17
当初、手合わせは一対一で行う予定だった。
天音もそれで良いと言っていたのだが、何故か雨川が、
「やるなら全員でやらせて下さい! 単独だと、みんな何も出来ずに負けてしまいます!」
と言い出したのだ。
それに反感を持った他のメンバーが食って掛かるが、雷鳴の船団のリーダーである雷太が止める。
「まあ待て、福斗の戦いを肌で感じた雨川の言葉だ。それが本当ってんなら、是非試してみてーじゃねーか」
その声は穏やかだったが、鋭い目が天音を貫いていた。
「手合わせなんですよね? 一人ずつの方がよくないですか?」
天音としては別にやっても良かったのだが、集団で来られると、即座に無力化しないといけないので、彼らの学ぶ機会を奪ってしまうのではないかと考えたのだ。
「……ははっ、何だよ、怖気付いてんじゃん」
その言葉は一番若いメンバーからだった。
別に怒ったりはしない、不快にも思わない、天音を馬鹿にして来るのは、友人にもいるから慣れっこなのだ。
そう、たとえばぷっちょとか、ぷっちょとか、ぷっちょがいる。
しかし、次の言葉は看過できなかった。
「ここで逃げるって事は、あんたの師匠も大したことないんだろうな」
これでも天音は、師匠である時雨を尊敬している。
暴力的で怖いところもあるし、だから結婚出来ないんだよと内心思っているが、とても尊敬している。
だから、怒りが湧いた。
「……どうして師匠の話になるんだ? いいよ、やろう。全員で掛かって来なよ。まとめて相手してあげるからさ」
わずかな魔力が発露する。
その魔力に込められた怒りを感じ取り、言葉を発したメンバーは冷や汗を流す。
天音が踵を返して部屋から出て行くと、雨川の怒声が上がった。
準備をして練習場に向かうと、すでに多くの観客が集まっていた。
その観客から視線を受けながら、練習場の中央に進む。
雷鳴の船団はすでに待っており、天音を睨み付けている。雨川も覚悟を決めた表情をしており、腰にある双剣に手を置いていた。
「本当にいいんだな?」
「ええ、構いません。手加減出来ないかも知れませんが、そこは諦めて下さい」
「ははっ、強気だな。おい、お前ら本気で行くぞ。魔法を使えない条件はあっちも同じだ。何も恐れる事はねぇ! いつも通りやるだけだ!」
鳴上がメンバーを鼓舞するように告げる。
その効果はあり、全員の意識がはっきりと戦闘モードに切り替わった。
それを見ても、天音は何も感じない。
気負いもなく、気合いが入っているわけではない。
雷太の言う通り、いつも通りに襲って来る奴らを倒すだけだ。
戦う前に、榊原が見ているのに気付いて、片手を上げて挨拶をするくらい、いつも通りだ。
「……余裕だな」
「やる事は、いつもやっている事ですから」
ただ、モンスターと人との違い。
最近は霧隠という化け物を相手にしているせいで、目の前の脅威が酷く矮小に見えてしまう。
手合わせの開始は、矢の飛来から始まった。
連続して放たれた矢を避けて行く。
動きが誘導されているのに気付いたが、気にも留めない。
雨川の双剣が迫る。
その背後から次も接近しており、左右からも槍と剣を持ったメンバーが迫って来る。
雨川の双剣を鉈で破壊し、衝撃でバランスを崩した雨川を押して接近する者の動きを鈍らせる。
その間に、左右の二人の攻撃を避けて、拳を打ち込み昏倒させた。
雨川を迂回して来た者は、この一瞬の惨状を見て驚き動きが止まってしまう。
そこに足を掛けられて転倒して、弓を構えた者に向かって蹴り飛ばされる。
「がっ⁉︎」と小さな悲鳴が上がるが、ダメージはほとんどない。飛ばして射線を切るのが目的だったので、蹴りに力を込める必要は無かった。
弓を使う者からすれば、一秒にも満たない時間。
それだけ視界が塞がれただけなのに、隣に天音が立っていた。
