんでした。

そして、再び目を開いたアキちゃんは、心配そうに覗き込むママの顔を見ようとはせず、天井をじっとみつめたまま何も答えませんでした。


しばらく天井を見つめていたアキちゃんが、一度だけまばたきをした時、アキちゃんの目から一粒の涙が頬をつたってこぼれ落ちました。


「ねえ、ママ・・・」

アキちゃんは、か細い声でママに話しかけました。


「うん? なぁに?」

アキちゃんのベッドのすぐそばに座り込み、アキちゃんのおでこにそっと手を置きながら、ママは言いました。その声は、いつも以上にやさしい声でした。

「わたし・・・あずきのこと、さがしてたのに・・・なんでお布団に入ってるんだろ・・・?」

アキちゃんは、天井を見つめながら聞きました。

日が暮れた公園であずきを捜しているとき、芝生の上で転んでしまったアキちゃんは、泣きじゃくっていました。そんなアキちゃんをみつけたママは、アキちゃんをぎゅっと抱きしめて一緒に泣きました。

ママに抱きしめられて、泣き疲れたアキちゃんはいつの間にか眠ってしまいました。

そんなアキちゃんを、ママはおんぶして家へ戻ったのでした。


「アキ・・・おなかすいたでしょ。ごはんにしよ・・・」

ママは、アキちゃんのおでこにあてた手でやさしくアキちゃんの頭をなでました。


「食べたく・・・ない・・・」

そう言うと、アキちゃんは、ママと逆の方へ寝返りをうちました。


「でも・・・アキ、なにか食べないと・・・ね。 あずきのことは、また明日ママと一緒にさがそ・・・」

ママは、上半身をベッドに乗り上げてアキちゃんの顔に自分の顔を近づけて耳元でささやくように言いました。


「だって、あずきだってきっとなにも食べてないもの・・・」


アキちゃんは、今あずきがどこで、なにをしているのか心配で心配で仕方がありませんでした。「寒くないかしら? おなか空かせてないかしら?」そんなことばかりを考えていました。


「アキ、お願いだから・・・ごはん食べてちょうだい・・・あずきならきっと大丈夫よ。明日またママと一緒にさがそうね・・・」

ママは、ベッドにあがりアキちゃんに添い寝をして、後ろから抱きしめながら言いました。

「ね・・・アキちゃん、ごはん食べて、元気だしてあずきのことさがそうね・・・きっと、戻ってくるから大丈夫よ・・・」


アキちゃんは、本当はおなかなんて空いていませんでしたが、ママの声があまりにも悲しそうだったので、ママの言うとおり、ごはんを食べなくちゃ・・・と思い、添い寝しているママの方に向き直りました。

アキちゃんが、うしろに寝返るとアキちゃんの顔のすぐそばにママの顔がありました。

ママは、アキちゃんのおでこに自分のおでこを押し当てて

「ね・・・アキちゃん、食べてくれるよね?」

と、やさしく微笑みながらささやくように言いました。


「・・・うん」

アキちゃんは、小さくうなずくと、ゆっくり体を起こして布団から這い出しました。


「今日は、アキの好きなカレーだからね。いっぱい食べて元気だして、あずきのことみつけてあげようね・・・」

ママは、ガスコンロに火をつけて、鍋を温めなおしました。

アキちゃんは、食卓へはつかずにソファーの上に座りました。


カレーの入った大きな鍋がぐつぐつと音をたてはじめました。

ママは、冷蔵庫からサラダを盛りつけた器を取り出して、ダイニングテーブルの中央に置きながら、ソファーに座っているアキちゃんのうしろ姿を見ました。


アキちゃんは、ソファーの上にいつものようにあぐらをかいて座り、あずきといつも遊ぶときに使っている、細長い棒の先っぽに小さなねずみの形をした人形が付いているオモチャを自分の目の前で小さく左右に振って見つめていました。

