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幕引き

 夢を見る。


 その夢は甘くて、優しくて、とても幸福なものだった。


「あなた」


 そう愛しい人が呼ぶ。

 振り返ってその姿を見ると、天音に姓を変えた天音レナが椅子に座っている。


 お腹は大きくなっており、そこには誰かとの愛の結晶が宿っていた。


「ごめん、ぼうとしてた」


 天音は謝罪すると、リビングのソファに座る妻に寄り添う。


 隣にある体温は本物で、とても暖かくて心地良かった。

 お腹の命がトン、トンと蹴って来るのもまた嬉しい。


「名前は決めたの?」


 そう妻が尋ねて来る。

 天音は「ん〜……」と悩んで、「榊原さんは何がいい?」と尋ねる。


「また言った。もう榊原じゃなくて、天音レナ。間違えないでよもう」


「ごめん、昔の名残で……」


 そんな会話をしながら、穏やかな日常を過ごして行く。


 ずっと、こんな幸せが続けば良いなぁと思いながら、天音は目を覚ました。





 喧騒の中で目を覚ます。

 そこは見慣れた場所で、自分がベンチに座って寝ていたのだと理解する。


「……どうして、ギルドのベンチに座っているんだっけ?」


 頭が働かない。

 今何時だろうかとスマホを取り出そうとして、自分の格好がボロボロなのだと気付く。


 そして、隣に温かい感触があり、そちらに目を向けると、スヤスヤと眠る榊原の姿があった。


「……榊原さん?」


 そう呼び掛けても反応はなく、ただ眠り続けている。

 動こうにも、この状態だと動きにくい。

 直ぐに起こしてもよかったのだが、夢のせいか、このままでもいいかなと思ってしまった。


 とりあえず、この状態で何があったのかを思い出して行く。


 学校が終わって、榊原さんとの待ち合わせに……っ⁉︎


 そこまで思い出して立ち上がる。


 もたれ掛かっていた榊原がボフッと倒れるが、気にしている場合じゃない。


 辺りを見回して警戒する。

 また霧隠が襲って来るのではないかと警戒する。


 だが、周囲にそのような気配はなく、逆に天音の存在を見て驚いているようだった。


 その反応に、天音は混乱する。

 どうしてそんな反応をされるのか、分からなかったからだ。


「福斗君⁉︎ どうしたのその格好?」


 そんな天音を心配したのか、受付のお姉さんが駆け寄って来た。


「えっ? ああ、霧隠さんにやられました」


 そう返して、周囲の驚いている理由を理解した。


 駄目だな、頭が回っていない。

 そう、こめかみを抑えながら反省する。


 このベンチにいつから座っていたのか不明だが、これまで気付かれなかったのは、霧隠の魔法による物だろうと推測する。


「霧隠って、霧隠影実よね? 私、文句言って来るわ!」


「やめて下さい、お姉さんが殺されます」


 受付のお姉さんとしては、この数年、天音の成長を見て来ており、弟のように思っていた。付き合っているハクロとも仲が良いので、その感情は余計に強くなっていたりする。


 そんな気持ちなんて知らない天音だが、とにかく殺されに行こうとするお姉さんを引き留めた。


「何でよもう!」と抗議するお姉さんだが、天音の背中に紙が貼ってあるのに気付いて、「福斗君、イタズラされてるよ」と教えてあげた。


 天音は背中に手を回して紙を取ると、そこには霧隠からの伝言が記されていた。


『俺はこれで終わりだ。次を待て』


 それを読んだ瞬間、天音は全身の力が抜けてベンチにもたれ掛かる。


 ようやく終わった。

 日々狙われて、神経がすり減っていた。

 寝ている時に襲われなかったのは幸いだが、もしもを考えてしまい、最初の数日は寝不足気味だったのだ。


「やっと解放された……」


 そう安堵すると、隣で動く気配があった。

 榊原が目覚めて、辺りを見回していたのだ。

 それから天音に目が止まり、ジッと見つめていた。


「……榊原さん、巻き込んでしまってごめっ⁉︎」


 危険な目に合わせてしまって、謝罪を口にしようとしたのだが、いきなり抱き締められて最後まで言えなかった。


「榊原さん?」


 突然の行動に困惑して名前を呼ぶが、反応は無い。

 ただただ、ギュッと抱き締められていた。


 それで気付いたのは、榊原の体が震えているというものだった。

 あれだけの目に遭ったのだ。

 心に恐怖が植え付けられていても、おかしくはなかった。


 だから、もう大丈夫だよと言おうとすると、榊原が先に言葉を発した。


「ごめんなさい、福斗さん。私、あなたのこと、何も考えてなかった。大変なことになっているのに、気付いてあげられなかった」


 いつもと違う様子の榊原に戸惑ってしまう。

 それでも、心配してくれているのは伝わって来て、少しだけ心が温かくなった。


「福斗さんが、正体を隠す理由も分かりました。私に出来ることがあったら、何でも言って下さい。私は、私だけは福斗さんの味方ですから!」


「榊原さん……」


 この子は何か勘違いしてないだろうか?


