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「本日の買取金額は216800円になります。この札を外の窓口にお渡し下さい」
「はい、ありがとうございます」
受付で札を受け取り離れようとすると、受付のお姉さんに引き止められた。
「天音くん天音くん、今日は彼女連れて来てないの?」
「彼女? って榊原さんの事ですか?」
天音が尋ねると、そうそうと頷く受付のお姉さん。
「今日は訓練の日ではないので来てないですね。次に来るのは金曜日です。何か用事がありましたか?」
「何でもないよ、ただ気になっただけだから。けど、天音くんも隅には置けないね。恋愛に興味なさそうに見えて、あんな可愛い子ゲットしちゃうんだから」
「何の話です? 僕達付き合っている訳じゃないですよ」
「え? でも、この前高額な物プレゼントしたって噂になってたけど……」
「高額な物って、もしかして武器の事じゃないですか? 訓練で使うのに必要だったので、購入しただけです」
「えーそうなのー、何だか一気につまらなくなっちゃったわね」
「他人のアレコレを妄想して楽しむのはやめて下さい」
勝手にガッカリした受付のお姉さんに注意して、今度こそ換金に向かう。
前回泊まり掛けで潜ったときの収入が三百万円越えだったので、今回の二十万が少なく感じてしまう。
贅沢な感覚だなと思いながら、登録している口座に振り込みをお願いして家路に就いた。
◯
いつも通りコンビニで惣菜とお菓子を購入して帰宅すると、食事の準備に入る。
静かな家で一人だけの生活音。
偶に家族の団欒を思い出して、無性に寂しくもなってしまうが、それは仕方ないと諦めてため息を吐く。
そんな辛気臭いのに耐えられなくなったのか、スマホがメッセージが届いたと知らせてくれる。
「榊原さん?」
訓練の話かなと思いメッセージを開くと、違った内容入っていた。
『実は来月、うちの高校で文化祭があるんですけど、遊びに来ませんか? 私のクラス、メイド喫茶やるんです! 福斗さんに見てもらいたいな〜。あっ無理しなくて良いですよ、明後日チケット持って行きます!』
どう返信したらいいんだろうか?
もう、いい加減正体を明かそうか。そもそも、正体も何も隠しているつもりもない。というか、そろそろ気付いてくれないかな。
「……もしかして、学校で僕の存在自体認識してない?」
よくよく考えてみると、榊原の行動は特定の誰かとしか交流していない。それ以外の人に対して、本当に興味がないのか気にした素振りすら見せない。
「下手したら、クラスメイトの顔と名前すら覚えてないんじゃないのか」
隣のクラスの生徒の名前なんて天音も知らないが、榊原なら自組のクラスメイトすら認識してない可能性があった。
「いや、それは流石にないよね……よね?」
何だか不安になって、それを聞こうかどうか迷い、文化祭をどう断ろうかというのを悩んでいるうちに食事が終わってしまった。
もう素直に、隣のクラスメイトですよとメッセージを送ろうと打ち込んでいく。
あとは送信という段階で、新たなメッセージが届いた。
それは榊原からではなく、叔母であり師匠でもある時雨からのものだった。
『来月戻るから予定を開けておけ』
短い文章だが、確かな圧力を感じる一文だった。
師匠に『文化祭があるんで、二週目は無理です』と送り、榊原には『来月の土日は予定が埋まっていて行けそうにない』と送る。
『全部ですか?』
『師匠から予定を開けておけって言われてるからね。いつ戻って来るのか分かれば行けるんだけど、あの人気まぐれだからな…』
『そうですか……チケットは渡しますんで、時間があったらお願いします』
『分かった』
明らかに文面から元気が無くなっているが、こればかりは仕方ない。というか、いい加減気付いてほしいというのが本音だ。
榊原とのメッセージを終えると、今度は師匠に送る。
『あの一つ聞いていいですか? 師匠って特撮に出演した事ってあります?』
メッセージに既読が付くと同時に着信が鳴った。
「はい」
『福斗、誰に聞いたんだ? 正直に言いなさい、怒らないから』
「え?」
『で誰だ話したのは? 岩野郎か? クソ虫メガネ野郎か? 引き篭もり陰気女か? 腹黒クソ野郎か? さあ福斗言え!』
「え、あ、ええ? 待って下さい。別に誰にも教えてもらってませんから、落ち着いて下さい」
