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 それは、サクラと雑談の最中にされた質問だった。


「天音様は、どうして探索者をしているのですか?」


 これまでが、学校での出来事や遊びに行った時の話しだったので、こういう質問が出て来るとは思わなかった。


「また、急な話だね」


「ごめんなさい、気になったんです」


 サクラが微笑みながら、天音を真っ直ぐに見つめている。

 その目を見て、これが聞きたかったのかな、と察する。


「そうだね……ん? 改めて聞かれると難しいな。師匠が僕を見兼ねて鍛えてくれたのがキッカケだけど、今探索者をしているのは、生活のため?……かな」


 自分で言って、自信が無かった。

 ダンジョンを潜るのは、ほぼルーティンのようなものだ。しかも、趣味のようなものだし、お金も稼げて一石二鳥で辞める理由が無い。ただそれだけの理由で、探索者をしているような気がしてしまった。


「では、どうして戦うのですか?」


「戦いたくて戦っているわけじゃないから、なんとも言えないけど……って、それは、サクラさんがよく分かっているんじゃないの?」


 ユニークモンスターの出現によるこの国の危機。

 それに対抗する手段が天音だと言われて、今も戦い続けていた。


「はい、でもそれはこの国の話で、天音様個人の戦う理由が知りたいのです」


「……どうして?」


「天音様のことが知りたいからです」


 さっきも言われたその言葉。

 もしかして、何か弱みを握ろうとしているのではないかと勘繰ってしまう。

 だけど、サクラの顔を見ると、そういう感情は一切見えず、本当に知りたいのだと理解する。


「そうだね……僕が戦う理由は……」


 自分の中にある、ふわふわとした考えを繋ぎ合わせて、サクラの質問に答えた。





 本日は、榊原と約束をした日である。


 どうしてこの日を指定したのか、今日学校に登校してから気付いた。


「天音君! ……これ」


 古城から呼び止められて、差し出されたのは赤く梱包された小包だった。


「えっと、僕に?」


「うん、今日バレンタインだから……」


 頬を赤らめた古城の手から渡されたのは、手作りチョコレートだった。


「ありがとう」


「うん……あの、えっと……えっとね! ……その、生チョコだから、早めに食べてね」


「う、うん、分かった」


 そう言うと、古城は女子の集団に戻って行った。

 そこでは笑いが起こっており、「なに、生チョコって⁉︎」「ぷぷっ、やばい、生チョコはやばい」「意気地なし〜」などの発言が聞こえて来た。


 朝から元気だなぁとチョコレートを鞄の中に入れると、そのまま自分の席に向かう。


「そっか、今日ってバレンタインなんだ」


 日頃の忙しさと、霧隠からの奇襲のせいで、このイベントが頭からすっぽりと抜けていた。

 そういえば、数日前からぷっちょがそわそわしていたけど、これが原因だったのかも知れない。


 その、そわそわしているはずのぷっちょは、天音の肩をガシッと力強く掴み、


「いいなぁ〜天音いいなぁ〜、俺も欲しいなぁ〜」


 と、嫉妬の言葉を紡ぎながら、血走った目を天音に向けていた。

 更に、クラスの女子達を見回すぷっちょ。

 しかし、女子達はサッと視線を逸らしてしまい、ぷっちょを見ないようにしていた。

 側から見れば、怒りに満ちた肉食獣のようでとても恐ろしいので、この反応は間違いではなかった。


「ぷっちょ……」


 友人の変わり果てた姿に、バレンタインというイベントの業の深さを知った。


 しかし、どこにでも優しい人はいるもので、


「天音様、ぷっちょ様、高倉様。これ、バレンタインチョコです」


 桜色の髪の少女、サクラがチョコレートをくれたのである。


「ありがとう」

「ありがとうございます。……ぷっちょ?」


 せっかくサクラがチョコをくれるというのに、ぷっちょは受け取らない。

 いや、受け取らないのではなく、緊張して固まってしまって受け取れないのだ。


「なんか、日に日に悪化してない?」


 ぷっちょはサクラを前にすると、最初こそテンションを上げていたが、日々過ごす中で段々と緊張するようになっていき、今では固まって動けなくなってしまうのだ。


 こんな状態のぷっちょを見て、そのうち死ぬんじゃないかと心配していたりする。


「ぷっちょ様?」


「あっ、ぷっちょには渡しておくから、近付かないでいてあげて。今、サクラさんが触れると、いろいろ逝っちゃいそうだから」


 優しい高倉君は、ぷっちょを気遣ってサクラからチョコを受け取る。

