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「さあさあ! 飲んでください、飲んでください! 娘の命の恩人が、何を遠慮しますか!」
今現在、榊原のお家が貸し切っているホテルの一室で、宴会が行われている。
総勢五十名を越えており、かなりの親戚の数である。
料理もオードブル形式ではあるが、かなり豪勢な内容になっていた。
大人達は昼間っからビールを飲んでおり、子供達は隅っこの方でゲームをしているか、走り回っている。
そして、全くの無関係の天音は、榊原の父親にビールを注がれていた。
「いえ、僕は飲めないので、すみません」
未成年に、何飲ませようとしたんだと言いたくなったけど、「お酒を飲まないのは、最近の子あるあるですなぁ」と勝手に解釈してくれたので、それ以上何も言わなかった。
というより、それどころではなかった。
「ちょっと、良い男じゃない! テレビで見たけど、実物はもっとかっこいいわねぇ」
「おばちゃんと一緒に写真撮りましょうよ」
「あら、それならみんなで撮りましょうよ」
「はーい、写真撮りたい人集まってー!」
おばちゃん達から、勝手に集合写真を撮られたり、
「兄ちゃん、あんたテレビで見たよ。うん、なんか、凄いことやったんだってな」
「あに言ってんだ! 俺達の命の恩人だぞぉ! 救われたのはレナちゃんだけじゃないんだよぉ!」
「これ食べな、酒は飲めなくても寿司は食えるだろう」
「今何歳だよ? え、十六歳? それはレナちゃんの年齢だろう、あんたみたいな迫力のある十六歳がいるわきゃねーだろう」
「おまっ! 知らねーのか⁉︎ 神坂さんは二十歳なんだよ、テレビでやってただろうが!」
などと、酔っ払い達に絡まれていた。
「ごめんなさい……みんな、福斗さんに会いたいって言ってたけど、こんなに強引だとは思わなくて……」
そう榊原は申し訳なさそうにしているが、表情はどこか嬉しそうだった。
この集まりに参加しているのは、榊原に騙されてとか、無理を言われてとかではない。
だからといって、天音が快く引き受けたわけでもない。
ただ流れで、ここまで来てしまったのである。
そもそも榊原と会ったのも、新年の挨拶を直接したかったという要望を聞いたからだ。
それは、会って一時間も経たずに終わった。
榊原も、昼から親戚の集まりに行かないといけないと言うので、そのまま別れようとした。
だけどそこに、榊原の親戚のおばさんが通り掛かり、「あんたも来なさんな〜」と誘われたのである。
いやいや、流石にそれは駄目でしょうと断ったのだが、「じゃあ、ご飯食べて行きなさいな」と執拗に言ってくるので、最後は折れて「そこまで言うなら……」と天音は頷いてしまったのである。
そこから、これである。
ホテルのロビーで少し待っててね、と言って姿をくらましたおばさん。
それを榊原と雑談しながら待っていると、宴会が始まったのである。
最初、何が起こったのか分からなかった。
準備出来たからと会場に連れて来られたら、まあまあ座りなさいと着席させられて、乾杯が始まったのだ。
これはもう仕方ないと諦めて、このワイワイとした空気を楽しんでいた。
天音自身、こういう集まりは嫌いではない。
自分の親戚に碌でもないのが多かったというのもあり、こういう騒がしくも和やかな集まりに憧れがあった。
「良い家族だね」
榊原の家族は、その多少強引な気質は似ているけれど、皆同じように暖かかった。
「そうですか? うるさいだけのような気がしますけど……」
これは、一度失わないと分からない感覚なのかも知れない。
きっと、この思いを知らない榊原は幸せなのだろう。そんな幸せな空間に連れて来てくれて、天音は心から感謝した。
「榊原さん、ありがとう」
どうして感謝されたのか分からないのか、榊原は首を傾げていた。
それがおかしくて、少しだけ笑ってしまった。
その笑い声に、会場が静まる。
ほとんど無表情だった天音が、笑みを浮かべたのに驚いたのだ。
それに気を良くしたのか、皆がまた騒ぎ出す。
騒ぐ中で、中学生くらいの女の子が近付いて来た。
その子は、榊原を柔らかくしたような雰囲気を持っており、姉妹だと一目で分かるくらいに似ていた。
「ねえねえ、お姉ちゃんとはどこまで行ったの?」
思った通り、姉妹のようだ。
「ナオッ! 福斗さんに変な事聞くな!」
「お姉ちゃんには聞いてませーん。それで、どうなの?」
ナオと呼ばれた榊原レナの妹は、悪戯っ子のように笑みを浮かべて、天音の腕を掴んだ。
この子、距離が近いなぁと思いながら、素直に答える。
「自慢の弟子だよ、それに尊敬出来る女性だね」
と素直に思っている事を答えたのだが、それが面白くなかったのか、「そうじゃなくて〜」と唇を尖らせていた。
でも、ナオとの会話もそこまでで、榊原が妹の首根っこを引っ張って連れて行ってしまった。
これが、この姉妹の日常なのだろう。
榊原パパに飲めないビールを勧められながら、天音はこの場を楽しんでいた。
⭐︎
ホテルを出ると、外は一段と寒くなっており雪がシンシンと降っていた。
「これは積もるかな」
スマホを取り出して、時雨から連絡がないか確認する。
だけど、そこには何もなくて、メッセージもいまだに既読が付いていない。
何か、トラブルに巻き込まれているのだろうかと心配なる。だけど、時雨が解決出来ないというイメージが出来なかったので、この心配も無用だなと思い直す。
明日は、磯部や茂木達とダンジョンに潜らないといけない。
彼らは天音の正体に気付いてないし、ただ戦力になると思って勧誘しただけだ。若干一名、悪意があるにはあるが、それも天音からしたら簡単に踏み潰せる程度の物でしかない。
だから、何事もなく終わらせるつもりだった。
もっと、自身の状況を考えるべきだった。
もっと、慎重になるべきだった。
ただ、回避出来る物でもなかった。
これは、それだけの話だった。
良いお年を!