9
全校生徒が体育館に集まり、新学期最初の全校集会が始まったのだが、進行スピードが異様に早かった。
「であるからして……手短だが、これで話は終わります」
そう言って、校長は壇上から降りてしまった。
体感では、いつもの三分の一である。
いつもは退屈で長ったらしい話しをする校長だが、どこか焦っているかのようだった。
これは何かあるな。
皆がそう悟るが、この退屈な時間が早く済むのなら文句は無いと、誰も何も言わない。
さっさと終われ。
そう皆の気持ちが一つになっていた。
全校集会が終わり、職員室に向かう。
天音はサクラと一緒に行こうとしたのだが、女子達のガードが固くなっており、睨まれて近付けなかった。
クラスの女子達がサクラを職員室に連れて行き、その後ろを天音が付いて行く。
「サクラちゃん、ここが職員室だよ」
「ほら天音、先生呼んで来て」
この扱いの差は何だろうか?
どうしてサクラはチヤホヤされているのだろう?
サクラには人を惹きつける魅力があるのは分かるが、初対面の人にも受け入れられるものなのだろうか?
もしかしたら、予知の他にも別の能力があるのかも知れない。
そう勝手に完結させて、天音は職員室に入る。
「花塚先生、天音です」
「二人とも来たな、ん? お前達はなんだ、教室に戻りなさい」
花塚は女子に囲まれたサクラを見て眉を顰める。
教室に戻るように注意された女子達だが、「あの、私達、サクラちゃんが心配で……」と動こうとしなかった。
それを見て、花塚は不快に思う……ようなことはなく「流石サクラ様です」と小声で感心していた。
しかし、この状態というのは、大変困るので離れてもらわなくてはならない。
「お前達の気持ちは分かるが、教室に戻りなさい。神楽坂は、私がしっかりと守っておくから」
そう言うと、「先生が言うなら……」と教室に戻って行った。
完全に姿が見えなくなると、サクラが天音におずおずと近寄って来る。
「天音様、その、ごめんなさい……、まさかここまで惹きつけるとは思わず……」
「気にしなくていいよ、女子達が勝手にやったことだろうからさ。それより惹きつけるって、何か能力のようなものなの?」
先程の予想は、案外間違っていなかったようだ。
天音自身、サクラを前にすると庇護欲のような物が掻き立てられる。だがそれに違和感があって、その衝動に従う気にはならなかった。
「能力……というよりは、呪い、のような物です。予知能力が発現したおり、多くの方が私を守るように動くようになったのです」
この現象は、サクラの先代である母親にもあったという。
予知という力は、国の未来を左右する能力だ。
使い方を誤れば滅びに向かう。国家の転覆を願う者の手に渡れば、多くの命が奪われる。
それを避ける為に、過去の権力者が陰陽師に頼み、予知能力者には周囲の人が守るように動く魅力が付与された。
もちろん、デメリットもある。
予知能力が発現した者は、短命に終わる。
サクラの母も、三十代の若さで亡くなっている。それも、ダンジョンで取れる寿命が伸びるという、特殊なアイテムを使ってもだ。
サクラは、そんな悲運な運命を背負った少女だった。
「この能力が発現して、通っていた学校を辞めることになりました。なので、今日からまた通えることが、とても楽しみだったんです」
とても優しく笑う姿が、少しだけもの悲しく映った。
「サクラ様、ここでは何ですので移動いたしましょう」
「マヒル……あっここでは花塚先生だったわね、ごめんなさい。さあ、天音様もこちらに」
笑みを浮かべて手を差し伸べるサクラ。
確かに、この子は守るべき対象なのだろう。
でも、それだけじゃなく、強い芯のような物をサクラの中に感じた。
場所は移動して校長室。
そこにいたのは、校長先生と副校長先生、それから学年主任。更に、ギルドからは神々の船団の光海ヨルと、白刃の船団のハクロ、ギルドの支部長まで揃っていた。
またどうしてこのような面子が?
