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師匠との通話を終えてから、天音はマジカルプリンセス♡キングダムを徹底的に見直した。
ストーリーは全て飛ばして、戦闘シーンをひたすらに再生して頭の中に刻み続けた。
それは一日では終わらず、何日も何日も時間に余裕があれば常に見て、魔力の動きを予想して再現していった。
見れば見るほどこの映像の貴重さを実感する。
今ではこの国の探索者を代表するような人達の映像。
それも、本気の戦いの映像である。
現在と比べれば、数段劣ってしまうかも知れないが、それ故に天音でも真似出来る技術があった。
「大丈夫か? めちゃくちゃ眠そうだけど」
「うん大丈夫。少し寝不足なだけだから」
「目にクマが出来てるぞ、バイトがそんなに忙しいのか? きつかったら、保健室で休むか?」
「平気平気、バイトって言うより趣味の方が原因だから、大丈夫」
おかげで、学校でも寝不足で心配されるほどになっていた。
先週の訓練でも榊原に心配されており、そっちでも大丈夫だからと伝えている。
でも、流石に連日はきついなと思いながら授業が開始した。
そして今は保健室で横になっている。
無理だった。
一限目の授業中に居眠りしてしまい、起こそうとしてくれた教師をモンスターと勘違いして、反射的に殺しそうになったのだ。
腕が動く前に自制して止められたから良かったが、顔面が蒼白になるほど焦ってしまった。
その様子を勘違いした教師から、保健室に行くように促されたのだ。
それでベッドを借りて眠っていたのだが、起きると四限目の時間になっていた。
「三時間も寝てたのか、どうしよう、このまま寝てようかな」
未だ眠気はある。
どうせ四限目は体育なので見学だ。
それならここで横になっていても変わらない。
「目が醒めたなら授業に戻った方が良いわよ」
なんて甘い考えをしていたら、カーテンの向こうから声が届く。
その声は先生の物ではなく、最近聞き慣れたものだった。ただ違っていたのは、いつもの元気はなく抑揚のない平坦な物になっていた。
「ああ、ごめん。直ぐに授業に戻るよ」
カーテンを開いてみると予想通りの人物、榊原レナが椅子に腰掛けて本を読んでいる。窓から入る風が、榊原の髪をはらはらと舞って遊んでいた。
遊ばれた髪を耳にかき上げる仕草は、何だか綺麗だなと思った。
「私の顔に何か付いてる?」
「ああ、ごめん。絵になってたからつい見惚れてた」
そう伝えると、ページを捲る指が止まり、愉快そうに天音を見る。
「面白い誘い文句ね、誰かから教わったのかしら?」
「そうじゃなくて、率直に思った事を口にしたんだ。気に障ったなら謝るよ」
「別に謝らなくていいわ。ただ、私には好きな人がいるから、誰かの誘いに乗るつもりはないの」
「そうなんだ。僕も誘うつもりはないから安心していいよ」
どれだけ自分に自信があるんだろう、少しばかり自意識過剰じゃなかろうかと思いながら会話を進める。
「それよりも、榊原さんは授業に出なくていいの? 今四限目の時間だよね?」
「私はいいのよ。探索者活動しているから、体育の授業は出席出来ないの」
そうだった。体育は隣のクラスと合同で行うので、必然的に同じ時間に体育となる。
探索者として活動していると、学校に申請を出すように言ったのは天音だった。それにより、榊原の体育への参加は不可となった。
だからここで、こうして時間を潰しているのだ。
「……やっぱり、授業に参加出来ないのって辛かったりする?」
「え? ふふふっ、おかしな事聞くわね。普通は授業をサボれて言うこと無しって考えるんじゃない?」
「そうなのかな? ……そうなのかもね。でも僕は、学校での時間が楽しいって思ってるから、授業に出られないのは、少し寂しいかな」
体育の時間に、みんながやっているのを見ると、自分も参加したくなる。それが我儘だと分かっていても、みんなと楽しみたいと思ってしまうのだ。
「変わってるね、君。ねえ、貴方の名前って何て言うの?」
「…………」
やはりと言うか何と言うか、目の前の少年が師事している人物だというのを、榊原は気付いていない。
予想はしていても、本当に気付いていないと分かると、怒りなんかよりも脱力感に襲われてしまう。
いや、もしかしたら、それだけ僕が変わっているのかも知れない。
以前師匠の時雨に、探索者をやっている天音は、普段とはまるで別人のようだと言われた事がある。
きっとそのせいだ。
そうだよね?
でもここはいい機会だから、はっきりと言っておこう。
「僕は天「あら天音くんやっと起きたのね、早く授業に戻りなさい」
「……はい」
名乗ろうとすると保健室の扉が開いて、女性の先生が入って来てしまった。
おかげで、完全にタイミングを逃してしまい気不味くなり、黙って保健室から出て行くはめになってしまった。
ピシャリと扉が閉まり、はあと溜め息を吐く。
もうこうなったら、榊原さんが気づくまで何も言わないでおこう。天音はそう決断して、ある事に気付く。
「でも、声音で分からないのかな? ……もしかして、声まで変わってんの僕⁉︎」
まさかの発見に、天音は驚いてしまった。
◯
「なあ天音、この写真の場所ってどこだ?」
そう尋ねて来たのはぷっちょだった。
ぷっちょはスマホを操作しながら、一つの風景の写真を画面に映す。
それは緑豊かな森林を下界に眺め、空は青から紫、オレンジから白い日の光に向かって行く。雲は一つとしてなく、どこまでも広がる雄大な世界がそこにはあった。
「さあ、僕も貰った写真だからよく知らない」
もちろん嘘である。
写真はダンジョン64階に到着して早々に、大嵐大鷲に巻き上げられた時に見つけた景色である。
サクッと大嵐大鷲を倒して、最新のスマホを使って撮影したのだ。
モンスターの姿はなく、他の探索者の姿だってまったく見えない。無駄のない、正に渾身の一枚だった。
「貰ったって誰にだよ? これ絶対に海外だろ」
「叔母さんかな? 今、アメリカかフランスにいるから、そこで撮った物だと思う」
「その叔母さんって前に言ってた人か? 海外で働いているのかよ、スゲーな!」
ぷっちょは海外と聞いただけで、凄いと考える残念な少年である。頭の中では、海外、英語ペラペラ、頭が良い、博士、ノーベル賞受賞、だから金持ちというあり得ない飛躍した連想をしているのだ。
「でも、その写真使うの? もっと無難な物の方が……」
「何言ってんだよ! ネットにも転がってない画像だぜ、使わない手はないだろう!」
ぷっちょの勢いに押されてしまい「そ、そうだね」と相槌を打ってしまう。
「これをプロジェクターで映すのか、何だか凄い景色になりそうだな」
「調整は必要だろうけどな、まあそこら辺は他の奴らに任せるさ」
「うわっ、出たよ他人任せ」
「適材適所って言え! 俺はこの写真を持って来たんだ。あとは他の奴らの仕事だ!」
「ただの人の手柄を横取りする嫌な奴だな」
堂々と天音の手柄を横取りするぷっちょ。
天音は写真くらい気にしない、というより、この写真の使い道があるとすればこれくらいなので、好きに使ってくれて構わないと思っている。
ただ、自分がいつも見ている風景を、他の人と共有するというのは、なんだか照れ臭いなと感じてしまった。
文化祭まであと二週間。
他のクラスも準備を初めており、演劇やバンドを披露する部活やグループはそれよりも前から練習を開始している。
「文化祭楽しみだね」
準備は手伝えないが、天音は初めての文化祭に心躍らせていた。