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6

 霧の中から現れたのは、スーツ姿の霧隠影実。

 時雨や百々目と同列にいる、日本のトップ探索者の一人である。


「反応が悪いな、お前なら友達を守れたはずだぞ」


 それは、姿が見えない磯部達の事を指しているのだろう。


「やめて下さい、彼らは関係ないでしょう」


「言ったはずだ、正月明けから始めるとな。俺が優しく宣言してやったというのに、こんな弱者と付き合う貴様が悪い」


 霧隠が片手を上げると、霧の中から捕まった四人の姿が現れた。四人とも意識が無いのか、目を閉じてぐったりとしている。


「彼らをどうするんですか?」


「俺の期待に応えられなかったら、一人ずつ殺す」


「……ハッタリだ」


 そう天音が呟いた瞬間に、一人の首が飛んだ。

 それは別のクラスの男子だったが、この探索の中で少しだけ喋った人物だった。


「っ⁉︎ 何をやっているんですか⁉︎」


「貴様は、状況を正しく理解する必要がある」


「ええ、理解してますよ。今、正しく理解した」


 天音は一歩踏み込むと、一気に加速して霧隠に肉薄する。そして魔剣を横薙ぎに振り抜き、その身を斬り裂いた。

 崩れる霧隠。

 しかし、次の瞬間には霧散してしまい、天音の視界は濃い霧で覆われる。


 風で吹き飛ばそうとするが、それよりも早く攻撃が飛んで来る。それは水の弾丸で、天音を攻撃するには余りにも弱い魔法だった。


 流石に腹が立ち、リセット魔法で一帯の魔法を解除する。


 霧が消えて、一瞬で視界が開ける。

 だが、次の瞬間、頭部に衝撃が走り星が散った。


「ぐっ⁉︎」


 頭部に落ちて来たのは大きな石だった。魔力の無い、ただの石。それに、天音は気付けなかった。


 上に視線を走らせると、大量の石が降り注いで来ていた。


 ドドドッ‼︎ と衝撃を走らせながら、地面に突き刺さる多くの石。


「何がしたいんだ⁉︎」


 石は確かに武器になるだろう。だがそれは、普通の人に対しての場合だ。鍛え上げられた探索者に、魔力の宿っていない物でダメージを与えるのはかなり難しい。

 ましてや、石程度では目眩しが精々だ。

 もっと言えば、天音にはそれも通用しない。


 短刀を握り、迫って来た霧隠と剣を交える。

 間近に迫った霧隠の目は、まるで天音を観察しているようで、何がしたいのか余計に分からなくなった。


「やはり反応が悪い、いつもと何が違う?」


 そう首を傾げた霧隠は、ああと何かに気付いたように呟く。


 それから、剣戟の最中、天音の上に水が落とされる。

 攻撃力の無い、ただ水を落としただけの魔法。


 ペタリと髪が顔に張り付いて、天音の視界が遮られる。


「まずっ⁉︎」


 一瞬視界が遮られただけだった。

 しかしそれで、霧隠の蹴りが天音の腹に突き刺さり、体勢を崩してしまう。

 そこに短刀が走り、天音の肉体を薄く切り裂いた。

 本来なら肉まで断つ太刀だったが、苦し紛れに体を捻ったおかげで軽傷で済んだ。


 だがそれは、更にバランスを崩す事に繋がる。


 二度目の蹴りは、正確に天音の側頭部を捉えており、激しく蹴り飛ばされてしまった。




「弱い」


 蹴りを振り抜いた体勢で止まる霧隠。

 本来の天音が、この程度でない事を知っている。そうでなければ、あの会場で攻撃を防げるはずがなかった。その程度の奴が、百々目の試練を越えられるはずがなかった。


 そして何より、あの時より迫力が違っていた。


「その髪型が、日常生活を送る為のトリガーか……」


 立ち上がった天音は、邪魔な髪をオールバックにしていた。

 先程までのパッとしない姿から、研ぎ澄まされた刃のような印象に変わる。


「……神坂、福斗?」


 どこからかそんな声が聞こえる。


 だが、その声に何の価値もなく、天音と霧隠はお互いしか意識になかった。


 戦いは更に激しくなる。



⭐︎



 佐藤が探索者をやり始めたのは、SNSに流れている英雄達の姿を見たからだ。


 ダンジョンが近くにあるというのもあり、元々探索者という存在を身近に感じていた。強い力を持った人がいて、人助けも犯罪も起こすという、それだけの印象だった。

 ただどちらかと言えば、犯罪に関しては大きく報道されるので、怖いというイメージを持っていた。


 そんな印象を壊したのが、神坂福斗という存在だった。


 自分達よりも少し年上の人物が、ユニークモンスターを討伐して、この街を救ってくれた。


 かっこいいと思った。

 そして、自分もああなりたいと思った。


 元々サッカー部で、運動神経も良かった佐藤は、探索者を目指しているという磯部達に声を掛ける。


「俺も探索者になりたいから連れて行ってくれ」


 仲間を募集していた磯部は、快く受け入れてくれた。


 それから、武器の扱い方を教えてもらい、初心者用の装備をギルドに借りて探索に挑んだ。

 正直、順調だった。