 そうツッコミたかったが、力強く真っ直ぐな目を見て、何も言えなくなってしまった。


 きっと、決定的に何かを間違えている。

 でも、今はいいかと、抱き付いた榊原の体温を感じていた。





 またいつものように学校が始まる。


 今月末には一年生最後のテストがあるので、最後は最高得点を出したいところだ。

 だから、ダンジョン探索を一時諦めて……いや、週末だけ諦めて、勉強に打ち込もうと考えていた。


 まあそれは、少し先のことなので、今はサクラにお礼を言おうとしている。


「なに? 用があるんならはっきりと言いなさいよ」

「ちょっと馴れ馴れしくない?」

「サクラちゃんにばっかり構ってないで、少しは真希と喋りなさいよ」


「ちょっ⁉︎ いきなり何言ってんのかなー⁉︎」


 急に話を振られて焦った古城は、どうぞと天音にサクラを差し出した。


「あの、いかがいたしました? 場所変えた方がいいですか?」


「いや大丈夫、お礼を言いに来ただけだから」


「お礼ですか?」


「うん、サクラさんの助言のおかげで覚悟が出来た。ありがとう」


 頭を下げてお礼を言うと、サクラは微笑んでいた。


「いいえ、天音様ならば、私の言葉がなくても乗り越えられましたよ」


「そんなことない。そうだとしても、きっと手遅れだった。僕は何も出来なかったと思う」


 あの時、躊躇していれば、覚悟がなければ、力を使わなければ、榊原は死んでいた。


 そうなると、天音は立ち直れなかっただろう。


 一度ならず二度までも、大切に思った人達を失ってしまうのだから。


 サクラにお礼を言うと、自分の席に戻る。

 そこには、当たり前のように額に血管を浮かべたぷっちょがいた。





 霧隠が去り、当たり前の日常が過ぎて行く。


 榊原との訓練も再開しており、以前に比べて更にやる気に満ちていた。

 相変わらず、僕は同級生の天音ですよ、とは伝えれていない。


 というより、もう諦めた。

 天音の口から伝えるのは、全部終わってからでいいやと諦めた。

 伝えようとする度に、何かしら邪魔が入るので、トラブルに巻き込まれるくらいなら黙っていようと思ったのだ。


 トラブルはしばらくは勘弁してほしい。

 全部終わって、落ち着いてからにしようと思っている。


 なので、今は目の前のことに集中しよう。


「キャー! 神坂さんこっち向いてー‼︎‼︎」

「福斗さん! 福斗さん! 私にも指導してぇ!」

「サイン下さい! こっちの用紙にもサインして!」

「今度、孫が生まれるんだけど、福斗って名前付けようと思うんだけど、どう思う?」

「おめでとう御座います」


 などの黄色い声援を受けつつ、白刃の船団主催の交流会に参加していた。


 天音と雷鳴の船団の一部は、一般人の指導が主な役割となっており、今も防具の身に付け方や武器の持ち方を指導していた。


 白刃の船団の人気と、昨年のユニークモンスターの一件で、この地域の探索者の人気はうなぎのぼりとなっていた。おかげで、老若男女問わず多くの人達が参加していた。


「福斗さん、ここはどうやって付けるんですか?」

「福斗君、胸がきついんだけど、ちょっと見てくれない?」


 だけど、何故か天音の所には女性しか集まって来なかった。

 いや、一応最初の方は男性もいた。

 だけど、女性陣が集まって来て、追いやられてしまったのだ。


「ねえ、今晩空いてない?」

「食事に行かない? 二人っきりで個室で」


