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「……絶対怒ってるよね」
昨日の帰りに、ハクロに連絡すると、
『明日の夜ギルドに来てくれ、直接話がしたい』
と平坦な声で言われたのだ。
確かに雷鳴の船団は、大丈夫なのだろう。
だがしかし、船団の名を冠する他のチームは違う。
船団の名が貶められたのだ。そりゃ怒るだろう。
国内最大のクランの名は伊達ではなく、その戦力は軍隊にも匹敵しており、言わば民間の軍事組織のようなものだ。
そんなクランに所属している者は、船団の名を誇りに思っている。
国を代表するクランだというプライドもあり、中には途轍もなくこだわっている者もいる。
そんな彼らは、その名に泥を塗った天音を、決して許しはしないだろう。
『この度は、すみませんでしたー‼︎』
だから、謝罪の仕方を動画で見て勉強している。
腰から折れる謝罪か、いっそ土下座をして謝るべきか悩んでいる。
行き過ぎた謝罪はかえって相手を不快にさせるし、逆効果だ。
なら、普通の謝罪がベストだろう。
「……どうして学生の僕が、サラリーマンの謝罪の仕方見なきゃいけないんだろう……」
だけど、動画の内容が社会人に向けてのものばかり。
こんなのを見て、社会の厳しさを学べとでもいうのだろうか。そんな虚しい気持ちの天音を、無情にも電車は運んでしまう。
ギルドに到着すると、白刃の船団のメンバーである西片が待っていた。
「こっちだ」
いつもの親しみやすさは無く、ただ冷たい目で天音を見ていた。
一度はダンジョンで共に戦った仲なので、彼らには仲間意識が芽生えていた。それが無くなるような気がして、胸にぽっかりと穴が空いたようで寂しかった。
通されたのは、ギルドでも上位の者しか入れないラウンジ。
天音一人ではここには立ち入れない。
どんなに強い探索者でも、プロの探索者でなければ成人もしてない天音では、ここに来ることが出来ないのだ。
そう、ここではお酒が提供されているのだ。
「よっ、来たな天音。お前ら天音が来たぞ!」
入った瞬間に、少し酒臭いハクロから連れて行かれる。
……これは、どうなっているんだろう?
予想していたものと違う状況に、戸惑ってしまう。
総勢二十名からなる白刃の船団、彼らからは笑みを向けられて受け入れられる。そして連れて行かれた先には、雷鳴の船団の面々が揃っていた。
更に、
「天音様、お邪魔しております」
サクラと花塚までいた。
「どうして二人まで?」
そう尋ねると、花塚が不満そうに答えてくれた。
「白波が遊びに来ないかと、サクラ様を誘ったのだ。このような場所に集まって、サクラ様に何かあったらどうするんだ……」
ぶつぶつと文句を言う花塚。
それを流したサクラは、立ち上がって天音の手を引いて誘導する。
「学校だと天音様と余りお話が出来ないので、このお時間は嬉しいですね」
「そうかな?」
「はい、もっとお話しして、天音様のことをもっと知りたいです」
学校での様子を思い浮かべてみると、サクラの周りは常に誰かがいた。たまに話すのも、二人で花塚に呼び出されたときくらいだ。それに、話す内容もサクラのことばかりで、天音は聞いているだけだった。
「そっか、そうだね。今度は僕の話をしようか」
「ええ! 是非よろしくお願いします!」
「でも、その前に……」
喜ぶサクラは一旦置いておいて、雷鳴の船団の様子を見る。
すると、雷太は普通にしているのだが、他のメンバーは意気消沈していた。
続いてハクロを見ると、「いいのか?」と尋ねて来る。
「はい、僕を呼んだ理由って何ですか? てっきり怒られるものと思ってたんですけど」
「お、やっぱり勘違いしてたか。そう思っているだろうと思って、西片には冷たい態度を取れって言ったが、ドンピシャだったな」
「なんですかそれ?」
不機嫌に言うと、ハクロはニカッと笑って楽しそうにする。
「天音、落ち込んでるの楽しんでた」
「……性格ワル」
「あはは、怒んなって。これで、船団の一件については、無かったことにするからさ」
「……やっぱり、問題になってたんですか?」
「まあな。こだわる奴は船団にもいるからな、そいつらを黙らせるのに苦労したぞ」
「その、すみませんでした」
「気にすんなって。これは船団内部の問題で、福斗が気にする必要は無いんだよ。ただ、一つだけ頼みがあるんだ」
苦笑したハクロが、資料を渡して来る。
それには『白刃の船団主催、探索者交流会』と記されていた。
「これは?」
「今度、うちで探索者を集めたイベントをやろうと思っている。それには、一般人のダンジョン体験なんかも用意しているんだが……福斗には、雷鳴の船団と一緒に手伝ってほしい」
「はあ、それは構いませんけど……」
了承しながら雷鳴の船団の方を見ると、雷太が「おう、よろしくな」と言うだけで、他は無反応だった。
いや、一人だけ天音を睨んでいた。
それは、あの手合わせには参加していなかった人物で、高校で絡んで来た先輩だった。
「俺は負けてねーからな」
「伝士やめろ」
「兄貴! 俺はまだやってないんだ! だから、まだ負けてねー! 雷鳴の船団が、たった一人に負けるわけがないんだよ!」
伝士と呼ばれた男は、雷太を兄貴と呼び食ってかかる。
そんな伝士に向かって雷太は、
「あったりめーだ! 俺達が負けるはずがない!」
「兄貴‼︎」
「あの時は、遅れを取っただけだ。次にやる時は、ああはならない!」
「流石兄貴だ! 分かったか天音ぇ! 俺達は負けてねーんだよ!」
うんうんと頷く雷太と、何故か勝ち誇ったように告げる伝士。
それに天音は、
「そうだね」
としか返せなかった。
遅れを取った上に参ったと言ったのは、世間一般では負けを意味しているんだよ。と指摘したら駄目なんだろうなぁと思いながら二人のやり取りを見ていた。
それで分かったのは、雷太が伝士に合わせているというもの。
兄弟なだけあり、伝士の扱いを心得ているのだろう。
「じゃあまた」と雷鳴の船団から離れて、サクラの元に戻る。
そこでは、白刃の船団の女性陣に構われているサクラの姿があった。
◯
あの日、サクラとした会話は何だっただろうかと振り返る。
ぼろぼろの体で横たわり、見慣れたダンジョンの空を見ながら、そんな事を考えていた。
「福斗さん⁉︎」
天音を心配して泣き叫ぶ榊原の声が聞こえる。
ああ、そうだった。早く助けないと。
痛みと気怠さで横になっていたいが、そうも言っていられない。
油断以前に、勘違いしていたせいで、このような事態を引き起こしてしまった。これは、霧隠を追い返していると思い込んでいた天音の失態なのだ。
「霧隠さん、彼女を解放して下さい……」
無感情に見つめる霧隠の目は、天音に何の価値も見出していないようだった。
「黙れ。貴様は、俺の期待に応えられなかった。これには罰が必要だ。女にうつつを抜かして集中出来ないのなら、その根源を断つまでだ」
霧隠の周りに、鋭い水の刃が幾つも生み出される。
この魔法はリセット魔法では解除出来ず、魔力の装甲でしか防げる手段を持っていない。
高い殺意が込められた魔法。
それが、榊原に向けられていた。
その様子を見ながら、
「……戦う理由か……」
サクラとの会話を思い出していた。