 よく分かっていないサクラは、頭に?を浮かべながら離れて行った。


「_____っ⁉︎ はあ! はあ! はぁ ……くっ、危なかった、可愛過ぎて死ぬところだった⁉︎」


 何言ってんだこいつ、と女子と天音は思うのだが、一部の男子は同意するように頷いていた。


 そんな馬鹿なことをやっていると、チャイムが鳴り花塚が入って来る。


 そんな当たり前の日常を、今日もこれからも過ごして行く。





 バレンタインデーとはいえ、学校はいつも通り過ぎて行った。

 授業が終わり、これから榊原と会う約束をしているので、教室から出て行こうとする。


「天音様」


 そこに、サクラがやって来て、天音を呼び止める。


「どうかした?」


 そう尋ねると、サクラは天音だけに聞こえる声量で、


「天音様、あなたの大切なものの為に、()すべきことを成してください。それが、あなたの覚悟に繋がります」


 それだけ言うと、サクラは天音から離れて行った。


「……どういう意味?」


 だけど、その言葉の意味が理解出来なかった。

 何だったんだろうと思いつつ、天音は学校を後にする。


 待ち合わせ場所は、去年のクリスマスにも来たショッピングモール。

 こことギルドはわりと近く、着替えてから行っても十分に余裕はある。


 因みに服装は私服で、探索者用の装備ではない。

 流石に武装して外を歩く気にはならず……と言えたらよかったのだが、霧隠という脅威がいる以上、武器の鉈だけはコートの内側に忍ばせてある。


 ギルドを出ると、雪が降って来そうな空模様になっていた。


「寒くなるって言ってたけど、雪も降るのかな?」


 あと一ヶ月もすれば春だというのに、少し寒過ぎないかと文句を言いたくなる。

 さむさむとマフラーを巻いて、待ち合わせ場所に向かう。

 時間にはまだ余裕はあるが、寒空の下で一人寂しくいるのも嫌なので、さっさと目的地に向かう。


 街並みは普通なのだが、所々バレンタインの広告を目にする。


「榊原さんがこの日を指定したのって、こういうことだよね……」


 神坂福斗に渡されるバレンタインチョコ。

 自分なのに、自分でないような気がして、少しばかりモヤモヤしてしまう。


 まあそれも、何も話をしていない天音が悪いのだが。


「はあー」と白い息を吐き出して、視線を感じた方を振り向くと、数人の女性が天音に注目していた。

 何だろうかと訝しんでいると、「あの、神坂福斗さんですか⁉︎」と呼ばれてしまう。

 違いますとも言えない状況に、「……まあ、一応」と答えると、「ファンなんです! 握手して下さい!」と何故か握手をするハメになってしまった。


 それも、一人ではなくその様子を見守っていた全員。

 決して多くはないが、全員と握手をするのにはなかなかに骨が折れた。


 おかげで、待ち合わせの時間も近付いてしまい、早足で向かう。


 到着すると、ショッピングモールの前で榊原は待っていた。

 格好も制服姿ではなく、一度家に帰って着替えて来たのか、綺麗な服装をしていた。


「ごめん、待った?」


 そう声を掛けて近付くと、「今来たところです」と嬉しそうに微笑んだ顔を向けてくれる。


「寒かったよね、中に入ろうか」


「はい!」


 ショッピングモールの中に入ると、暖房が効いていてコートが無くても問題ないくらいに暖かかった。


 このまま店内を見て回るのも良いのだが、榊原が手に持った小包をどうしようかと迷っているようだったので、ショッピングモールの上階にあるレストランに向かう。

 そのレストランには個室も用意されており、カップルでも家族だけでも食事が楽しめる作りになっていた。予約の必要もなく、リーズナブルに食事を楽しめる場所だった。


「思っていたより空いてるね」


「そうですね。それにしても意外でした、福斗さんもこういうお店に行くんですね」


「僕だって、偶には外食するよ」


「あっ、いえ、そうじゃなくて、もっと高級な所を利用しているのかなって……」


「あはは、そんなことはないよ。僕は基本自炊だし、コンビニだって利用する。最近はスーパーにも行っているしね」


「そうなんですか?」


「ダンジョンで稼いでいても、やっていることは、普通の人と変わらないよ。ここだって、最近は来てなかったけど、昔は家族で良く利用してたんだ」


「昔から住んでいたんですか?」


「僕はずっとこの街だよ」


 そんな会話をしつつ、メニューを選んで注文する。


 そこで一旦会話が途切れると、榊原は意を決したように小包を差し出した。


「これ、バレンタインデーのヤツです」


「ヤツ?」


 ヤツって何だろう?

 チョコじゃない、別の何かが入っているのだろうか?


