7:幼き日の夢と精霊
『ワタシをキライにならないで』
光をまとったリーリエの小さな友人は真珠のようにキラキラと輝く涙を流している。
リンゴ一つ分もない小さな身体をさらに縮こませて泣く姿に、幼いリーリエは言った。
『ワイン畑のブドウをどこよりも実りが豊かにして欲しい』
泣いていた小さな友人は涙をぬぐい『約束』と差し出されたリーリエの小指をギュッと握った。
これはリーリエと小さな精霊以外、誰も知らない秘密の約束。
「起きて、リーリエ!!遅刻するわよ!!」
同室のジャスミンに起こされて、何とか朝食の時間に待に合ったリーリエは懐かしい夢を見たせいか、ぼんやりとする頭を抱えながら何とか食べ物を口に運んでいる。
髪の毛も一緒に食べようとするリーリエに、ジャスミンはリーリエの髪の毛を耳に掛ける。
「髪の毛を一緒に食べないの。もぉ、メガネに牛乳が付いてるわよ」
ジャスミンはリーリエのメガネを拭くと、満足げな表情をして食事を続けた。
ジャスミンのこの行動は慣れたもので、朝が弱いリーリエもそれを自然に受け入れる。
「今日はベルナルドと会う日でしょ?」
「そうね……。今日から基礎を終えて、応用を教えてくれると言っていたわ」
「授業の勉強だけでも大変なのに、授業外で魔法の勉強をするなんて信じられない。私なら頭がパンクしちゃうわ」
「そうかしら?新しいことを知るのは楽しいのに」
「楽しいのは分かるけど、限度っていうものがあるの」
ジェレミーと図書館で出会ってからリーリエはジェレミーと週に一度は必ず会っている。
リーリエが独学で魔法を勉強していることを知ったジェレミーは、自分が魔法を教えることを提案してくれたのだ。
最初は断ろうとしていたリーリエだが、独学では限界を感じていたため、ジェレミーのその提案を受け入れることにした。
ジェレミーに魔法を教えてもらうようになって、リーリエは自分自身が変わったと実感している。
簡単な魔法を使えるようになった。
それに、今まで頭を悩ませていたアイヴァンとの関係を終わらせることが出来た。
今までは限られた所にしか行かなかったけれど、アイヴァンと会うことを気にせず、色んな所に足を運べるのはとても気分が良い。
ご機嫌なリーリエにジャスミンは首を傾げると、何かを思い出したかのように口を開いた。
「今週の「ねぇ。聞きたいことがあるんだけど少しいいかしら?」
「……何よ。あなたたち」
言葉を遮られたジャスミンは、割って入ってきた二人の女子学生を不満げにジトっとした目で見る。
挨拶はするが、まともに話したことがない彼女たちに人見知りのリーリエは身体を固くする。
「聞きたいことって何かしら?」
リーリエの言葉に、二人の女子学生はにっこりと笑うとリーリエとジャスミンの隣に座った。
「剣術学部で大変なことが起こったんですって」
「大変なこと?何があったの?」
剣術学部という単語にビクッと身体を震わすリーリエを、ジャスミンはチラッと見ると女子学生に続きを促す。
「生徒が一人立てないほど重傷を負って、剣術学部は大騒ぎ」
「それの何が大変なことなの?重傷を負うなんて剣術学部ではよくあることじゃない。魔法学部の私でも授業で怪我をすることがあるのに。それに、怪我なんてすぐ治せるし全然大変なことじゃないわ」
「チッチッチ。それが大変なことなの」
呆れるジャスミンにジャスミンの隣に座る女子学生は人差し指を揺らす。
リーリエの隣に座る女子学生がしたり顔でリーリエを見る。
「その重傷を負わせた相手がアイヴァン・フォン・クレイフォード」
アイヴァンの名前にご飯を食べながら黙って聞いていたリーリエは動きを止める。
アイヴァンが怪我を負わせた?
「彼。あなたの婚約者でしょ?」
「何か知ってるかなと思って」
「ちょっと!リーリエはパパラッチじゃないのよ!!そんなに知りたいなら本人に直接聞きなさいよ!」
ジャスミンの言葉に二人の女子学生は顔を見合わせる。
「だって。彼は学園の有名人だし。いつも誰かと一緒にいるから」
「精霊の愛し子ってだけでも話しかけにくいじゃない」