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明けましておめでとうございます!!
はぁ、と息を吐き出すと、白いモヤが空中に溶けて消えて行く。
「今日は一段と冷えるな」
寒ぶ寒ぶと、ポケットに入れているホッカイロを握る。
ホッカイロは、先程開けたばかりなので、とても暖かくて良い感じだ。
今、天音がいるのはギルドの前である。
ここで、磯部達が来るのを待っている。約束の時間まであと五分もあり、寒い時間をここで待つ必要があった。
いつもなら、中に入って待つ事が出来るのだが、ギルドは明日までお休みである。
魔法で暖を取るのも可能だけれど、それを見られて何か言われるのも面倒なので我慢しておく。
「早く来ないかな」
今の天音の服装は、ジャージの上に昔使っていた軽装の装備を身に付けており、更にその上にダウンジャケットを羽織っている。靴もランニングシューズを履いており、いつものブーツではない。
動き易さ重視の装備なので、自然とこうなってしまう。
武器は、先日確保した魔剣を布でぐるぐる巻きにして、近くの壁に立て掛けている。
本日限りの付き合いになるけど、まあよろしくと視線を送ってみたりする。
寒空の下で待っていると、ようやく待ち人がやって来た。
人数は五名で、今回は全員男子のようだった。
ただ、引率の探索者の姿が見えず、どうしたんだろうかと訝しむ。
「よう、待たせたな」
そう磯部が手を上げながらやって来る。
時間はぴったりなので、別に文句は無い。
「おはようございます。あの、もしかして引率の探索者っていないの?」
手早く挨拶を済ませると、心配になった事を聞いてみる。
「ああ、15階までしか行かないからな。兄貴がいなくても問題は無いさ」
「ええー……」
「なんだ、怖いのか?」
「怖いっていうか、いざという時、どうするのかなって思って……」
「安心しろって、俺達、結構ダンジョン行っているから、15階までなら何回も行っているからな」
行ってるのか。
去年、あれだけ危険な目に遭ったのに、何度もダンジョンを潜っているというのに驚いた。
これが、バカの成せる技なのか、才能があるからなのかは、天音には判断が付かなかった。
これ以上、ここで話しても意味が無いと、ダンジョンに移動する。
巨大な塔のダンジョンの中は暖かくて、ダウンジャケットが無くても大丈夫な暖かさを保っていた。
リュックの中に防寒着を仕舞い、それぞれの装備が顕になる。
分かってはいた。
天音の装備が、余りにもふざけているのは分かっていた。
「お前っ⁉︎ ジャージはないだろう! そんなのでモンスターに襲われたらどうすんだ⁉︎」
天音以外は、インナーから丈夫な物を着用しており、その上にはそれなりの装備を身に付けていた。
はっきり言って、駆け出し以下の格好は、天音のみだった。
「ごめん、急な誘いだったから、装備を揃えられなかった」
これは、本当に仕方なかった。
武器は調達出来ても、防具を販売している商店が明日まで閉まっており、用意出来なかったのだ。あるのは、普段使っている装備だけ。あんな物見せたら、一目で天音が神坂福斗だとバレてしまう。
まあそれでも、ジャージは酷いというのは事実だが。
「まっ、急に誘ったのは俺達だしな、文句は言えないか」
そう納得した磯部は茂木達に声を掛けて、中央にあるポータルに乗り1階から上を目指して行動する。
その上で重要なのは、役割と隊列だ。
磯部達のパーティの先頭は、決まって茂木だった。
体格も良くて、力もある。盾を装備しており、モンスターの奇襲があっても、即座に対応出来るだけの能力を持っていた。
だから今回も、その予定だったのだろうが、佐藤からある提案がされる。
「天音が先頭の方が良いんじゃないか?」
「え?」
急な提案に困惑する。
「そうだな……天音、先頭を頼めるか? もしモンスターが現れたら、俺達が動くから」
「……分かった」
磯部からの提案に、少し考えてから頷く。
このパーティで無事に帰還するのなら、自分が先頭の方が良いと判断したのである。
林というには木が少なく、草原と呼ぶには障害物の多い、そんなフィールドが1階から10階まで続いている。
現れるモンスターも大して強くはなく、磯部達でも余裕で対処可能なレベルだった。
11階からは木々が増えて、視界も遮られて難易度が増す。
モンスターもまだまだ弱いが、油断していると奇襲を受けてしまい、怪我ではすまないだろう。
1階と2階は、モンスターとエンカウントせずに進んだ。
3階と4階では、モンスターを天音が睨むと、恐れて逃げてしまった。
「……なんか、モンスター見かけないな」
「天音よぉ、運が悪いな。モンスターと戦いたくてうずうずしてんだろ?」
「いや、別に」
いつの間にか佐藤が天音の後ろに付いており、ぷっちょに似た嫌味な笑みを浮かべていた。
ただ違うのは、ぷっちょはあくまでも冗談で、佐藤の場合は悪意を持ってという点だろう。
「佐藤君は戦いたいの?」
「俺が? 戦いたいに決まってるじゃん。天音だって、その剣の腕前を披露したいんだろ?」
「剣の腕前? ああ、これは貰い物なんだ。使うのは今回が初めてだよ」
天音が持っている剣は、見た目から普通でない。
刀身が光沢の無い鉛色で、中央に幾何学模様が刻まれている。身に付けている装備との差が、余りにもあり過ぎる代物だった。
「貰い物って……家族に探索者がいるのかよ?」
「うん、叔母さんだけど、探索者やってる」
