1
本日から七話分投稿します。
冬休みも半ばまで消化して、もう直ぐ年末が訪れようとしていた。
街は正月ムードで盛り上がっており、年末までの大売り出しと、年始の大売り出しと、ずっとこの状態が続くのだろう。
それは大変好評で、今年に起こったユニークモンスターの討伐と合わせて、この街は大いに盛り上がっていた。
更に最近、公開されたユニークモンスターの全体像と脅威、討伐までの一連の出来事が映像で流されていた。
探索者の中でも有名なのが、討伐に参加した【白刃の船団】の白波ハクロ。次点に、そのパーティメンバーが続く。
だが、他にも有名な者はいた。
その探索者は、メディアに出演していないにも関わらず、その人気に衰えが無いという脅威的な存在感を持っていた。
鉈を握る細身の探索者。
オールバックに決めた髪型に、全てを凍り付かせるような切れ長の目、スッと通った鼻に、薄くてもはっきりとした口元。
全てが整った顔のバランスで、世の女性を虜にしていると巷では噂になっている、らしい。
実際のところは不明である。
ただし、その実力は折り紙付きで、ユニークモンスターを止めを刺したのは彼だと、世間では浸透していた。
しかも、【舞姫】神坂時雨の血縁者であり、弟子でもある。この情報が公開されてからは、これまで以上の人気を獲得していた。
その人物の名は『神坂福斗』
この国の、次代を担う探索者として期待されている人物である。
そんな人物がいるらしいというのを、天音福斗は知っている。
ただし、会った事はない。
そんな凄い人なら、一度くらい見てみたいのだが、一向に出会う事が出来ないのだ。
「……凄い人だかり」
どこまでも高く聳え立つ塔。
これを人はダンジョンと呼んだ。
そのダンジョンの近くには、探索者を支援するギルドが設置されている。
本来ならギルドは、登録者かその関係者以外は立ち入りは許可されていない。だが今は、年末の地域との交流会という名目で解放されていた。
そのおかげで、いつもは混雑する事のないギルドが、多くの人で埋め尽くされていた。
「どうしよう、今日はやめておこうかな?」
この中を掻き分けて行くのは、流石に気が引けた。
飛んで上を行くという選択肢もあるのだけれど、そんな悪目立ちするような行為は出来ない。
というより、普段から目立つのは好きではない。
可能なら、新たに得た力を試したかったのだけれど、それも諦めた方が良さそうだ。
諦めて、ギルドから引き返そうとする天音。
だが、その天音を引き留める声が、結構大きな声で叫ばれた。
「ふくっ⁉︎ 天音君、天音くん! あーまーねーくーん! お願いだから無視しないで、こっち来て!」
それは、受付のお姉さんからの呼びかけだった。
何やってくれてんだこの人……。
周囲の人達から注目を集めてしまい、恥ずかしくて仕方がない。
こういう時は、さっさと出て行くに限る。
下を向いて、視線を上げないようにしてギルドから出っ、ようとして手を掴まれた。
「お願いだからこっち来て」
これ以上騒ぐと、余計に注目を集めてしまう。
天音は諦めて、受付のお姉さんに言われるがままに移動した。
◯
今回、ギルドはこの交流会に力を入れている。
ユニークモンスターを討伐した探索者が在籍しているギルド。今年の交流会は、それをアピール絶好の機会でもあった。
確かに、テレビやネットに多くの情報が流れて、一時的にギルドや探索者は注目されている。しかしそれは一過性の物でしかなく、定期的にイベントを行い、再度認知してもらう必要があるのだ。
その中でも、神坂福斗という人物は魅力的だった。
ハクロと一緒に、広告塔として使いたいくらいだ。
もっと言えば、ギルド支部長は天音に頑張ってこの国を救ってほしかった。だから、彼の望む事はなんでも叶えようと思っていた。
今日、こうして綺麗な女性を揃えたのも、その為だった。
だけどそれは、天音にとって迷惑でしかないのだが。
「これは何ですか?」
不機嫌な天音は、眼光を鋭くして周りを威嚇する。