「なっ⁉︎」と同時に腹部に衝撃が走り、昏倒する。
これだけで、雨川と雷太を除いたメンバーが戦闘不能に陥ってしまった。
「マジかよ」
攻撃に参加しなかった雷太は絶句する。
それは、この練習場にいた全員が思った事だった。
やられたメンバーが弱かったわけではない。
むしろ、観客の探索者の誰よりも強かった。
それなのに何も出来ずにやられた。
これが、ユニークモンスターを倒す探索者の実力。
圧倒的な実力を目にして、誰も声を発せられなくなっていた。
雷太が魔力を高めて、最大限の身体強化を施す。
更に雷を纏い、爆発的に身体能力を向上させる。
この雷太が使う身体強化のスピードは、全ての船団メンバーの中でもトップクラスだった。
だからこそ、絶対の自信があり、雷太の最大の武器の一つとなっていた。
バチッと音を残して疾走する。
直線で攻めれば、カウンターを受ける可能性があった。
だから迂回して、虚を入れた動きで仕掛けるつもりだった。
「アクセル」
しかし、天音が呟いた瞬間に全てが覆る。
雷太以上のスピードで動いた天音は、雷太の持つ剣を跳ね上げ、首元を掴んで地面に叩き付けたのだ。
「参った」
船団のパーティが、何も出来ずに敗北した瞬間だった。
そして、神坂福斗という探索者の強さを、世に知らしめる結果になった。
◯
これは反省するしかない。
天音は内心後悔しながら練習場を後にする。
やり過ぎた。
売り言葉に買い言葉だったが、あそこまでやるべきではなかったと後悔する。
やりようはいくらでもあった。
暫く攻撃を受けて、あちらの良さを発揮させるくらいしても良かった。それなのに、何もさせずに無力化してしまった。
いくら時雨の事を貶されたとはいえ、それくらいしてもよかったのだ。
「はぁー」と後悔しながら廊下を歩いていると、「福斗さん!」と久しぶりに聞く声に呼び止められた。
「榊原さん」
それは弟子である榊原で、普段は見せないようなキラキラした表情をしていた。
「凄かったです! 最後は見えなかったですけど、とにかく凄かったです!」
賞賛の声は嬉しいのだが、今の気持ちとしてはやらかしたような物なので、「うん、ありがとう」と苦笑しながらしかお礼を言えなかった。
「今、探索の帰り?」
「そうです。星奈さん達と、20階でモンスターを倒していました。今から換金しに行くんです」
そう聞いて、練習場の方に目を向けると、星奈ささら達が並んで立っていた。
あちらが慌てて頭を下げるので、天音も頭を下げて挨拶をしてしまう。
正直、年下の自分が頭を下げられるのには慣れていない。といより、人に頭を下げられるのに慣れていない。だから、どうにもむず痒い物を感じてしまった。
まあ、それはともかくとして、ちょうど榊原に出会えたので、約束を取り付けておこうと思った。
「榊原さん、今度時間ある?」
「え? はい、いつでも大丈夫ですけど」
「少し話しがあるんだ。二人の時間がほしい」
これは、誤解される言い方をした天音が悪い。
無意識に、二人のなんて言ってしまったものだから、
「ふっ、二人の時間⁉︎⁉︎」
と榊原は興奮してしまった。
「いつでも大丈夫です! 何なら今からでもいけます!」
グッと握り、いつでも準備は出来ていると主張する。
「そうなんだ。……でも今は、パーティを優先しようか。換金するのなら、みんなで行った方がいいよ」
そう告げると、残念そうな顔に変わってしまう。
「……分かりました。私はいつでも良いので……あっ、来週の金曜日でも良いですか? こういうのは、記念日が良いんです」
「来週の金曜日? 分かった。じゃあ、また連絡するね」
こうして天音は、誤解を与えたまま去ってしまう。
残された星奈達は榊原に、「たぶん期待してるのと違うと思うよ」とポツリと忠告だけはしていた。