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冬休みが終わり、新学期が始まった。
この休み期間中に、多くの出来事が起こった。
それ以前から、なんか良くないなぁという流れはあったが、今回の休みは、休みと本当に呼んでいいのだろうかと思うほどに、イベントが目白押しだった。
そして、新学期である。
「おはよう天音ぇー! 元気してたかぁ!」
何故か天音は、佐藤に懐かれていた。
ぷっちょや高倉君と、「新学期始まっちまったよ、学校爆発しねーかなー」と、ぷっちょ一人が喋っている中で、突然隣のクラスからやって来たのである。
まるで旧友に会ったかのように挨拶をした佐藤は、ズカズカとクラスに入って来ると、天音の前に座る。
「お、おはよう、佐藤君。えっと……どうして僕の所に?」
数日前、霧隠との戦いで正体がバレてしまったので、口止めをしたのだ。
お願いだから黙っていて。
どうしても話したいなら、好きにしていいよ。
その代わり、多くの人に迷惑が掛かるかも知れないけどね。
あと、師匠の悪口を言ってた事、口が滑って話すかも知れないよ。
もちろん、そんなつもりはない。
特に時雨に告げ口したら、殺されるのは佐藤ではなく天音だ。
自ら死にに行こうとは、欠片も思わない。
半ば脅迫のようなお願いを聞き入れてもらったのだ。これが原因で、てっきり怖くて距離を置くのではないかと思っていたのだけれど、何故かその反対の反応だった。
「何言ってんだよ、俺達友達じゃん。友達の所に遊びに来るのは当然だろう?」
「友達?」
いつから友達になったのだろう。
嫌味を言われるか、お願いという名の脅ししかしていないというのに。
首を傾げる天音に、ぷっちょが問い掛ける。
「なあ天音、誰こいつ?」
お前は何を言っているんだ?
「忘れたの? 初詣の時に屋台奢らせてた人」
「ああ! あの良い人か⁉︎」
どこが良い人なんだ?
というより、僕をダシにしたのはぷっちょだよね?
そう非難したかったが、クラスの注目を集めてしまったので、下手な事は言えなかった。
「屋台、ごちそうさん! またよろしくな!」
「あの時はご馳走様でした」
「……ご馳走様でした」
二人がお礼を言うので、それに続くしかなかった。
正直、言いたくはなかった。
あの誘いに乗らなければ、あのタイミングで襲われて、関係の無い人達を巻き込まずに済んだはずだった。
あのパーティメンバーの首が落とされたのも、霧隠による幻覚だった。
それは分かってはいたのだが、余りにもリアルで、臭いまで再現しており、もしかしたらという可能性があった。
それに、天音は霧隠の性格を知っている。
冷酷で残忍。
認めた者以外は、霧隠にとって何の価値も無い存在でしかない。
見た目はやり手のサラリーマン。だが、内に抱えているのは、破綻した人格だった。
初めて出会った時も、百々目とのひと時の邪魔だからと、片足を切り飛ばされた。時雨がブチギレて、百々目と霧隠の家が無くなってしまったが、それはもうどうしようもない。
霧隠は、有象無象と見做した者達を、虫けら程度にしか見ていない。
もしも、天音を怒らせる為という目的だったのなら、あの場で全員が殺されていただろう。
アレは、何も感じずにやってのける。
因みに時雨と百々目の二人が言うには、「あれでも、昔よりはマシになっている」だそうだ。
昔は、近くに制御出来る奴がいないと、直ぐにトラブルを起こしていたそうな。
どうして粛清の対象にならなかったのか、不思議でならない。
そんな霧隠との決着は、「今回はここまででいいだろう。次は更に苛烈に行く、準備しておけ」と、手加減していたと告げて去って行った。
まあ、そうだろうなとは思っていた。
装備も揃っていない天音を相手に、攻めきれないなど、霧隠の実力から考えればあり得なかった。
恐らく、今回の襲撃は忠告。
これから、唐突に襲撃するという忠告。
気を抜けば、命を失うぞという最終通告だ。
まったく、嫌な人が来たもんだと天音は頭を抱えてしまう。
「なあなあ、今度遊びに行かないか? 俺、バイト始めたから奢ってやれるぜ」
「マジで⁉︎」
「やめなよぷっちょ。佐藤君も、そういうのはいいから」
他人の働いた金で遊ぶなんて、いくら何でも酷いのではないだろうか。
「そう? まっ、天音が言うならやめるか」
「なっ⁉︎ おい! 天音の言う事聞いてんじゃねぇ! 男だったら、気前よく奢ってくれよ!」
「ぷっちょ……」
鼻息を荒くして、佐藤に詰め寄る姿はとても見ていられなくて、視線を逸らしてしまった。
友達として恥ずかしいのではなく、こんな惨めな姿を晒しても平気な友人が悲しかった。
そんなぷっちょを無視して、高倉君が佐藤に尋ねる。
「なあ、天音とはいつ友達になったんだ? 接点なんて何も無かっただろ?」
