16
野生み溢れる荒々しい男。
天音が鳴上雷太に抱いた印象がそれだった。
黄色が基調な派手な服装、胸元を開いており、鍛えられた肉体を見せびらかしている。じゃらじゃらとした装飾品も身に付けており、その殆どが魔力の宿った魔道具だ。
髪型も坊主を金色に染めており、名前にもある通り雷を模した剃り込みを入れている。
「よお! 俺が鳴上雷太ってんだ! 天音福斗だな、よろしくな!」
差し出された手を握り、
「天音福斗です。よろしく」
と短く返す。
「見た目が違うって聞いてたが、こりゃ思ってた以上だなぁ。探索者の格好も生で見てみたかったが、それはその内に見せてくれ」
「えっと、はい、その内に……それで、今日の話というのは?」
ここにいるのは、鳴上の他にも五人いる。
その全員が、二十代前半か十代後半の若い人員で構成されている。
この中には、先程絡んで来た男と女はいない。
だが、雨川はおり、先程のことが無かったかのように鳴上の近くに立っていた。
「ああ、見ての通りこの船団は若い奴らで結成されている。年長の俺でも二十二歳だからな、一番下なんて十五歳のガキだ。それでも腕が立つから団員に入れた」
「はあ」
「だが、お前からしたら格下の探索者になるだろう? 俺を含めてな」
そう鳴上が告げると、他のメンバーに動揺が走る。
天音がどうしたのだろうと視線を向けると、雨川を除いた全員から睨まれていた。
「やめろお前ら、これは紛れもない事実だ。昨日の件も雨川から聞いた。直接戦闘を見たわけじゃないらしいが、凄まじい魔力を感じたと報告を受けている。現場のビルも、解体を早めないと倒壊の恐れがあるそうだぞ」
「……マジですか?」
「ああ、マジだ」
これまでの霧隠の強襲を受けて、破壊した設備は全てギルドが負担してくれている。
最初のダンジョンでの戦闘は、何も考えずに暴れられたのだが、二度目からは全て外で強襲されていた。
十回、これが霧隠から強襲された回数だ。
その度に何かを破壊しているので、かなりの金額になっているだろう。
これが、ギルド側からの指示だったとしても、かなりの支出になっているはずだ。
霧隠がどこまでやるのか分からない以上、その支出は止まるところを知らないだろう。
天音がそれを気に病む必要はないのだが、自分が未熟なせいで損害が出ていると言われているようで、なんだか嫌だった。
「まっ、それは気にする必要はないが。まあ……俺達は若い、若くして新たな船団の立ち上げの許可が降りた」
一体何の話だと訝しむ。
「さっき、こいつらが天音を敵視したのは、それなりにプライドがあるからだ。俺にだってプライドはある。ダンジョンで鍛えて、同年代では頭二つ分は強いって自覚もある。だからこそ、同年代で俺達よりも強い奴を認めたくないんだよ」
幼稚だろう? そう笑う鳴上。
それに、天音は答えを持っていなかった。
これまで、同年代と比べるという行為をしたことがなかったからだ。
そもそも、探索者をやっている同級生が少ないし、いても始めたばかりで比べられる物ではなかった。
だから、彼らの気持ちがイマイチ理解出来なかった。
「だから一つ頼みがある」
「はあ」
「俺達と手合わせしてほしい」
めっちゃ面倒くさいのが来たな。そう思って断ろうとするが、好戦的な視線を向けられて、ここで断ったら襲われるのかな? と不安になってしまう。
それならいっそ、手合わせを受けた方が楽かなと考えてしまう。
「……分かりました。手合わせくらいなら」
◯
榊原は、師匠である神坂福斗との訓練が一時中断している期間、星奈のパーティに加入してダンジョンに挑戦していた。
戦斧を片手で振り回し、遠心力だけでモンスターの体を切り裂いてしまう。
星奈のバフを受けた身体は、これまで以上の力を発揮しており、モンスターをあっという間に殲滅してしまう。
「お疲れ、レナはまた強くなってるね」
「いえ、これも星奈さん達のおかげです」
榊原を労うのは星奈ささら、このパーティのリーダーである。
他のメンバーである魔法使い兼回復役の野地芽吹、斥候の一重メルも集まって来る。
彼女達も戦っており、榊原が取りこぼしたモンスターを倒していた。
「やっぱりレナがいると楽だね、正式にうちに入らない?」
そう誘うのは一重だ。
今の榊原の状態は、臨時の助っ人メンバーとなっている。
これまでにも、何度か一緒に探索しており、かなりの成果を上げていた。
このパーティに足りないのは、前衛だ。
前衛として、モンスターを足止め出来るメンバーが居ないのだ。それを榊原が担っており、格段に探索が進むのもそれが要因だった。
だからこそ、榊原には正式にこのパーティに加入してほしかった。
「……ごめんなさい、福斗さんにも加入を勧められてるんですけど、一人でどこまで行けるのかも試してみたいんです」
パーティ加入を断る理由は、師を見てしまったからだ。
彼は、たった一人で多くのモンスターを殲滅して、災害のようなユニークモンスターも倒してしまった英雄。
自分が、あそこに到達出来るとは思えない。
それでも、彼の隣に立つには、相応の力が必要だと思ったのだ。
少しでも近くにいる為に、彼を支える存在になると密かに誓っていた。