 この人達は何しに来たんだろう? そんな疑問が、天音の中で浮かんでは浮かんで、浮かんでは浮かんで、ひたすらに浮かびっぱなしだった。


 女性に囲まれて身動きが取れない中、助け舟がやって来る。


「やあやあお嬢さん方! 俺は雷鳴の船団の鳴上雷太ってぇもんだ! これから活躍する新進気鋭の有望株‼︎ 雷鳴の船団! 以後お見知り置き下せー‼︎」


 会場中に響きそうな大きな声で登場した雷太。

 その余りのインパクトに、女性達はさっと身を引いてしまう。

 わずかに天音までの道が出来ると、すかさず雷太は告げる。


「福斗、お前さんは休憩だ。あとは俺達、雷鳴の船団が相手をする」


 親指で控室を指して、早く逃げろと合図してくれる。


「助かりました」とすれ違いざまに感謝すると、「今度飯奢れよ」と言われてしまった。


 正直、勢いが凄い雷太には苦手意識を持っていた。

 でも、こういう気を配れる行為が、人を引きつけ、リーダーとして必要な資質なのかも知れないと思った。


 休憩所には、ケータリングが置いてあり、お弁当からお菓子やジュースが置かれていた。

 適当にお茶だけを取って一息ついていると、ハクロがやって来た。


「どうだ、順調か?」


「順調に見えますか?」


「まあ、楽しそうには見えるな」


 そう言われて、イラッとした天音はハクロを睨む。


「冗談だ。まあ、この交流会にゲストで福斗が来るって通知してしまったからな。お前の周りにいるのは、みんなお前のファンなんだよ」


 それが分かっているから強く出れないのだ。

 向けられているのは、悪意ではなく好意だ。

 去年からそういう感情を向けられるようになって来たが、どうにもその対処の仕方が分からないのだ。


「分かっていますけど、それでも人数多くないですか? このイベントって、人数制限してなかったんですか?」


「してない。何せ初めての試みだからなぁ、ここまで人が集まるなんて思いもしなかった」


「因みに、何人くらい来ているんですか?」


「探索者が三百人に、一般人が三千人だ。はっきり言ってキャパオーバーだな」


 本当に予想外の人数だったのだろう、ハクロは「ははっ」と遠い目をして笑っていた。


 探索者が動くことを想定して会場をレンタルしたので、狭いわけではない。

 おかげで、三千人は入れているが、探索者が動けるスペースが無くなっているという。だから、一部はダンジョンに移動して交流会をやっているのだ。


「これ、あと何時間くらいやるんですか?」


「予定通り十五時までやる……。あと五時間、頑張ろうぜ」


 大きなデジタル時計は、まだ十時を回ったところだった。



 休憩も終わり、気合いを入れて会場に向かおうと扉を開く。


「うおっ⁉︎」


 すると、扉の前を通っていた太った男子を驚かせてしまった。

 申し訳ないと思いながら、その男子に謝ろうとして言葉に詰まった。


「あれ? 榊原さんの彼ピじゃん」


 そこにいたのは、クラスメイトで小太りな友人のぷっちょだった。


「おーい、ぷっちょ何してんだ?」


 そうぷっちょの名前を呼んで現れたのは、佐藤だった。


「悪い佐藤、榊原さんの彼ピ、じゃなくて神坂さんがいた」


「えっ、あまっ⁉︎ じゃなくて神坂福斗が⁉︎」


「おい、今甘いって言ったのか? 何食ってんだ? 人が真剣に取り組もうってのに、何一人だけ美味しい物食ってんだ⁉︎」


「ちっ⁉︎ 違う! 誤解だって! うおっ⁉︎ 何だこの力! これが本当にあのぷっちょなのか⁉︎⁉︎」


 いつの間にこの二人仲良くなったんだ?

