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「くそっ、なんで俺が停学なんだよ! 先に挑発してきたのはあいつらだろうが!」
近くにある塀を蹴り付け、怒りのままに怒鳴る男子。
天音と同じ制服を着ており、まだ学生だと分かる。
彼の名は荒々井誠という。
荒々井は先日、高校の学食で暴れてしまい、同級生に怪我を負わせた罪で停学処分を受けていた。
暴れた理由は、同級生から揶揄われたのが原因だった。その内容も、下級生の女子にフラれたのをネタにされており、プライドの高い荒々井はそれが我慢出来ずに暴れたのである。
彼方も最初は好戦的だったが、一撃で一人がのされてしまうと、低姿勢で謝り出したのである。それが余計に気に入らなかった荒々井は、周囲の制止を無視して殴り倒した。
それだけなら注意されて終わった可能性もあったのだが、荒々井が探索者をやっているというのも判明してしまい、事態が悪化したのだ。
「なんで申請してなかったからって、俺が一方的に悪くなんだよ!」
そう、荒々井はある目的の為に、最近探索者を始めていた。
それを学校側に申請していなかったせいで、身体能力が勝る荒々井が悪くなってしまったのである。
相手が三人で運動部に所属していると訴えても駄目で、警察沙汰にしたくなければ停学処分を受け入れろと言って来たのだ。
「くそっ! 榊原にフラれてから碌な事がない! 全部あいつのせいだ!」
荒々井は以前、榊原レナに告白して盛大にフラれていた。
これまでイケメンで通っていた荒々井は、女性にフラれた経験が無かった。だから軽い気持ちで声を掛けたのだが、こっぴどくフラれてしまったのだ。
『先輩の噂は聞いてます。かなり最低な女誑しらしいじゃないですか。先輩に捨てられた女子が何人も高校を辞めているらしいですし、何も知らない下級生に手を出そうとしないでもらえます?あと、顔だけの男が私に話しかけるな』
これを大勢の前でやられてしまい、かなりの恥をかかされたのである。
言い返そうにも事実を告げられているだけであり、逃げる事しか出来なかったのだ。
仕返しがしたい、恥をかかされた分の仕返しがしたい。そう思い悪い噂を流したりしたが、榊原は周囲に興味が無いようでまったく気にしていなかった。
これで少しでも悔しい顔を見せてくれたら、荒々井自身の心は治っていたかも知れない。
気にしていないと知った荒々井は次の行動に移る。
探索者になり、直接的に榊原を追い詰める力を欲したのである。
無駄に行動力があるだけに、探索者として活動を始めたのだ。
約二ヶ月間ダンジョンに挑戦し続けて、20階でワイルドボアと戦えるまでになっていた。まだオークには勝てないが、それでも一般人よりよほど強い力を手に入れていた。
荒々井はクズであるが、努力が出来るクズだった。
「これだけ強くなれば、榊原を好き放題出来るだろう」その最低な思考を持ち、そろそろ実行しようかと考えていた時に事件を起こしてしまったのだ。
停学期間は三週間で決まった。
本来なら無期停学からの自主退学コースだっただろうが、相手が揶揄っていたのを周囲も見ていたので、首の皮一枚で繋がった状態だ。
停学中は、家にいて学校側からの連絡に対応しなければならない。幸運なのは両親が共働きで、夜も遅くに帰って来ることで、連絡が終われば外出してもバレない。
毎日家にいて暇な荒々井は、ストレス解消も含めてダンジョンに向かう。
今のうちに鍛えておいて、バカにして来る奴らを倒せるくらいの力が欲しかった。それは同級生も上級生も、そして教師も含まれていた。
何より今は、全ての原因である榊原を滅茶苦茶にするのが最優先だった。
「あれは、榊原か? 一緒にいるのは誰だ?」
ダンジョンに到着すると、男とダンジョンに入って行く榊原を見つけてしまった。
当たり前だが、どちらも探索者の格好をしており、装備もかなり良い物を使っているように見えた。
それが余計に荒々井を苛立たせた。
「こっちは自分で金出してんのに、どうせあいつらは親に出してもらったんだろ。ちっ、気に入らないな」
因みに荒々井の言う自分でというのは、これまでのお年玉だったり、親の財布からくすねた金である。決して自分で働いて稼いだ金ではない。
気が付けば二人の後を追っていた。
武器の短剣をいつでも抜けるようにしておき、いつでも奇襲を掛けられるように準備しておく。
残念ながら、荒々井の身体強化の技術はそこまでではない。経験が浅いのもあるが、完全に独学でやっているので効率が悪くなっているのである。
それでも、二人をやれると思うのには根拠があった。
「ステータス平均70の俺が、負けるはずがない」
そう、ここ数年で個人の潜在能力を数値化して調べられる道具が完成しており、それで調べた所かなりの好結果を出したのである。
だから過信していた。
短期間で20階まで行けたのも、誤解させる要因の一つだったのだろう。
ダンジョン10階程度で戦っている奴なんて大したことないと、勘違いしてしまったのだ。
背後から奇襲を掛けると同時に、荒々井の意識はどこか遠くへと飛んで行った。
◯
「この人って知り合い?」
ダンジョン10階で榊原にモンスターと戦わせていたら、よく知らない人が襲って来た。
「えっと、たしか高校の先輩です。名前は確か荒井だったか荒田だったと思います」
自信無さげな反応に不安を覚える。
名前の確証を得ようと、ポケットを探るとギルドカードが出て来た。
「荒々井誠……この人か」
「そうです! 荒々井先輩です! 高校では評判の悪い先輩なんですよ」
荒々井の噂は幾つも聞いている。
