5
榊原の探索者になった理由が、くっそ浅かった。
あんなに一生懸命だったので、並々ならぬ事情があると思っていた。
いや、きっと思いだけは本物なのだろう。
ここまで彼女を突き動かしたのは、その特撮への憧れなのは間違いない。
それにこれは好機でもある。
榊原の目標が明確になっているのなら、そのレベルまで引き上げればいい。だから、
「じゃあ、その特撮番組のヒロインくらい強くなるのが目標なんだね」
と確認を取ると、
「はい! 良かった、馬鹿にされるかと思っていました」
と安堵と了承を得た。
『マジカルプリンセス♡キングダム』
これが榊原がハマったという特撮番組のタイトルだ。
魔法のお姫様の王国という意味だろうか、特撮にしてはファンタジーな名前のような気がする。
早速、内容を確認しようとDVDをセットする。
因みにこれは、五件目のレンタルショップにして、ようやく発見したDVDである。どうやら絶版になったらしく、最寄りのレンタルショップから片っ端から電話を掛けてようやく見付けた物だ。残念ながら一巻と八巻しか置いてなかったが、まあそれだけ見れば十分だろう。
インターネットのオークションサイトでは、全巻美品で五十万円の値が付いており、とてもではないが購入する気にはならなかった。
そんな貴重なDVDを視聴しているのだが、最初はやっぱり特撮なんてこんな物かと安堵していた。
これなら、オークを倒せるくらいまで育てれば終わりだと思っていた。
しかし、ヒロインがマジカルプリンセスに変身してからが本番だった。
「……は?」
仮面と白いユニフォームに着替えると、その動きが別人の物へと変化していた。
事実、顔を隠したのと同時に、中身もスタントマンに変わっているのだろう。
無駄の無い一挙手一投足、その洗練された動きは天音でも真似出来ない熟練者のそれ。
カメラに映るようにあえてゆっくりと動いているのだろうが、その技量の高さには感動すら覚えるほどだった。
そして、この動きを天音は知っている。
「これってまさか……師匠?」
そう、叔母にして師匠である時雨の動きにそっくりなのだ。
確かに今の方がまだ凄い技量を誇っているだろうが、所々に見受けられる癖が時雨の物なのである。
とりあえず一巻が見終わり、無言で八巻を再生する。
どこをどう進んだのか分からないが、ヒロイン側のメンバーが三人になっていた。更に敵役も強大な力を持つようになっており、前口上の後に廃墟で戦闘が開始された。
破壊される廃墟。
飛び交う数々の魔法。
カメラで撮れる限界の速度を維持しつつ、高速で戦闘を繰り広げられる。
そしていつの間にか上空三千メートルまで移動しており、落下する中で空中戦が繰り広げられる。
わずか数分の撮影時間しかないはずだが、その全ての動きが素晴らしく、正に空中戦のお手本となるような物だった。
そして、時雨が魔法を使って優雅に着地するのとは対照的に、敵役は地上三千メートルからのイーグルダイブを決めた。
「…………知り合いに似てる気がするけど、勘違いだったら良いな」
その敵役にも見覚えがあった。
時雨に紹介された記憶があるのだ。
時雨と同じく国内最強の探索者として名高い人物で、『金剛石』の異名を持つ男、真壁タツミその人である。
眉間に寄った皺を揉みほぐして、もう一度再生してみる。
「やっぱり間違いない」
何度見返しても、同じ結論に至る。
映像の最後には『これはCGですので、絶対に真似しないで下さいね♡』と主演の俳優が注意喚起しているが、もしかして何かあったのだろうか。
それはともかくとして、天音は五十万円で出品されている『マジカルプリンセス♡キングダム』を落札した。
◯
「うーん……」
教室の机の上に項垂れて、どうやって榊原の目標を変えさせようかと頭を悩ませていた。
はっきり言って、あんな人外レベルまで榊原を育てるのは不可能だ。というか、天音がそこまで強くなるのも不可能だ。
上空三千メートルからのイーグルダイブなんて試そうものなら、間違いなく即死である。
時雨のように魔法を使っての着地は出来ても、あれは絶対に無理。だから弟子である榊原も絶対に無理だ。
「どうやって諦めさせるか……」
「どうしたんだよ天音、朝からそんな辛気臭い顔して」
憎まれ口を叩きながら現れたのは、いつも通りのぷっちょである。
「何か悩み事か? もしかして前に言ってたやつ?」
察しが良く、気配りが出来る高倉くんが声を掛けてくれる。
「実はそうなんだ。思っていたのと違って、難易度が更に上がった感じなんだ」
「ゲームの話だっけ? データを消して一からやり直すのは無理なのか? 難易度をイージーに変えて再出発とか」
「データを消すのは無理かな、消したら色々と終わっちゃいそうだし」
きっと時雨に物理的に消されるだろう。
その結末が想像出来てしまい、絶対に選択肢には入らない。
「難易度が上がったってどれくらいなんだ? クリア出来ないくらい?」
「うん、絶対に攻略不可能なレベル。多分、僕が真面目に勉強して、東大に合格するよりも難しいレベルだと思う」