 そんな疑問が浮かぶが、それは今はどうでもいい。


 それよりも、どうしてここにぷっちょがいるのかという点だ。


 佐藤は分かる。

 一応、探索者をやっているし、何か勉強に来ていると言われたら信じられる。


 でも、ぷっちょは違う。

 ぷっちょは体を動かすのが苦手な奴だ。

 そんな奴が、全力で運動をしないといけないような、探索者に興味があるとは思えなかった。


「……どうして、ぷっちょはここに来ているの?」


 だから聞いてみる。

 今だに、佐藤の胸ぐらを掴んで離さないぷっちょに声を掛けると、突然動きが止まった。


「どうして俺の名前を知っているんだ?」


 そりゃ、君の友人だからね。なんて言えるはずもなく、「さっき、そこの人が呼んでたでしょ?」と言って誤魔化した。


「それもそっか……。というか、ここに来る理由って一つしかなくない?」


「えっと、誰かのファンとか?」


「違うわい! 探索者だよ探索者! 俺は探索者になりに来たんだよ!」


「…………は?」


 天音の頭が、理解するのを拒否してしまった。

 ぷっちょの言葉を、なんとか咀嚼して無理矢理理解すると、膨大な疑問が湧いて来た。


「どうして、探索者になりたいの? かなり危険だけど……」


「……別にいいだろう、俺の自由じゃん」


「そうだけど、何か目的があるんなら、僕も力になれるかなって思ったんだ」


 そう告げると、ぷっちょは黙って天音の顔を見る。

 そして、次に出た言葉は意外なものだった。


「…………自分を変える為だよ」


「自分を、変える?」


「ああそうだよ! 俺はな、俺を変える為にここに来たんだ! 見てみろよ、この体。太ってんだろ? 俺は、あんたらと違って、カッコよくない。その上、強くもなければ体力も無い。あるのは、この優しい内面だけだ」


 ぷっちょの独白を聞いて天音は衝撃を受けた。

 ちゃんと自覚しているのかと、そして、肝心な部分を自覚してねーじゃねーかと衝撃を受けた。


 そこじゃない、そこじゃないよぷっちょ!

 そう、内心でツッコミながら、力になると言った自分を後悔した。


「……そっか、だから変わりたいんだね」


「ああ、そうじゃなきゃ好きな人に告白もできねーよ」


「そっちが本音?」


「そうだよ。ここでやらなきゃ、俺に待っているのはフラれる未来だ」


 決意に満ちた表情のぷっちょ。

 その顔がとてもカッコよく見えた。

 だから、力になってあげたいと、本気で思ってしまった。


「……分かった。この時間だけだけど、ぷっちょに出来る限りのことを教えて上げるよ」


「マジか⁉︎ 俺もあんたみたいになれるのか⁉︎」


「それは無理」


 残酷に切り捨てると、「じゃあ移動しようか」とぷっちょと佐藤を連れて行く。


 この日の天音は、ぷっちょの為に頑張った。


 頑張ったおかげで、ぷっちょは「ごめん、やっぱ無理」と探索者を辞める決意をしてしまったのは言うまでもない。



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福斗は失ってしまった一般的な幸せな生活、家庭と言う物に憧れが有るだけで、正直相手が誰とかはどうでも良いんだろうな。 たから誰に対しても距離感が変わらない、変える気が無い。 憧れがあるくせに失うのが…
ぷっちょほんまいい性格しとるわ 
ぷっちょ、、、、
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