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多くの人で溢れ返る神社。
元日から三日が過ぎているが、地元で一番大きな神社というのもあり大変盛況のようである。
いつもなら、人混みを嫌って日をずらして神社に訪れるのだが、今年はどうなるか分からないので、早めに参拝に来ていた。
「人多いな……」
人の流れに身を任せて、天音は境内を目指して進んで行く。
道の端には屋台が並んでおり、掲示されているお値段が千円近くしている。
普段なら絶対に手を出さないのだが、こういう雰囲気だからか、チープな食べ物に手を伸ばしそうになる。
だけど、こういうのは一人で買うのではなくて、みんなで
わいわいとやりながら食べたい。だから、今一人で行動している天音には、少しばかりハードルが高かった。
周りに流されて、柄杓で手を洗い口を洗い、柄杓の柄を洗ってハンカチで手を拭く。
それからお賽銭を投げて、一礼二拍手、手を合わせて、何事もなく無事に「榊原さんがあの男と別れますように」ますように……。
背後を見る。
「……ぷっちょ、高倉君」
そこには、高校の友人がいた。
「よっ天音、相変わらず辛気臭いな」と宣うのがぷっちょで、「明けましておめでとう、今年も宜しくお願いします」と挨拶をしてくれるのが高倉君である。
「高倉君、明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします」
とりあえず高倉君にだけ、挨拶をしてこの場から移動する。
「おい! 俺には無しかよ⁉︎」とぷっちょが新年早々、ぷっちょをしていた。
初詣も終わり、三人で移動する。
さっき断念した屋台も、三人なら飛び越えられるハードルである。
食欲をそそる焼きそばと大きな焼き鳥を食べて、あとは適当に買って食べ歩いて楽しんだ。
「二人はもう帰って来たの? 確か海外と東京に行ってたんだよね?」
「おう、昨日帰って来たぜ」
「同じく。せっかくだから初詣にと思ったら、そこでぷっちょとばったり。それで、天音と合流だな。天音はどこにも行かなかったのか?」
「うん、今年は忙しいみたいだから、ずっとここにいるね」
叔母である時雨とは、いまだに連絡が取れていない。
心配する必要ないだろうが、唯一の身内なのだ。少しくらい気になるのは仕方ないだろう。
それから座って話そうとなり、早速ぷっちょがいらん話題を持ち出した。
「なあ、知ってるか? 榊原さんの彼氏、実は人妻と不倫してたんだってさ」
「また適当な事言って、怒られても知らないぞ」
「……」
悪い笑みを浮かべたぷっちょを、高倉君が注意してくれる。だけど、そんな物ではぷっちょは止まらない。
「適当じゃねーよ、ちゃんと話は聞いているんだよ。年末にな、ギルドで不倫相手の旦那が、榊原さんの彼氏に襲い掛かったんだとよ」
「本当に?」
「……」
そっか、僕の知らない所で、そんな事件が起こってたんだなぁ、と天音は遠い目をした。
それこそあのイベントがあった次の日、どこでどう話が膨らんだのか、榊原から鬼のようにメッセージが届いていた。
福斗さん、何かの間違いですよね?
年上好きなんて一言も言っていなかったじゃないですか。
しかも人妻って本当ですか?
あのクリスマスの日に、言ってくれた言葉は嘘だったんですか?
どうしてメッセージを返してくれないんですか?
会ってお話し出来ませんか?
この前、美味しいパンケーキ屋さん見つけたんですよ。
ねえ……どうして返事くれないんですか?
というのが、夜中の三時くらいから朝方まで続いていた。
本気で返信するか迷ってしまった。
ただ、年上の人妻好きというのだけは、絶対に訂正しておきたかった。
そうしないと、己の尊厳が失われる気がしたから。
「なっ、あの男はそういうやつなんだよ! 天音、チャンスだぞ。これで、榊原さんをものに出来るぞ! 何だったら、あのスカしたイケメン野郎の悪評を広めてやるぜ」
「やめて。そんな事しなくていいから、大人しくしといて」
ぷっちょは応援したいのか、貶めたいのか分からない発言をするので、余計なことすんなと止めておく。
悪評を広められたら嫌な気持ちになるし、悪い結果にしかならない。ましてや広めたのが友人だったりしたら、天音はきっと立ち直れ……。
……ぷっちょを見る。
「何だよ?」
ぷっちょなら、まあ言ってそうだな、と思ってしまった。
「何でもない」
天音はそう返して、本気で友達付き合いを見直した方がいいかなと考え始めていた。
そんな会話をしていると、高倉君がある人達を発見する。
「あっ、あれって学校の奴らじゃないか?」
高倉君が指差す方向を見ると、茂木や磯部と数名の男子、それから古城を筆頭に数人の女子達と、学年のカースト上位陣が神社に来ていた。
「正月から群れて、何が楽しいんだ?」
「前々から約束してたんじゃない?」
「新年早々? ケッ、つまんねーの」
「それ、嫉妬からの言葉だって顔に書いてあるよ」
澄ました顔ならまだよかったのだけれど、ぷっちょの嫉妬で歯を食いしばっている顔では、何を言っても無駄である。