ママは、「ごはんの用意できたよ・・・」と言うつもりでしたが、そんなアキちゃんのうしろ姿を見て、口にするのをやめました。

そして、一度ダイニングテーブルの上に置いたサラダの器をもう一度手に取り、アキちゃんが座っているソファーの前にあるこたつへ運びました。


「今日は、おこたで食べよっか・・・」

ママは、こたつの上にサラダを置いたあとアキちゃんのカレー皿にごはんをよそり、大きな鍋の中からカレーをごはんの上にかけました。

そして、「今日は、いいか・・・」と小さくつぶやいて一度よそったアキちゃんのカレー皿からにんじんを取り出して鍋に戻しました。

ママは、こたつの上にサラダとカレーライスを並べると、アキちゃんのすぐ横に並んで腰をおろしました。


アキちゃんは、ソファーの上からそのまま滑るようにカーペットの上に移動してこたつの中へ足をつっこみました。


「さ、食べよ・・・」

ママは、アキちゃんの頭をやさしくなでながら言いました。


アキちゃんは、自分の前に置かれたカレーのお皿を眺めていました。

アキちゃんの白いカレー皿には、赤や黄色や黒や緑など、いろんな色の猫のイラストが描かれていました。

その猫たちは、しっぽをピンと立てて気取って歩いていたり、丸まって寝ていたり、頭を下げて伸びをしていたり、いろんなポーズをとっていました。

アキちゃんのお気に入りのお皿でした。

アキちゃんは、そのお皿の中にいる白い猫のことをしばらく見つめたあと、スプーンを口に運びました。


ママは、アキちゃんがカレーを口の中に入れたのを見届けてから自分も食べ始めました。

アキちゃんのスプーンを口に運ぶ手が時々止まるたびに、ママは心配そうにアキちゃんの顔を覗き込みました。


二人とも無言で食べていましたが、途中でママが、「どこかで天気予報やってないかしら?」と言い訳をしながら、リモコンを手に取りテレビのスイッチを入れました。

いつもは、「ごはんの時はテレビを消しなさい!」と言うママでしたが、どこかでアキちゃんが好きそうな番組はやっていないか・・と、リモコンをパチパチ押してチャンネルを変えました。


「天気予報、やってないね・・・」

と言って、アニメ番組をやっていたチャンネルのところでリモコンを置きました。


アキちゃんは、テレビをぼんやり見ながらカレーを少しずつ口に運んでいました。

そして、アニメの番組が終わりCMが始まると、アキちゃんの手がまた止まりました。

テレビの画面には、あずきそっくりの白い子猫がソファーの上で丸くなってお昼寝している姿が映っていました。最近よく見かけるこのCMは、始まるたびにアキちゃんがいつも

「ママ!ママ!あずきが出てるよ!」

と大はしゃぎしてテレビの前に駆け寄るCMでした。


でも、今日のアキちゃんはこのCMを見てもちっとも嬉しくありませんでした。

アキちゃんの心の中の心配が大きくなるだけでした。


ママは、テレビの画面を寂しそうに見つめるアキちゃんに、何か声をかけようかどうか迷っていると、アキちゃんの方からママに話しかけました。


「ママ・・・」

ママは、少しビックリしたようにアキちゃんのことを慌てて見ました。

「うん? なぁに?」


「ママ・・・このカレー、にんじん入ってないよ・・・」

アキちゃんは、スプーンでカレーを何度かすくってみせました。


「あら・・・そうだった? ママ、アキちゃんのに入れるの忘れちゃったのかな?」

と、ママはわざとらしく嘘をつき、自分のお皿からにんじんを一かけらすくってアキちゃんのお皿にポトッと入れました。

「はい。ちゃんと食べてね・・・」


アキちゃんは、その大嫌いなにんじんをスプーンですくい小さな口の中に放り込みました。

「このにんじん食べたら、あずき戻ってきてくれるかな・・・」

アキちゃんは心の中でそんなことを考えていました。

アキちゃんが、小さい口いっぱいににんじんを頬ばっているのを見て、ママはまたアキちゃんの頭をなでながら言いました。

「アキ、えらいね~。にんじん食べられたじゃない」


アキちゃんは、まだ口の中でにんじんをもぐもぐしながら飲み込めずにいました。

そして、まだ頭をなでているママの左の肩へ体を預けるようにもたれ掛かりました。


アキちゃんの目からは、また涙が溢れてしまいました。


自分の体にもたれかかってきたアキちゃんの肩を抱きながらママは何も言わずにやさしくぽんぽんと叩きました。


「ママ・・・やっぱり、にんじん・・・おいしくない・・・」


そして、また涙がアキちゃんの頬を流れ落ちました。



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