「叔母さんって、結構な歳だろう? 今もやってんのか?」
「今も現役だね」
「いい歳して探索者やってんのかよ、結婚してないだろ絶対! 恥ずかしくないのか?」
「ああ……まあそうかなぁ……」
そういう事は、本人の前で言ってほしい。
きっと瞬殺されるから。
適当に佐藤の言葉を流しつつ、先を進む。
前進していても、警戒感の無い佐藤から話し掛けられる。
そのほとんどは無視する。
内容が、嫌味な物ばかりだったからだ。
もしかして、モンスターと戦えなくてイライラしているのかも知れない。
なので、この先にモンスターがいるのを教えてあげる。
「佐藤君」
「なんだよ」
「この先の岩陰にモンスターがいるんだけど、戦って来たら?」
「はぁ⁉︎ お前が戦えよ!」
「いや、さっき戦いたいって言ってたから……」
そう聞くと、他の面々も頷いて同意してくれた。
この反応に引けなくなった佐藤は、チッと舌打ちをして剣を手に向かって行った。
「悪いな、どうにも今日の佐藤は、気が立っているみたいだ」
磯部は、いつもはこうじゃないと言いたいのだろうが、天音の佐藤に対する印象は最悪である。
殺す、とまではいかなくても、目の前で死にそうになっていたら見捨てるくらいには嫌いになっていた。
「なあ、あそこにモンスターがいるってのは本当なのか?」
「うん、噛み切りバッタが三匹くらい居るよ」
「おい、それってやばくないか?」
天音の言葉を聞いて、茂木が焦り出す。
どうかしたのだろうかと聞こうとすると、佐藤から悲鳴が上がった。
「うわーーーっ⁉︎⁉︎」
何が起こった⁉︎ とまた視線を向けると、一匹の噛み切りバッタが佐藤の剣に串刺しになっており、他の二匹が佐藤に噛み付いていた。
「ええー……」
あれだけ意気込んでいたのに、どうして負けているんだ。
呆れて何も言えなくなった天音は、即座に動き出す。
磯部や茂木達も駆け付けようとしていたが、それだと佐藤はダメージを負うだろう。
死にはしないから、任せても良かったのだけれど、モンスターの場所に行かせたのが天音なので、責任を感じて行動した。
天音は誰よりも速く駆け、魔剣を操り佐藤に噛み付いた噛み切りバッタを瞬殺した。
「やっぱり強いんだな」
そう感心しているのは茂木だ。
天音の動きに驚愕して、そして納得もした。
何もしていない奴が、探索者崩れとはいえ、力のある上級生を倒せるはずがない。その理由を、今しっかりと見て理解した。
「天音は、誰かに指導してもらっているのか?」
「うん、叔母さんに探索者のノウハウは叩き込まれたよ」
あれは叩き込まれたどころか、死を連想させるレベルだったが、それは話しても意味はないだろう。
「その人は凄い人なのか?」
「凄い……うん、凄く凄い人「おい! モンスターが三匹もいるなら、先に言え!」……」
天音に被せるように、佐藤が喚き散らす。
「三匹も相手に出来る訳ないだろう! 俺はまだ二回目の探索なんだぞ!」
「……佐藤君」
「なっ、なんだよ……」
天音は佐藤に近付き、忠告する。
「ダンジョンは遊び場じゃないんだよ。モンスターの数も経験も関係ない、弱ければ死ぬんだ。中途半端な思いでここにいるのなら、今すぐ帰るべきだ」
「なに、を……」
何か言おうとするが、佐藤は髪の中から見える鋭い目に恐れて何も言い返せなかった。
圧倒的な強者。
天音の見た目は、クラスの底辺にいそうな奴だが、その身には、余りにも危険な力が宿っていた。
それを発露されると、一般人である佐藤では、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまう。
「まあまあ、佐藤もこれから気を付けろよ。後で俺からも言っておくから、天音もここは抑えてくれ」
磯部が間に入り、取り持つように動いた。
このパーティのリーダーは磯部だ。
リーダーが言うのなら、天音は黙って引く。
ここで、無用な争いを起こすつもりもないし、リーダーの意見には従うつもりでいた。
佐藤はぶつぶつと何か呟いていたが、それも相手にするだけ無駄な内容だったので無視しておく。
それからも探索は続いて行われ、順調に進んで行った。
11階以降もペースは変わらなかった。
このまま、何事もなく15階まで行けるのだろう。
そう思っていた。
異変が起きたのは、15階に到着して直ぐだった。
「みんな止まって」
何かがおかしくて停止させる。
「なんだ、何かあったのか?」
磯部がそう問い掛けて来るが、何がとは言えなかった。ただ違和感を感じて、勘が天音に危険だと知らせて来る。
これまでの経験で、この感覚に裏切られた事は無い。
「一旦戻ろう、何かが変だっ⁉︎」
そう呟いた瞬間に霧が立ち込める。
天音は磯部達を守るように即座に動き、風の魔法を発動させる。
しかし、それも遅かった。
磯部達の周囲に魔法を発動しようと振り返ると、そこには佐藤を取り込もうとする濃い霧があった。
「ちっ⁉︎」
風の魔法で、佐藤を捕らえている霧を吹き飛ばす。解放された佐藤を掴み、大きく跳び霧から距離を取る。
着地して様子を見ると、他の人達の姿は見えない。
恐らく、あの一瞬で捕えられたのだろう。
「ごほっ! ごほっ! おっ、おい! あれは何だ⁉︎」
「……ごめん、巻き込んだかも」
「はあ?」
佐藤の間抜けな声を聞きながら、霧の中から現れた存在を警戒する。
「よりにもよって、このタイミングって……勘弁して下さいよ……」
天音はそう悪態を吐きながら、魔剣を構えた。