「まあ、俺らには関係無いさ。俺達は俺達で楽しもう」
高倉君がそう言って、天音達も移動しようとする。
やはり、高倉君は大人だ。
ぷっちょを相手にしていると、いろいろと感覚が狂いそうになるが、高倉君のおかげで一般的な思考を維持出来ている。
次は何食べるよ? そう相談しながら立ち上がると、誰かが近付いて来ていた。
その人は、さっきまで集団の中にいたはずなのに、何故かこちらにまで来ていた。ただ、その足取りは慣れない和服なのもあり、かなり遅かった。
「あっ、天音君!」
なので、その人物は天音の名を呼んで引き留める。
「……古城さん?」
それは、着物を着た古城真希だった。
まさか、わざわざこっちに来るとは思わなかったので、どうしたんだろうかと不安になる。
そんな天音の気持ちとは関係無く、古城は言葉を続ける。
「あの、新年明けましておめでとう御座います」
「あっ、明けましておめでとうございます」
天音に続いて、ぷっちょと高倉君も挨拶をする。それに焦って、古城は再び挨拶をした。
俺達はついでかい! というのが、ぷっちょの心の叫びである。
「もう、参拝終わった?」
「終わったよ、古城さん達はこれから?」
「うんそうなんだ。なんてお願いしたの?」
「何事もなく過ごせ「あのスカした野郎と榊原さんが別れますように」ってお願いした……ぷっちょ」
いきなり何を言っているんだ、こいつは。
それは流石に駄目だろうと、ぷっちょを睨む。だけど、俺じゃないですと鳴りもしない口笛を吹いていた。
「あはは、レナちゃんはどうなんだろう……、後で来ると思うから、聞いてみるね」
「やめて、ぷっちょの言う事を信じないで」
本当に僕が言ったと思っていたのかと、問いただしたくなる。
「あっ、あはは、冗談だよね! そうだよね、うん……天音君はもう帰るの?」
「急に話が変わったな……うん、もう少し回ったら帰るつもり」
「そっか、えっと……その……」
歯切れの悪い古城は、髪を手で触れたり、少し着物に触れたりする。それを見て、ああと理解した天音は、古城の要望に答える。
「古城さん、着物似合ってるね、綺麗だよ」
「っ⁉︎ あ、あああ、あ、ありがとう、ございます。じゃあ、これで……」
去って行く着物姿の古城を見送って、さあ屋台巡りだと振り返ると、ぷっちょが鬼の形相で嫉妬の肩パンをやってきた。
☆
古城は天音から離れると、火照る顔を隠すようにやや下を向けて歩いて行く。
少しだけ顔を上げると、こちらを見つめる友人達がニヤニヤと悪い笑みを浮かべていた。
うっと足を止めるけど、それも遅くてこっちにやって来る。
「あれー真希ぃ、どうしたの顔赤くしてぇ」
「何か言われたのぉ? ちょっと話し聞かせてくれないかなぁ?」
「可愛いなぁもう! そんなに恥ずかしがってぇ……で、何て言われたの?」
「ジュース奢るから勘弁して」
友人に冷やかされて、早々に白旗を振る。
こういう時は、さっさと降伏した方が賢明である。女子の恋バナ好きを、甘く見てはいけない。特に身近な人の話しだと、それだけで一日中話してしまうほどのネタだ。
現に、学校の昼休みは最近そればかりになっている。
古城が襲われて、そこをクラスの男子に救われた。
特に面識の無い異性だったけど、これがきっかけで意識するようになってしまった。
最初は、助けてもらってありがとうという感謝の気持ちだったのが、日に日に変化して行った。
これを恋と呼ぶには、まだ弱いかも知れないけれど、それでも惹かれているのは事実だった。
恋バナではしゃぎたい女子達。
それを面白くなさそうに見る奴が、男子の中にはいた。
そいつは隣のクラスの男子で、古城を密かに狙っていた。
あわよくば、今日告白して、恋人になろうと画策していたのだ。
だけど、今の話を聞いて、おいおいマジかよ……と絶望していた。
しかも、地味な奴だ。
同じクラスにいても、気付かない自信があるくらいだ。
俺がそんな奴に負けるのか……。
なんて考えたせいで、つまらない嫌がらせを思い付いてしまう。
「あのパッとしない奴って、磯部のクラスだよな?」
「そうだが、どうかしたか?」
「今度、俺達ダンジョンに行くだろ?、あいつも誘ったら? 結構、背も高かったし、戦力になるんじゃないか?」
嫌がらせのつもりだった。
これで、情けない姿が見れたら満足で、断られても逃げた臆病者とみなして溜飲を下げるつもりだった。
まあ、それも磯部が許可したらの話しだが。
正直、期待はしていなかった。前回の探索で磯部達はミスを犯している。そんな中で、足手纏いになりそうな奴を誘うとも思えなかったのだ。
「そうだな。荒々井を倒したくらいだから、戦力にはなるかも知れないな」
しかし、その要望は受け入れられる。
磯部達は、天音が元探索者の荒々井を倒したのを知っていた。
それならば、力になるのではないかと考えたのだ。
磯部の答えを聞いてニッと笑った男子は、「誘って来るわ」と言って天音の元に向かう。
これが原因で、トラブルに巻き込まれてしまうが、それも自業自得だろう。
いや、もしかしたらこれは、ご褒美だったのかも知れない。