12:涙
炎があがる宮殿で意識を失い、目覚めたリーリエを父は疲れが見える顔で安心したようにホッと息を吐き、母は涙を流してリーリエを抱きしめた。
肩が母の涙で濡れるのを感じながら、リーリエはとんでもないことをしてしまったと幼心に思ったのを覚えている。
傷一つなかったリーリエだが療養するために、屋敷の外に一歩も出ることが許されなかったリーリエは、アイヴァンのことが気がかりだった。
意識を失う前。
倒れるアイヴァンを助けないととリーリエは強く思った。父が言うにはアイヴァンは無事らしい。険しい顔で話す父にリーリエはアイヴァンの身に何かあったのかと不安になる。
事件からしばらくたったある日。
宮殿が燃えた原因を捜査した結果。
精霊の魔法によって宮殿が燃えたと分かった。そして、この時から大人たちのアイヴァンを見る目が変わった。
この事件以降。
アイヴァンが精霊の愛し子と呼ばれるようになっていた。
そして、リーリエは楽しくて美しかった魔法が怖くなった。
大人たちの精霊の愛し子として勲章を得るアイヴァンを値踏みする瞳。リーリエは今でもよく覚えている。
リーリエの過ち。
それは、花火を美しいと自分もやってみたいと思ったこと?
いいえ。違う。
精霊という存在が純粋で愛情深く、善悪の認識が薄く、人間を超越する力を持っているということを知らなかったこと。
そして、精霊の愛し子という称号が意味するものを知らなかったこと。
無知。それがリーリエの過ちだ。
それからずるずると時間だけが過ぎ、アイヴァンは学園で問題を起こして魔法学部の先生たちから疫病神のような扱いをされ、リーリエは周囲から好奇な目で見られている。
変わったことは、リーリエとアイヴァンは婚約破棄の真っ最中で。
ジェレミーのおかげでリーリエは魔法を使えるようになったこと。
小さな光を手のひらに出す魔法でさえ、リーリエにとってはとても勇気のいること。
私はこれだけで十分幸せだ。
リーリエが手をギュッと握ると。
「んむっ」
口元にチョコが押し当てられる。
お腹を空かせた雛鳥のように反射的に口を開けると、チョコが溶けほろ苦い甘さが口の中に広がる。
美味しい……。
アップルパイだけじゃなくて、チョコも買った方がよかったかも。
そんなことを考えながらリーリエはチョコを押し当てた犯人であるジェレミーを、瞳を白黒させて見る。
「そんな悲しい顔をしないで」
落ち着いた優しい声。
ジェレミーのエメラルドのように輝く瞳が、心配そうにリーリエを真っ直ぐ見ている。
そんな悲しい顔ってどんな顔だろう。
リーリエは自分の顔の表情筋が乏しいことを自覚している。
婚約者であるアイヴァンには「可愛げのない女だ」と言われるほどだ。
何を考えているか分からないとは言われたことがあっても、悲しい顔をしないでなんて言われたことがない。
ジェレミーには私はどんな風に見えているんだろう。
ジェレミーは優秀な魔法使いだから、普通の人とは違う世界が見えているのかもしれない。
「……それはどんな顔?」
リーリエの問いにジェレミーはリーリエの瞳の奥を見透かすようにジッと見つめる。
ローブで影が出来てるとはいえ、狭いベンチに隣同士で座っているせいかいつもより近くにある美しいジェレミーの真剣な顔。
リーリエは何を言われるのかとドキドキと心臓が早鐘を打つ。
「自分は大丈夫。自分が耐えればいいという顔をしながら、自分自身に押しつぶされて泣きそうな顔」
「ゃだなあ……。私、そんなにかわいそうな子じゃないわ」
ジェレミーの言葉に目をわずかに見開いたリーリエの声は震えている。
動揺を悟られないように必死に取り繕うとするが、ジェレミーの瞳にうつるリーリエは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「リーリエはかわいそうな子なんかじゃない。みんなより頑張るのが上手で、大丈夫なように装うのが上手な普通の17歳の女の子」
「………………」
沈黙するリーリエにジェレミーは手で空を横に切る。
すると、リーリエたちを中心に周囲の音を遮断した結界のドームができる。
「大丈夫。泣いてもいいんだ。周りにいる人に僕たちの姿は見えていないから」
ジェレミーの言葉にリーリエの瞳が揺れ、耐えていた涙が頬を伝う。