「それは明日世界が滅ぶっていう方が、可能性は高いな」
そこまでは言ってない。
何気ないぷっちょのツッコミに、天音は傷を負ってしまった。
「だったらさ、素直に謝ったらいいんじゃないか。俺には無理だから、他のにして下さいって。それならまだ可能性があるんだろ?」
「え? あ、うん、そうだね。……うん、今の目標じゃ無理だ。ありがとう高倉くん、別のに変えてもらえないかお願いしてみるよ」
やはり気配りの出来る男である。
高倉くんにお礼を言いながら、別の方向で検討してみようと決めた。
「俺にはないんかい」
「ぷっちょは何も言ってないだろ」
「……じゃあとっておきの情報を教えてやろう」
何を悔しがっているのか、ぷっちょは聞いてもいない話をし始めた。
「あのな、どうやらな、そんなに聞きたいか?」
「別に聞きたくないからいいかな。高倉くんありがとう、助かったよ」
「すまん、俺が悪かったから聞けって。どうやら二年の荒々井先輩が警察に捕まったらしい」
二年の荒々井先輩。
その名を聞いて思い出すのは、胸糞悪い噂話ばかりだった。
「それは本当なのか、何をやったんだ? また女絡みなのか?」
「そこまでは知らないけど、先週学食で暴れたのも荒々井先輩らしいし、何かやらかしたのは間違いないだろうな」
二人が話している隣で、天音は無言を貫いた。
襲われたので殴り飛ばしてギルドに連れて行き、そこで尋問が行われていた。
それで分かったのが、榊原が襲われた動機が余りにも下らなく、逆恨みどころかまったく関係のない所からの飛び火だった。
その上、探索者になって力を付けてからという、ギルドからしたら信用問題に繋がるような内容だったので、そのまま警察に通報したのである。
荒々井の運が良いのは、それほど強くないという点だ。そのおかげで警察に任された。これが天音だったらこうはなっていない。
天音が同様の事件を起こせば、魔力を封印してどこかに閉じ込めるか、最悪秘密裏に処刑されるだろう。それだけギルドは、探索者の暴走を恐れているのである。
恐れる理由は社会的信用もあるが、探索者という存在の危険性を理解しているからだ。
だから、常に目を光らせている。
探索者が犯罪を犯さないか、犯しても直ぐに対処するようにと、ギルドは警戒して準備をしているのだ。
そうこうしていると、チャイムが鳴り始業を知らせる。
廊下で待機していた担任が入って来ると、一限目から全校集会をやるから体育館に移動するようにと通達があった。
「やっぱり、荒々井先輩の事件に関してだよな」
「それしかないんじゃないか? 他に何も無いし」
「……」
ゾロゾロと体育館に移動すると、クラス毎に列になり並んでいた。
緊張感はなく、いつも通りの雰囲気ではあるが教師陣はどこかピリついていた。
皆が整列すると、体育館の扉が閉められる。
「これでデスゲームが始まったら面白いのにな」
「何言ってんの?」
「うわ冷たい、天音が冷たい!」
ぷっちょが下らない戯言を吐くので、冷たい眼差しで切って捨てた。
それから校長先生が壇上に上がり、話を始める。
内容は、やはり荒々井の一件だった。
彼がこれまで起こした事件や、探索者になったのを学校側に申請していなかったという内容に、学食の暴行事件にダンジョンで人を襲い捕まったというものだった。
それらを踏まえて、今後は校則を守った行動を取るようにという。更に探索者として活動していて、申請してない者は直ちに申請するようにと通達があった。
もしも、申請しないで後から判明した場合は、問答無用で退学にするという。
今回の一件は、学校側が強く言うほど大事になったようである。
「はあ〜、長かったな。どれだけ話すんだよ校長」
「仕方ないんじゃないか、生徒が警察に連れて行かれて、最悪テレビで報道されるらしいし」
「インタビューには何も答えるなって言われても、誰かは絶対答えるよな。俺が一番じゃ駄目かな?」
「やめなよ、かなりピリついてたから、バレたらきっと怒られるよ」
そんな話をしながら教室に戻っていると、スマホが震えた。画面を見るとメッセージが届いたという通知があり、それを開いてみると榊原からだった。
『なんか大変な事になりました⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎』
横を見る。
榊原は友人と一緒に雑談をしながら歩いていた。
そこの何処が大変なんだろうと、何かあったの? と返信してみる。
すると、榊原は即座にスマホを取り出して返信して来た。
『実はこの前捕まえた犯人のせいで、学校の校則がキツくなりそうです(泣 まったく迷惑ですよね、どうして頑張っている人の邪魔するんでしょうね? みんな福斗さんみたいに余裕のある大人だったら、こんなことにはならなかったのにぃ! だから男子は幼……』
なんか長文で返って来た。
あの短時間で凄いなというのと、長文で送って来るんだという感想と、
「もしかして、僕のこと歳上だと思ってる?」
という、何とも言えない残念な気持ちになった。