怒りに満ち溢れた師匠を嗜めるが、これが返って火に油を注いでしまった。
『嘘を吐くなー‼︎ 』
「ええー」
『どうせ誰かの入れ知恵だろう! 早くしろ、私も鬼じゃない、一度だけ見逃してやる』
「あの、本当に誰にも聞いていないませんから。たまたま特撮について知る機会があっただけです」
『……福斗、お前は私の大切な甥で弟子だと思っている。まさか、こんな形で裏切られるとは思わなかった。まさか、それをこの手で……』
「待って下さい⁉︎ 本当に勘違いですって! 榊原さんに言われて見て見たんですよ!」
『それこそ嘘だな。あれは絶版になっているし、ネット配信もしていない。違法アップロードも大金を使って消して回っているんだ。ピンポイントで福斗が見れるはずがない』
「小さなレンタルショップ残っていたんですよ。あとオークションサイトにも出品されてましたよ」
『…………小さな所ってまだ残ってるものなのか? そう言えば、一つ別の奴に落札されたとか報告来てたなぁ……そうか、福斗だったかぁ。じゃあ、どうしてあれが私だと分かった?』
「動きがまんま師匠でした。あと、他の方もそのままでした。何名か知らない方がいましたが、動きを見るに一線級の方々でしょう」
『そうだな、お前なら分かるよな…………で、見てどう思った?』
「よく恥ずかしくないなと思いました」
『……お前は私に喧嘩を売っているのか?』
「すいません、つい本音が。必殺技名に合わせて、あんな動きをするのは弟子としてちょっと……」
必殺技の『ラブリーマジカルビーム!』に合わせて、一回転してからの可愛らしい射撃ポーズはかなりキツかった。
『違うんだ! あれはああしろって指示があったんだよ! 誰が好き好んでやるか!』
まあそうだろうなとは分かっていても、キツいものはきつい。
「それは良いんですけど、スタントマンとはいえ、一体どういう経緯があって特撮なんかに出演したんですか? 無駄にメンバーも豪華ですし」
『ああ、あれな、賭けに負けて出演する事になったんだよ。他の奴らは私が巻き込んだ』
何だか感情が抜け落ちたような声音になる師匠。
そこら辺をもう少し詳しくとお願いすると、軽くだが説明してくれた。
『マジカルプリンセス♡キングダム』のプロデューサーの女性とは昔から親交があり、よく飲みに行っていたそうだ。
そのプロデューサーと飲んでいると、酔っ払った勢いである賭けをしたそうだ。それは軽いノリで行っており、遊び感覚の物だった。
賭けの内容は、目の前で行われている合コンの成功と組み合わせだった。
何とも趣味の悪い賭けではあるが、その時は酒に酔っていて楽しかったのだという。
三対三の合コンはイケメン二人と微妙一人、女性は三人とも高レベル。
師匠がこの中で成立すると予想したのは二組で、イケメン二人と女性の二人。対するプロデューサーは微妙な男の一人勝ちを予想した。
いやいやそれはないだろうと師匠が言うと、プロデューサーは「はぁ、時雨は本当に男を見る目がないわね〜」と揶揄い出したそうだ。
それにカチンと来た師匠は「馬鹿にすんなよぉ、私の予想が外れたら何でも言うこと聞いてやんよ!」と啖呵を切ったそうだ。
その結果、微妙な男の一人勝ちだったそうだ。
そのプロデューサー曰く、微妙男の身に付けている物がどれも高級ブランド品で包まれていたそうで、目利きの人なら、その価値を判断出来るそうだ。
女性陣も見た目に力を入れているだけあり、その価値に気付いてロックオンしていたらしい。
賭けに負けた師匠は、吐いた言葉を飲み込む事は出来ず、今度の撮影に出演してくれと言われたそうだ。
「それがマジカルプリンセス♡キングダムですか」
『そうだ。最初の撮影で引き続きよろしくと言われて、断れなくなってずるずると。そんな私を揶揄って来た岩野郎を巻き込んで、貸しを作っていた奴らを強制的に参加させた』
「それはさぞ恨まれたんじゃないですか?」
『ああ、撮影の度に事故に見せ掛けて殺しに来ていたよ。おかげで映像のクオリティが凄いと評判だったな……』
それを聞いて、だからあんなに本気の戦闘をやってたんだなと納得した。
だがそのおかげで、かなり勉強になっているので文句はなかったりする。
『なあ福斗』
「はい」
『来月戻ったら、そのDVDを私に渡せ。いいな』
「……はい」
貴重な教材にタイムリミットが出来た瞬間だった。