 個人ではまだまだな戦闘も、パーティとしてはモンスターの注意を引き付け、持ち前の運動神経で避け続けるヘイト役として活躍した。


 本当は正面から立ち向かって、圧倒する探索者に憧れていたが、まだ駆け出しの自分では無理なのも理解していた。


 年末が来て、新年を迎える。

 初詣で、嫉妬からパッとしない男子を探索に誘い、磯部や古城がいる場所に戻ると、息を呑んだ。


 理由は、着物姿の榊原レナがいたからだ。


 高校では、他の女子よりも飛び抜けた美貌を持っており、成績も良く、運動神経も抜群という高スペックな存在だった。

 その榊原が、楽しそうに古城達と話していた。


「へぇー、天音君がいたんだ……どうだった? なんて言われたの?」


「何でもないよ、本当に何にも言われてないから!」


 そんな会話をして盛り上がっていた。

 話しの内容が、あのパッとしない男というのもあり、かなりイラついてしまう。

 それでも、今度の探索で分からせてやると思えば、イラつきも抑えられる。

 それに、その後に出て来る名前を聞いて、驚きの方が優ってしまった。


「レナちゃんこそ、福斗さんとはどうなったの? クリスマス、一緒に過ごしたんでしょ?」


「ふふっ、内緒」


 何それズルい! と抗議の声を上げる古城。

 その和気藹々とした様子を見ながら、佐藤は榊原に近付いて行く。


「あっ、あのさ、ちょっといいか?」


「えっと……誰?」


「俺、佐藤って言うんだけど、さっき福斗って名前出たけど、もしかして神坂福斗のことか?」


 警戒した榊原に尋ねるが、訝しんだ表情をされてしまう。

 こういう反応をされると、何かおかしな事を言っただろうかと心配になる。だが、その心配は杞憂で、男子の方から答えが返って来る。


「佐藤は知らないのか? 榊原さんは、神坂福斗の弟子なんだぞ」


「マジか⁉︎」


 驚きだった。

 それよりも、周知の事実のように話しているのにも驚いた。

「みんな知っていたのか?」と問い掛けると、知らない奴がいるというのに驚かれてしまった。どうやら、佐藤だけが知らなかったようだ。


 しかし、これはチャンスだ。

 神坂福斗とお近づきになるチャンスだ。


「なっなあ榊原さん、俺に神坂福斗さん紹介してくれないか? 俺、あの人のファンなんだ。探索者を目指したのも、神坂さんに憧れてなんだよ」


 熱い思いをさかに告げる。

 しかし、返って来た返答は、期待していた物ではなかった。


「……悪いけど、福斗さんには会わせられないわ」


「ど、どうして⁉︎」


「彼、そういうのが嫌いなのよ。群れるのが嫌いっていうの。認めた人しか、近付けない。そういう孤高の存在なの。だから、私から紹介するなんて事は出来ないわ」


「何それ、かっこいい‼︎」


 榊原の言葉は、もちろん嘘である。

 しかしそれも、人との付き合いを、面倒くさいと思っていそうな師匠を思っての言葉である。

 しかし、その嘘が裏目に出てしまった。

 その孤高なる存在が、佐藤の心に深く突き刺さってしまったのだ。


 初詣が終わるまで、榊原に神坂福斗の話しを聞こうとして、かなりウザがられたが、「あの人の彼女なら、好きな物とか知っているんだよな?」と聞くと、「当然でしょ! 福斗さんはねぇ……」といろいろと話してくれた。


 そんな正月を終えて、三が日も終わり、そして今日である。


 見下していた男子が、髪をオールバックにして、その雰囲気を一変させた。


「……神坂……福斗?」


 憧れの人がそこにはいた。


 突然起こった出来事に頭が追い付いていかないが、それだけは理解出来た。


 戦いが激しさを増して行く。

 とても目で追える物ではなく、ただそこに起こった結果だけを見る。


 霧が立ち込めて視界を遮り、それを吹き飛ばして地面が捲れ、木々が倒れて行く。

 そこに居たであろうモンスター達は、二人の化け物の戦いに巻き込まれないようにと逃げてしまっている。


 竜巻が巻き起こり、黒炎が上がる。

 それはまるでこの終わりかのような光景で、佐藤はただ見ている事しか出来なかった。


 暫くすると、辺りが静まり返る。


「……はっ⁉︎ どっ、どうなったんだ?」


 見回してみても周囲には戦いの惨状と、気を失った四人の仲間が居るだけ。

 いや、こちらにやって来る人影があった。


 ボロボロのジャージに折れた剣、所々に付着した血が、相手の強さを物語っていた。


 やがてその人物は佐藤の前に立ち、冷たい目で告げる。


「佐藤君、君にお願いがあるんだ」


 それは有無を言わせぬ命令だった。

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― 新着の感想 ―
「気づかれない」というのは面白い話だった。 高倉・ぷっちょコンビも癒し。 ただし佐藤、お前は邪魔だ。 次の展開が楽しみです。
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