 まあ、それはいいやと「ありがとうございます」とお礼を言いながら小包を受け取る。

 期待の眼差しを向けられており、この場で開けてほしいのだろう。


 袋を丁寧に開けて中を確認すると、白いマフラーが入っていた。

 今使っている物もあるが、プレゼントとして貰うのは結構嬉しかったりする。


「ありがとう、大切に使わせてもらうよ」


「はい!」


 これはお礼を考えないといけないなと、遠い目をしそうになった。


 注文した料理が運ばれて来て、雑談をしながら食事を楽しむ。

 懐かしい味に、少しだけ家族の顔が浮かぶ。

 だけどそれは、また後で思い出そうと心に蓋をした。


 食事も終わり、飲み物を頼んで一息つくと、天音は本題を切り出す。


「榊原さん、今回呼んだのは、僕が置かれた状況と秘密を話しておこうと思ったんだ」


「福斗さんが置かれたっていうのは、何か危ない人に狙われているってやつですよね?」


「その原因っていうのがあって、僕はある出来事に深く関わるらしいんだ」


「?」


 よう分かっていない榊原に、「これは秘密にしてほしい」と前置きをして、来るであろうこの国の危機を説明した。


「……その、それって、福斗さんがしないといけないんですか?」


 それが、話を聞いた榊原の疑問だった。

 この考えは、天音自身考えていた。

 ユニークモンスターといえど、師である時雨を筆頭に、上位の探索者が集まれば、どうにでもなると思っていた。


「どうなんだろう。正直、僕の力は必要無い気がするんだけど、予言されているみたいだからね……」


「予言?」


「そう予言。僕が、たくさんのユニークモンスターを倒すっていう予言らしいんだ。まったく信じられないよね」


 そこまで言うと、榊原は拳を握ってぷるぷると震え出した。

 そして、


「凄い! 凄い凄いすごいすごい凄いです! やっぱり、福斗さんはヒーローなんですよ! 初めて見た時から分かってました! 福斗さんは他の人とは違うって!」


 歓喜した様子で、立ち上がって大声を上げた。


「お、落ち着いて。ここお店だから、声は抑えて」


 どうどうと落ち着けると、「すみません」と恥ずかしそうに席に座った。


「僕はヒーローなんて柄じゃないよ、やれることをやっているだけだから」


 苦笑しながら告げると、「それが凄いことなんです」と全肯定してくれる。


「申し訳ないけど、この危機を乗り越えるまでは、榊原さんの指導はまちまちになると思う。それでもいい?」


「私はぜんぜん! これが秘密なんですね。教えてくれてありがとうございます」


「いや、これは今の僕の状況だよ。秘密はまた別」


「別の秘密?」


 これは言うかどうか迷っていた。

 佐藤には明かさない方がいいと言われたが、もしも榊原が特別な感情を持っているのなら、今の状態は余りにも不誠実だからだ。


 だから、自分が同級生である天音福斗だと明かす。

 それで嫌われるのなら仕方ない。

 黙っていた自分が悪いのだから。


 弟子を辞めたいというなら、それは悔しいけど諦めるしかない。

 それが、彼女の選択なのだから。


「僕の正体は……」


「福斗さんの正体?」


「余裕だな、福斗」


「っ⁉︎」


 しかし、邪魔が入ってしまった。


「霧隠さん⁉︎」


 気付かなかった。

 近くに座っていたのに、声を掛けられるまでその存在に気付かなかった。

 榊原も誰⁉︎ と驚いており、動けないでいた。


「俺が襲って来ると理解して女と会ったのなら、それは俺に対する挑戦状だ」


「待ってください! ここでは流石に被害がっ⁉︎」


 咄嗟にコートを掴み引き寄せる。

 内側に入れた鉈を掴み、霧隠の攻撃を防ぐ。


 しかし、その衝撃は凄まじく、準備が出来ていなかった天音は吹き飛ばされてしまい、ガラス窓を突き破って外に放り出されてしまった。


「福斗さん⁉︎」


 天音を心配する声が聞こえる。


 魔法を使い空中で体勢を立て直すと、魔法で足場を作り出し元いた場所に戻る。


「焦っているな、判断を誤っているぞ」


 そして、大量の水の刃を前にしてしまった。


「やばっ⁉︎」


「ダンジョンで待つ、来なければ女は殺す」


「榊原さん⁉︎」


 霧隠の腕には気を失った榊原の姿があった。


 何とか取り戻そうと動くが、水の刃を避け切れず、遠くに飛ばされてしまった。

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― 新着の感想 ―
何だかんだで配慮してくる方だよねストーカーの人 まだガチで一般に取り返しのつかない被害だしてねーもんw
ガラスだけで損害すんで良かったですね 場所を変える配慮も良き
霧隠みたいなキャラクターは本来その強さに至る前に死ぬと思うんだけどなぁ。普通に周囲の誰からも目障りだし。これが最初から今まで最強と言うならこの横暴も分かるけどね。そこまででないと権力者や策略家からして…
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