18
ダンジョンを突き進む。
金曜日の夜から、土日と探索をしてどこまで行けるかを確かめる。
今は76階を攻略しているのだが、毒の沼が広がるエリアで、ここを進むのに苦戦していた。
このフィールドで発生するモンスターは、体が大きく鈍重な種類が多いのだが、広範囲に攻撃を仕掛けて来るので、避けるのに苦労する。
しかも、毒の沼に身を隠す種類もおり、奇襲がかなり厄介なのだ。
ヘドロの塊のようなモンスターが、視界を塞ぐほどの毒の霧を発生させる。
「ちっ」
舌打ちをして距離を取ると、強烈な風で吹き飛ばす。
すると、まるで沼が持ち上がったのかと錯覚するほどの、大量の泥が向かって来ていた。
「黒炎」
黒い炎が泥に当たる。
瞬間、大爆発が巻き起こり、辺りを吹き飛ばしてしまう。
大量の泥を纏ったヘドロのモンスターも、これに耐えることが出来ずに、肉体の半分を失って絶命していた。
「ぐっ、かはっ、毒だけじゃなくて、ガスまで含んでいるなんて、やり難いなここのモンスターは」
倒す手段は他にもある。
しかし、その手段はアクセルを使った力のゴリ押しなので、毒を受ける恐れがあった。
口元に付けた防毒マスクの位置を直すと、天音は探索を再開するのだった。
◯
「本日の買取金額は18520000円になります。この札を外の窓口にお渡し下さい」
「はい、ありがとうございました」
いつも通りの受け答えをして、換金用の札を受け取る。
この三日間でかなりの稼ぎになったが、探索の結果としては良いとはいえなかった。
80階までの地図を貰っているというのに、たどり着けたのが77階までだったのだ。あと二日あれば確実に80階まで行けるのだが、その時間が確保出来ない。
あるとすれば今度の連休なのだが、そこは月末にあるテストに向けて勉強をしておきたいのだ。
趣味を優先させるべきか、学業を優先するべきか悩ましいところではある。
「下手したら、春休みまでお預けかな」
そんな独り言を言っていると、ある女性に話し掛けられてしまう。
「おひさ!」
その女性は派手な探索者の服装をしており、とても目立っていた。そんな格好をしている理由も、彼女の職業を考えれば当然の姿なのだろう。
「ミュクさん、お久しぶりです」
その女性は、配信者活動をしている女性インフルエンサーにして探索者のミュクである。
本名は三上ミクといい、年齢は二十五歳である。
彼女とは、昨年のユニークモンスターの誘導作戦で一緒になっており、祝勝会では一緒に写真を撮っていた。
おかげで、榊原から怨嗟の声が上がったが、今はどうでもいい。
そんなミュクは、天音の目の前に立つと、満面の笑みで称賛する。
「福斗君、大活躍だったね! このギルドのトップは、もう君しかいない!」
何を言われているのか分からなかった。
「えっと、何の話ですか?」
だから尋ねたのだが、ミュクは揶揄われていると思ったのか、「このこの、あれだけのことをしておいて、知らんぷりはないでしょ」と当然のように言うので、もっと分からなくなってしまった。
困った顔の天音を見たミュクは、「あれ、本当に自覚無し?」と驚いていた。
「福斗君、この動画に覚えはない?」
そう言って見せて来たのは、先日の雷鳴の船団との手合わせの映像だった。
「これがどうかしたんですか?」
「分かってないね、この再生数を見て」
動画の再生数を見ると、五百万回を越えていた。
「凄く見られてますね」
「これね、一般的になんて言うか知ってる?」
「えっと、何ですか?」
「バズってるって言うの! すんごいバズってるんだよこれ‼︎」
興奮気味に言われるが、バズッているのは天音も分かっている。
だがそれは、天音が投稿した動画ではなく、あの場にいて撮影していた人の動画だ。
それで天音が得られる物はなにも無い。
「それはそうなんですけど、別に僕の動画じゃないですよ」
「何言ってんの⁉︎ それ本気で言ってるぅ⁉︎⁉︎ このコメント見てよ! あの船団のパーティが、たった一人に負けたってお祭り状態なんだよ! こっちも見てよ、福斗君トレンド入りしてるんだよ!」
そう言って見せられたのは、某SNSの大手サイト。
そこのトレンドでは、神坂福斗の名前が一位に鎮座していた。
「二つのコメントも見てみて! 凄いことになってるから!」
半ばキレ気味になっているミュク。
余りにも天音の反応が悪くて、何で知らないのよ! とイライラしているのだ。
そんなミュクを察して、天音はコメントに目を通してみる。
・なになに! 何が起こったのか見えなかった。解説求む!
・こいつ神坂福斗だったよな? 舞姫の子供だっけ? 親子揃って化け物だな。
・この前のユニークモンスター倒した奴だよな、こんなに強いのかよ⁉︎
・相手は、雷鳴の船団? 聞かないチーム名だけど、船団ってあの船団だよな?
・俺、鳴上雷太は知っているぞ、かなり有望な探索者だった。十代で船団にスカウトされたのまで知っているが、船団のチームを任されるまでになってだんだな。
・ホームページに載ってる。雷鳴の船団って若い奴らで構成されてんな、育成枠か?
・たった一人に負けるって何だよ。船団ってクランも大したことないんだな。
・調子に乗って、訓練サボってたんじゃね。
・結局は名前だけのチーム。
……etc
などのコメントが数多く並んでいた。
中には負けた雷鳴の船団を貶める発言も見受けられ、読んでいて気持ちの良い物ではなかった。
天音はあっさりと制圧した雷鳴の船団だが、その実力は相当に高い。
白刃の船団には及ばなくても、若くて強い探索者が揃っている。これからの成長も加味すれば、その期待度は雷鳴の船団に傾く。
「これは、僕のせいか……」
多くの人が見ていた中で行われた手合わせ。
この結果は予測出来たはずだった。
それなのに、何も考えずに自分勝手にやってしまった。
手加減しても、彼らには失礼だっただろうが、それでもやりようはあったはずだ。
天音は、くそっと悪態を吐く。
彼らを嘲笑の的にしてしまった。
それが、どうしようもなく悔しかった。
そんな天音を見て、何となく察したミュクが告げる。
「どした? 言っとくけど、雷鳴の船団は元気に活動してるよ。福斗君にリベンジするんだって張り切ってたよ」
それを聞いて、ミュクの顔を見る。
「彼らも、この国を代表するクランの一員なんだから、やられっぱなしじゃ終われないんでしょ。落ちたプライドは自分達でどうにかするよ。だから、福斗君が気にする必要はないんだよ。その気持ちは、雷鳴の船団にも失礼だと私は思うよ」
結局はミュクの考えでしかないが、確かに心配するのは違うなとは思った。
仮に、天音が雷鳴の船団の立場なら、勝者に同情されるのは腹が立つ。だから、彼らに謝罪の念を抱くべきではないのだ。
「そう、ですね。教えてくれて、ありがとうございます」
「いいよいいよ、その代わりに!」
そう言いながらミュクは天音の腕を取り、スマホで撮影してしまう。
最後に「これ投稿しとくね〜」と言いながら去ってしまった。
相変わらずだなぁと思いながら、天音はミュクの後ろ姿を見送った。
ダンジョンに潜っている間に、いろいろと話が大きくなっているようで心配だが、ミュクのおかげで、そこまで気にしなくて良いような気がして来た。
さあ帰るかと歩きながら、三日ぶりにスマホを開くと、
『雷鳴の船団の件で話がある。戻ったら連絡してくれ』
とハクロからメッセージが届いていた。