同級生を妊娠させて高校を退学させたとか、親が金を払って揉み消したとか、女子を6マタして面倒になって全員捨てたとか、荒々井に惚れた女子にお金を稼がせていた等、かなりのゲスエピソードが天音の耳にも届いていた。
この話がどこまで本当なのか分からなかったので、天音は関心が無かった。というより、他人の色恋にとことん興味が無いので、周りに被害が及ばない限りはどうでも良かった。
ただ今回は、あからさまに榊原を狙っていた。
その途中にいる天音も排除しようとはしていたが、あくまでもついでで、標的は榊原だった。
そこら辺の話を聞きたい所だが、割と強めに殴ってしまい顎が砕けている上、意識が戻る気配が無い。
気付のポーションもあるにはあるが、この男に使うのは勿体無い気がして嫌だった。
「どうします、これ?」
荒々井をこれ呼ばわりする榊原は、まるでゴミを見ているかのような目で荒々井を見ており、かなり嫌っている様子だ。
「とりあえず、ギルドに報告しておこう。尋問はそっちに任せるよ」
一旦訓練を中断して、荒々井をギルドに引き渡す。
その際に、どうして殴り飛ばしたのかも経緯を説明しておかないといけないので、それなりに時間が取られてしまった。
「残り時間少ないし、今日は模擬戦だけやって終わろうか」
「くっ! あの顔だけの男が憎い……」
そう言いながらも、榊原は腰に携えた剣を引き抜く。
その姿はなかなか様になっており、最初の頃に比べるとかなり成長していた。
それに対して天音は、片手で鉄の棒を持ち応じる。
残念ながら、今の榊原に天音に武器を持たせるだけの力は無い。榊原もそれは理解しているので、納得しているのだが、
「絶対に武器を使わせる!」
少しくらいムカつくくらいは許されるだろう。
身体強化した榊原の動きは素早く、一気に天音との距離を詰める。
そして間合いに入った瞬間に剣を振り下ろすが、鉄の棒が添えられて、あっさりと軌道を変える。
それだけで諦めるはずもなく、フッと短く息を吐くと横薙ぎに振り抜いた。
しかしそれも天音に当たるはずもなく、鉄の棒で軌道を変更させられたのだ。
圧倒的な技量差。
身体強化を使っている榊原に対して、天音は使っていない。
天音の体は大柄ではなく、身長も榊原より少し高い程度で同年代の男子とさほど変わらない。なのに、身体強化を使っても天音には届かない。
キンキンと連続した金属音が鳴り響き、戦闘音を警戒したモンスターが離れて行く。
常に榊原の間合いに入り、攻撃をさせていく。
剣を誘導する方向も、次に動かし易い方向にしている。構えが甘くなり、あまりにも大きな隙があるようなら、鉄の棒で少しだけ小突き構えを修正していく。
身体強化は最初は良いのだが、一分もすると維持出来なくなっており瞬間瞬間で発動するだけになる。これは仕方ない、まだ使い始めて一月も経っていないのだ。
天音の場合は容赦なくぶちのめされたが、女子である榊原には流石の天音でも出来なかった。
この訓練は、天音も時雨にやられた方法だ。
というより、時雨に教えてもらった以外の教え方を知らない。
だから、これが異常な訓練方法だったとしても、それを教えてくれる人は居ない。
約十分の模擬戦という名の指導を行うと、榊原の限界が見えて来た。
「ふっふっ、やあー!」
最後は身体強化も乗っており、これまでで一番の一振りだった。
しかしそれもあっさりと絡め取られ、剣が手を離れて宙を舞った。
魔力が霧散して榊原は地面に腰を落とした。
「駄目だったー」
はあはあと息が荒く、残念そうに仰ぐ榊原。
「最後のは良かったよ、オーク相手にも通用しそうだった」
「それでもオークですか〜、先は長そうだなぁ」
ぐでっとなる榊原に、天音はここらで最終目標を決めようと質問をする。
「……榊原さんは、探索者になって何を目指しているの」
「え?」
「僕が見てきた中で、女子で探索者になろうとする人は君が初めてだった。付き合いや、遊びでとかで始める人はいても、率先して探索者になろうとしているのは君だけだ。その目的ってなに?」
この質問をすると、榊原はもじもじとし始めた。何か恥ずかしいのか、言うのを躊躇っている様子である。
「もしかして、聞いちゃいけなかった?」
「いえ⁉︎ そんな事はないです。けど……笑いませんか?」
「? 人の目標を笑うような真似はしないよ。榊原さんはこれだけ一生懸命にやっているんだから、どんな理由でも笑わない」
そう真剣な眼差しで告げると、榊原は「じゃあ……」と目的を話始めた。
◯
それは小学生の頃だった。
両親とも仕事をしており、家に帰って来ない中を幼稚園児の妹と一緒に過ごしていた。
そんなある日、妹が両親がなかなか帰って来ないのを不安に思って泣き出したのだ。
どうして良いか分からず、抱っこしたりあやしたり、ジュース飲んだりお菓子食べたりしても泣き止まず、どうしたら良いのか分からなかった。
苦し紛れにテレビを付けて、チャンネルを変えていくとある番組で手が止まってしまう。
可愛い女の子に派手な演出、激しい戦いに友情、勇気、愛、希望といったテーマを盛り込んだ素晴らしい物語。
所謂、少女向け特撮番組に見入ってしまったのだ。
隣で泣く妹を膝の上に乗せて、一緒に見る。
いやいや言っている妹を足でロックして、ジュースを飲ませながら一緒に見る。
姉のレナと一緒に見るのが嫌で、やがて妹は泣くのをやめてしまった。
◯
「その番組でアクションを担当していたのが探索者だったらしくて、私もあんな風になりたいなって思って……今こうしてます」
「……うん、妹さん大丈夫だった?」
トラウマになってないか、凄く心配になった。