異様な揃い方をしている人員に疑問を抱く。
それに、学校側は酷く緊張しており、そわそわしていた。
そんな中に天音とサクラ、それから花塚が入ると、光海が口を開いた。
「来たか。天音、悪かったな呼び出したりして」
「いえ、それで一体どのような用件があるんですか? ハクロさんまでいますし」
そう言うと、ハクロが「やあ」と片手を上げて挨拶して来た。
それを無視して、光海を見る。
この状況は、天音にとって余りにもよくない。
探索者として有名になってしまった面があり、それが周囲に知られると、日常生活が送れないレベルにまでなってしまっている。
さっさと世間から忘れられるのを願っているが、日本の滅亡まで予言されているようでは、あと数年は無理だろう。
せめて今は隠しておきたいのだけれど、この状態はそれを許してくれそうもない。
だから、この状況を作り出したであろう光海を強く睨んでしまう。
「そう殺気立つな、教師が怯えてしまうぞ」
「殺気なんて飛ばしていませんよ。それよりも、何故、重要人物であるサクラさんを転校させたのか説明して下さい」
「せっかちだな、そこも師に似たか」
それはなんか嫌だなぁと何故か思ってしまい、天音は光海を睨むのをやめた。
天音が落ち着いたのを見て、光海は説明を始める。
「サクラをこの学校に通わせる目的は二つ。一つは、護衛対象を一箇所に集めておくというもの」
「護衛対象って……サクラさん以外に誰が?」
「あんただよ天音福斗」
「僕?」
「いずれ来るであろう厄災、それに対抗出来る存在を護衛するのは当然だろう?」
当たり前のように光海は言うが、それには違和感があった。何か裏があるような、別の目的が……。
「僕にサクラさんを守れってことですか?」
「ほう……頭の回転が早いな。その通りだ。そもそも、お前に護衛なんて必要ないからな。形式上、護衛は付けるつもりではいたが、天音よりも強い探索者なんて、この国には十人もいない。むしろ足手纏いになるだろうよ」
「じゃあ、余った人員をサクラさんに回せば……」
そこまで言って、それでも足りないのかと思い至る。
だから言い直す。
「襲って来る相手というのは、誰ですか?」
神々の船団というクランは、国内最大級の規模を誇っている。
単純な武力でも、小国ならば落とせるだろう戦力を持っているというのに、それでも守り切れないという。
一体、どんな相手なんだ……。
不安になりながら尋ねたのだが、返答で肩透かしを喰らう。
「まだ不明だ」
「え? でも襲って来るんですよね?」
「それも分からない」
「えっと……僕を馬鹿にしてます?」
目の前にいるのは六十を過ぎた女性だが、未だに探索者としての力量は高い。それこそ、隣のハクロを圧倒するだろう。
だが、天音にはまるで届かない。
光海には、単騎でユニークモンスターを倒す力は無い。
だからといって、天音は見下す気はない。
むしろ、油断ならない相手だと思っている。
何せ、神々の船団というクランのトップに立つ人物なのだ。何かしら奥の手を持っており、それが天音の命に届く可能性もあるのだから。
そんな人物から馬鹿にされるのは、まあ仕方ないだろう。
だけど、真面目に聞いているのに、ふざけられたら不快に感じるのも仕方ないだろう。
おかげで、校長室が緊迫した空気が張り詰めてしまう。
このままでは、天音は不貞腐れて帰ってしまう。
だから、身内の不手際に困ったサクラが、前に出て来て注意する。
「お婆様、詳しく説明をして下さい。天音様だけでなく、先生方も困惑しております」
先生を見ると、緊張しっぱなしの上に、理解が追い付かずに困惑していた。
その姿を見て、光海はため息をつき、口を開く。
「そうは言うが、不確定なのは確かだ。そんな情報を知らせるわけにもいかないんだよ。だが、そうだな……」
一度天音を見ると、ハクロに目配せする。
それから、「先生方、ここからの話は他言無用で頼む」とお願いをして、説明を始めた。