「まっ、それなら仕方ないね。それじゃあ、今日は帰ろうか。時間もいい感じだし」
芽吹が時計を見ながら告げると、誰も反対はせずに本日の探索は終了となった。
四人は地上に戻り、モンスターの素材の換金に向かう。
ギルドに入り、受付に向かうのだが、一部が騒がしくなっていた。
「何かあったのかな?」
「あっちは、練習場? 何かイベントでもやってるのかな?」
どうなんだろうかと話ながら受付に向かう。
そこで、査定を頼むついでに何があったのかを尋ねる。
「ああ、あっちで雷鳴の船団と福斗君が模擬戦するんだって。話を聞いて、みんな集まっているみたい」
「福斗って……師匠ですか⁉︎」
「うん、レナちゃんの師匠だね」
そう受付のお姉さんが答えると、榊原は練習場に走り出してしまった。
「あっ、レナ⁉︎ 行っちゃった……あの雷鳴の船団って初めて聞くんですけど、そんなチームありましたっけ?」
星奈が尋ねると、新しく出来た船団のチームらしいと返答があった。更に、年若いメンバーで構成されており、中には星奈達よりも年下もいるという。
それを聞いて、興味が湧いてしまった。
星奈達も、換金は後回しにして、練習場に向かう。
ギルドにある練習場は、学校の体育館を一回り大きくした程度の広さしかない。
ここでの魔法は禁止されており、やっても身体強化のみと決められていた。
練習場の使用が制限されているのもあり、探索者が鍛錬を積むのは、大抵の場合、ダンジョンの低階層になっていた。
そんな場所で模擬戦を行う。
榊原レベルならともかく、天音クラスともなると範囲は狭いと言ってよかった。
その中心に七人がいる。
片方は六人で、武器を持ってたった一人を睨み付けていた。
睨まれているのは、もちろん榊原の師匠である。
たった一人で立っているというのに、その表情に動揺や怯えはなく、今から戦うという意気込みも感じない。
「福斗さん、どうして模擬戦を?」
事情は分からないが、彼らと戦うのだろう。
練習場には、多くの人が集まっている。
目的は、ユニークモンスターを倒したという、神坂福斗の戦いを見る為だろう。
上位の探索者の戦いは、見るだけでも得る物が大きい。
少しでも血肉にしようと、探索者達は注目していたのだ。
「レナ、福斗さんの相手は、雷鳴の船団っていうらしいわ」
「船団? あの最大クランの?」
遅れて練習場にやって来た星奈が教えてくれる。
船団というクランは有名だ。
この国の最大規模のクランであり、探索者に興味がない人でも名前くらい聞いたことがあるレベルだ。
船団というクランは、神々の船団をトップに、傘下のチームが大量に存在していた。
例えばこのギルドには、白刃の船団があり、中でもリーダーである白波ハクロは全国的にも有名になり始めていた。
そんな船団の一つである雷鳴の船団と、今から模擬戦を行うというのだ。
「流石に不味くない? 新しいチームらしいけど、あの船団だよ……」
心配する星奈だが、榊原はそんなこと考えてはいなかった。
どうして、私との訓練をしないのにこいつらと?
と嫉妬マシマシで考えていた。
「レ、レナ? だ、大丈夫? なんか黒いオーラ出てるよ……」
「大丈夫です。少し、機嫌が悪いだけですから」
「ええー……」
そんな不機嫌な視線に気付いたのか、師匠が榊原に向かって手を上げて挨拶をする。
「福斗さん頑張ってー‼︎」
それだけで榊原の機嫌は治って、応援に回ってしまった。
「ええー……」
余りの変わりように、三人は若干引いてしまった。
模擬戦が始まる前に、何かを話していたようだが、ベンチがある場所からでは聞こえなかった。
雷鳴の船団が、神坂福斗から離れると模擬戦が開始される。
模擬戦と聞いていたので、観客は一対一でやるものだと思っていた。
だが、実際は六人を同時に相手にするようだ。
魔法は禁止、使えるのは身体強化のみとはいえ、福斗にとって圧倒的に不利な状況だった。
だから、負けるだろうとほとんどの人が予想する。
しかし、その予想は裏切られる。
雷鳴の船団は決して弱くはない。
若いメンバーで構成されているが、船団を名乗るのを許された凄腕の探索者達だ。
身体強化の腕前も優れており、相応の鍛錬を積んで来たのが読み取れる。
連携も素晴らしいもので、弓による攻撃で福斗を誘導すると、間断なく様々な攻撃が繰り出された。
常人ならば、何も出来ずに死んでしまうような攻撃。
その全てが躱され、鉈で武器を破壊され、防具の上から殴り飛ばされてしまう。
一分にも満たない時間。
それだけで、雷鳴の船団は一人を残して脱落した。
「マジか……まさか、ここまで強いとはな……」
そう驚愕するのは、残された一人だ。
金髪の坊主頭に、雷の剃り込みが入っている。
派手な格好だが、その身に宿る魔力が帯電しており、かなり危険な存在に見えた。
「まあ、これくらい出来ないと、僕はここにいませんから……」
「そうかい!」
バチッと音が鳴る。
それと同時に金髪の姿が消え、「アクセル」と呟いた福斗も姿を消した。
ドンッ! と突然衝撃が走る。
砂埃が舞い視界が奪われるが、誰かの起こした風により視界が開ける。
練習場の中央には、金髪の首を掴み、地面に叩き付けている福斗の姿があった。
「参った」
それは、余りにも圧倒的な決着だった。