幕外
奪還成功。
この知らせが世界中を駆け巡ったのは、新年度が始まって直ぐのことだった。
ダンジョンから溢れ出したモンスターにより、奪われた土地。
それが、約半世紀ぶりに人の手に戻ったのだ。
これは、世界初の偉業だった。
今まで、各国の代表である探索者が土地の奪還を試みたが、どれも失敗に終わっていた。
多くの探索者が散って行った場所。
モンスターが蔓延る魔境。
そして、ある国の思惑が蠢き、滅びた国。
それが今、解放されたのである。
「インタビューをお願いします!」
「一言、一言でいいので、世界の方々に向けて一言!」
「この偉業をどうお考えですか⁉︎ 世界が貴女に感謝しています! お願いします! 神坂時雨さん!」
多くのフラッシュに炊かれながら、時雨は無言で空港を歩いて行く。
向けられるのは称賛の声ばかりだが、そのどれもが煩わしくて仕方なかった。
多くのモンスターを葬り、多くのユニークモンスターを葬り、世界で初めて土地の奪還に成功した。
皆はそう思っている。
それは間違いではない。
しかし、それだけではない。
襲って来たのは、あの場にいた探索者も同様だったのだ。
目的は妨害だ。
あの国を人の手に戻さない為。
国を復興させない為。
モンスターに支配された地域が、奪還可能だと知らせない為。
その為に、妨害は行われた。
時雨は、妨害する理由を知っていた。
その目的も知っていた。
それを了承の上で、奪還作戦というお遊びのような作戦にも付き合っていた。
理由は、必要だと思ったからだ。
世界の安寧の為に、この行為が必要だと理解していたから参加していたのだ。
だが、それは勘違いだった。
あんなお遊びに参加している間に、時雨は姉の忘形見を失いそうになっていた。
「邪魔だ、どけ」
インタビュアーに道を塞がれて、足を止めた時雨は、わずかな怒りと共に言葉を発する。
道を塞ぐ彼らもプロのジャーナリストだ。
本来なら、その程度で退いたりはしない。
しかし、今目の前にいるのは、正真正銘の化け物である。
そんな存在の怒気に触れて、冷や汗を流しながらその身を引くしかなかった。
時雨が空港から出ると、そこには多くの車が待ち構えていた。
その大半が警察車両だが、中央にいるのは探索者ギルド総会長である徳川宗介だった。
老人の肉体だが、その目は現役の探索者のようなギラついた物を宿していた。
そしてもう一人、神々の船団のトップである光海ヨルの二名が、時雨を待ち構えていた。
「乗りな、話がある」
そう光海が切り出すが、時雨は表情も繕わず面倒くさそうにしていた。
「私には無い、文句があるなら力尽くで来い」
「アホか、我儘言ってないで乗れ。こっちも暇じゃないんだ」
「だったら帰れ、こっちくんな」
「子供か。さっさとしろ、お前の甥についても話がある」
「……ちっ」
時雨は舌打ちをすると、車に乗り込む。
乗り込んだ車両は、何故か大型のキャンピングカー。
どうしてこのチョイス? と誰もが疑問に思う車種だが、単純に時雨の好みに合わせただけに過ぎない。
時雨は、キャンプには行かないが、どこでも寝れるキャンピングカーが大好きだった。
「……良いな、この車」
「まあな、普通に買えば一億はする車両だ。お前を乗せる為だけに、わざわざ用意した。ありがたく思えよ」
「なんだ? 私にくれるのか?」
「話次第だ」
「なんだ、説教するつもりじゃなかったのか?」
「それもあるが、また別の話もある」
「まったく、このジャジャ馬娘は、ババアの年になっても落ち着かんな」
時雨と光海がそこまで話すと、徳川が口を挟む。
「誰がババアだ。この死に損ないが」
「じゃかあしー! せっかくバランスを取っていたというのに、勝手に土地を奪還しやがって。これからどうなるのか、分かってんのか?」
「何だよ、私を殺そうってのか?」
「そうだよ。お前に限らず、多くの探索者が死ぬほど働かされるようになる。これからこの国が大変だってのに、えれーことやってくれたもんだ」
そこまで言われて、時雨はどうなるのかを今一度考えてみる。
それで、出した結論は徳川とは違ったものだった。
「…………そうはならないだろう。まずやるなら、他の主要国の探索者が奪還に動き出すだろう」
これは国の面子の問題だ。
辺境の島国の探索者が、たった一人で奪還に成功してしまった。そうなると、他の国の探索者は何をしていたのかという話になる。
サボっていたのか?
意図的に討伐しなかったのか?
それとも、単に弱い探索者しかいないのか?
今の時点で、多くの人々からは日本の探索者が最強だと思われている。それはメディアでも報道され、SNSでも呟かれていた。
それを許しておけるほど、国の面子という物は軽くない。
恐らく、時雨が奪還したのをきっかけにして、他国も率先してモンスターの討伐に乗り出すだろうと考えたのだ。
「それは儂らも考えた。だが、そうはならなかった。今も多くの国から、日本への探索者派遣の要請が届いているんだ」
「発展途上国?」
「いいや主要国からもだ」
再び考える。
狙いは何だと、日本の探索者をどうして国から離したがっているのかと考える。
「断ることは出来ないのか?」
「無理だ。かの超大国からも要請が来ている」
「何の為だ? あそこには強い探索者がごまんといるだろう」
流石に時雨クラスともなると数えるほどしかいないが、それ以下ならば、百人単位で存在していた。
そんな国が、わざわざ要請する理由が分からなかった。
「ふん、この国の防衛能力を削ぐためだろう。今年、滅亡の予言もあったことだしな」
「何だ? 私がきっかけで、日本が滅びるって言いたいのか?」
「そこまでは言わん。かの国が、日本を失って得る物など何も無いからな」
寧ろ、これまで投資して来た物が無駄になる。
だから見捨てることはないと思いたいが、何か違和感があって時雨はもう一度考えようとする。
しかし、光海の話が始まって、その考えも遮られてしまう。
「じゃあ次だ。時雨、お前の甥である天音福斗が、ダンジョンで消息を絶った」
「…………は?」
衝撃の内容に、時雨は間抜けな声を漏らした。
一旦これで終了です。
続きは未定です。年末までに投稿出来たらなーとは思っております。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
それでは、失礼いたします。