サクラの予知は、国難を回避、或いは乗り越えるために使われる。
未曾有の危機が発生を予知した場合は、あらゆる権限が与えられるようになる。ただ、今のサクラは幼く、的確な指示が出せない。だから代行として、光海が行っていた。
ここまでが前提で、肝心な話はサクラの予知についてだ。
未曾有の危機を予知して、この数ヶ月対策を行って来た。その効果もあり、十分に対応可能な危険度に落ち着いていき、何も心配はない、そのはずだった。
ある日を皮切りに、予知の結末が悪化しているという。
サクラが予知した未来を変えるのは不可能ではない。しかし、それには膨大な労力とあらゆる力が必要になる。
一時的にとはいえ、危機を乗り越える予知をしたというのに、それを変えられてしまったのだ。
それも悪い方向に。
「未来を変えられるだけの力を持った個人、もしくは組織が動いている。その実力は、天音、お前の師である神坂時雨に匹敵するぞ」
その言葉に、天音は拳を握り締める。
日本には五人の最高峰の探索者がいるが、その中でも時雨は頭ひとつ飛び抜けていた。
実質、日本最強。そんな時雨に匹敵する存在。
それが個人か集団かはさておき、そのような存在が襲って来るという。
通常なら、恐れていただろう。
しかし、今の天音は、恐怖するどころか静かに闘志を燃やしていた。
そんな天音を横目で見ながら、光海は続ける。
「サクラの護衛に花塚を付けている。何かあれば、お前が指示を出しても構わん。学校内には、他にも護衛を紛れさせている。学外には白刃の船団と雷鳴の船団を付けている。何かあれば、この白波に伝えろ。こいつを経由して私にも届くようになっている。質問は?」
「たくさんあります」
はっきり言ってツッコミどころ満載の説明だった。
初っ端から、花塚に指示を出してもいいとか、もうそれは先生と生徒の関係ではない。
完全に立場が逆転してしまっている。
他にも学内に他の護衛を紛れ込ませているとか、雷鳴の船団ってなに? とか、学外でって、何をするつもりなのかとか、それって僕がしないといけないの? とか、それはもうたくさんだ。
それらの疑問を全て質問して、光海は答えていく。
花塚は納得している。
他の護衛は、雷鳴の船団の団員で、二年生に転入している。
雷鳴の船団は、新たに立ち上げた船団で、比較的若い探索者で固められているらしい。
学外では、本格的に護衛が必要になる。極力、サクラから離れないでほしいのだそうだ。
「はっきり言います。無理です。今の僕の状況分かっているでしょう? 霧隠さんに狙われているんですよ。あの人は、誰だろうと構わずに殺します。たとえ関係の無い人でも、重要人物だとしても関係ない」
「……今は霧隠の番か……失念していたな。分かった。学外は白波達に任せる。それでいいか?」
良くない。
でも、隣から期待する眼差しを向けられて、「それで大丈夫です」と答えてしまった。
これで話は終わり、そう思ったのだが、今度は先生方から質問が上がった。
「あの、先ほどから、天音福斗君が重要人物のように聞こえるのですが……」
そこからの説明は大変だった。
高校には、生活の為に探索者活動をしている旨を伝えているが、それがどのレベルなのかを伝えていなかった。
そもそも伝える義務は無いのだが、それでも、何かしら功績を上げた場合は学校に教えてほしいと言われていたのだ。
功績が無いと言えたら良かったのだが、昨年、かなりの功績を上げてしまった。
別の名前が一人歩きして広まってしまったので、気付かれることも無かった。だから、気にしていなかったのだけれど、ここでそうもいかなくなった。
だから、しどろもどろになりながら説明した。
そして驚かれた。
もの凄く驚かれた。
そこで、何故かハクロが声を上げた。
「先生方、初めまして白波ハクロです。福斗に代わってお願いがあるんですけど、聞いてもらえますか?」
満面の笑みを浮かべたハクロは、有無を言わせず先生方の口を封じる。
それを天音は、遠い目をしてやり過ごすしかなかった。