「何言ってんだよ、この前のダンジョンからに決まってるだろ。俺達は危険なダンジョンを駆け抜けた仲間なんだ、もうマブダチと言ってもいいくらいだろ!」
「嫌だよ、そんなマブダチ」
テンションの高い佐藤に、すかさずツッコミを入れてしまう天音。
たった一度ダンジョンに行くだけで、マブダチなんて言われたら、友達という存在が軽くなるようで嫌だった。
天音が否定すると、佐藤はショックを受けたような顔をする。
何でだよ。そう返したくなるのは、みんな共通だろう。だが、そうでないぷっちょは、佐藤の肩をポンと叩いて慰める。
「なあ、俺だったら、奢ってくれたらマブダチになってやってもいいぜぇー」
クズだった。
分かってた、ぷっちょがそういう奴だとは分かっていた。だから、期待はしていない。
「ぷっちょの事は置いておいて、そろそろホームルーム始まるけど、戻らなくていいの?」
「あっ⁉︎ もうこんな時間か、じゃあな天音! また来るよ」
来なくていい。
去って行く佐藤の背中を見ながら、ポツリと呟いた。
「天音、また変なのに捕まったな」
「……うん」
「またって何だよ、前にもそんな奴いたのか?」
「……」「…………」
ぷっちょの疑問に、二人は答える事が出来なかった。
⭐︎
巨大なモンスターの軍勢。
それを率いるのは、獅子の頭部を持つ白い人型のモンスター。
そのモンスターは、全てがユニークモンスターと呼ばれる災害のような存在だ。
ダンジョンから這い出て来たユニークモンスター達は、人の世界である地上を蹂躙して行く。
もちろん、人もやられてばかりではない。
大量の兵器を使用して、人類は災害に立ち向かう。それだけでなく、凄腕の探索者達が立ち向かい、災害のようなユニークモンスターを倒して行った。
だが、それでも足りない。
圧倒的に数が足りない。
探索者とほぼ同数のユニークモンスター。
そんな脅威に勝てるはずもなく、栄華を極めた人の世界は滅ぼされて行く。
逃げる力も無い人は絶望し、神に祈る事しか出来ない。
力のある人も、逃げるかモンスターの餌食になる未来しか残されていなかった。
天災たるユニークモンスターの軍勢。
個で立ち向かえる者など存在せず、最後の時を待つしかなかった。
そのはずだった。
黒い閃光が走り、次々とユニークモンスターを蹴散らして行く。
何度も何度も黒い閃光が走り、軍勢だったユニークモンスターも姿を消してしまい、残るは小型のユニークモンスターのみとなった。
激しい戦闘が始まる。
ただでさえ破壊された地上が、更地に変わり破れて崩壊して行く。
「……また未来が変わった」
サクラはそう呟き、目を開く。
最初に見た予知では、多くのユニークモンスターが暴れていても、統率などされていなかった。
探索者が手分けをして、ユニークモンスターの注意を引き付けている間に、天音福斗が圧倒的な力を使い倒していたのだ。
それが、次に見た時はユニークモンスターの数が増え、更に次が、ユニークモンスターの強さが増していた。
そして今回は、ユニークモンスターの軍勢である。
「一体、どうなるというのです……」
サクラは、変わる未来に恐怖する。
予知を見る度に、良くなるどころか悪くなっている。
どうして予知が変わるのか、何故状況が悪くなるのか、その原因が何も分からない。
ただ一つ分かっているのは、天音福斗が参戦しなければ勝ち目は無いという事だけ。
「悩んでいるようだな、また未来が変わったのか?」
「はい、状況は悪化しております」
そう声を掛けて来たのは、サクラの祖母である光海ヨルだ。
サクラの言葉を聞いた光海は、目を閉じると少しの逡巡の後、目を開ける。
その僅かな間に考えて導き出した答えは、一つだけだった。
「はぁ、未来の予知が悪くなっているのなら、いるな、裏切り者が内部に……まったく、何を考えているんだ」
犯人を特定して、どこからの回し者なのか断定しなくてはならない。
これが一般人ならば容易に特定出来るのだが、サクラの予知を覆す者ならば、十中八九探索者だ。それも、どこかの国に雇われている凄腕の。
少しでも、探る素振りを見せたら、即座に逃亡するだろう。捕まえれば、最悪、周囲を巻き込んだ自滅を行う恐れすらある。
光海は孫のサクラを見る。
まず狙うとしたら、予知能力のあるサクラ、次にこの国を救う可能性のある天音福斗。
この二人が、最も狙われる可能性が高い。
しかし、天音福斗には自衛能力があり、近くにはこの国の最高峰の探索者がいる。仮に襲われたとしても、やられる姿がイメージ出来なかった。
ならば、残りの心配は、孫のサクラだけ。
配下の探索者を護衛に付けてはいるが、少々不安が残る。実力もそうだが、サクラを信奉し過ぎており、誤った決断をさせる恐れがあった。
「……いっそ、一緒に居させるか……」
首を傾げるサクラを見ながら、光海は余計な事を思い付いた。
こうして、権力を使ったサクラの転入が決定した。
とりあえずここまで。