「まあ、落ち着けって。これは、探索者を知ってもらう為のイベントだ。最近売れてるアイドルを呼んで、いろいろとインタビューされて答えるだけ。簡単だろ? まっ、基本俺達が答えるから、福斗はじっとしてて大丈夫だぞ」
そう答えたのは、メイクさんにセットしてもらっているハクロだった。
うん、まったく分からない。
イベントがあるというのも初耳だし、天音が出るというのも何の連絡も無かった。
「どうして僕に一言ないんですか?」
「言ったら来なかっただろ?」
「そりゃそうですよ、出たくないですしね。それに、仮に僕が来なかったらどうしてたんですか?」
「さあな、そこら辺はギルド支部長が考えることだからなぁ。まっ、結果として福斗はここにいるし、格好も決めている。それは、出演を了承したって事だろ?」
「それは……お姉さんのボーナスが掛かっているからって」
天音が、受付のお姉さんのお願いを断れなかったのは、いつもお世話になっているというのもあるが、「お願い! 来年の賞与が掛かっているの! 今度奢って上げるから! 良い事して上げるから!」なんて、人集りの中で言うものだから、勘弁してよぉと思いながら引き受けたのだ。
最近のあの人、手段をいとわなくなって来たな。と戦々恐々としていたりする。
「あー……今度、言っとくよ。その、なんかすまなかったな」
「いえ、ハクロさんも巻き込まれただけでしょうから……」
これを計画したのは、ギルドだろう。
ここまで無理矢理やって来るのなら、もしかしたら、師匠の時雨から許可を貰っている可能性もある。
そう考えると、安易に断れなくなってしまった。
「……はあ」
ため息を吐いても何も変わらない。
それでも、出てしまう物は仕方ないのだ。
スマホを取り出して、時雨に電話をかける。
だけど、電波が届かない場所にいるようで、一向に繋がらなかった。
「……今年最後の苦行と考えておこう」
いろいろと諦めた天音は、イベントへの出演を受け入れた。
◯
「では、福斗さんに次の質問をお願いします!」
司会を務めるアイドルが元気な声で言うと、会場からはいはい! と更に元気な声で手が上がってしまう。
「では、三列目の黄色の服のお姉さん!」
「あの、福斗さんの好きな人は、どういったタイプですか?」
その女性は、何故か期待した眼差しを天音に向けており、それにどうしろというのだと頭を悩ませてしまう。
もっと言うと、多くの女性が天音の顔が写ったウチワを持っており、どこで手に入れたんだと聞きたくなった。
天音はマイクを持ったまま、チラリとハクロに目配せする。
すると頷いて、好きにしろと言って来る。
違う、そうじゃない!
質問には、貴方達が答えるって言ってたじゃないですか⁉︎
既に何度も質問されており、それに適当に答えていた。
「……ノーコメントで」
さっきから、似たような質問ばかりされる。
当てられるのも大抵の場合女性で、内容も女性関係ばかりだ。
司会のアイドルの人は、もしかしたら僕に嫌がらせをしているのだろうか? なんて事まで想像してしまう。
それに、ハクロ達も頼りにならない。
各人への質問コーナーで、天音に集中しているから仕方ないかも知れないけれど、少しくらい助けてくれないだろうかと言いたくもなる。
「じゃあ、時間も押してるんで、次で最後にしようかな。質問のある人、手をあげて!」
多くの女性が手を上げる中で、「はい」とよく通る低音の声。
視線を向けると、右手を上げるサングラスを掛けた優男がいた。
天音に緊張が走る。
天音だけではない、ここにいる探索者全員が緊張する。
彼が声を上げるまで、誰もそこにいると認識していなかったのだ。
明らかに異常事態。
だが、彼に見覚えがある者に取っては、それ以上の衝撃だった。
どうして、彼がここに?
「あ、じゃあ、そこの男性の方」
その異様な存在感に、司会のアイドルは彼を指名する。
マイクが手渡され、優男は天音に視線を向ける。
「詩心とは、どこまで行ったんだ?」
「質問の意味が分かりません」
相変わらずだなこの人。
彼の名は霧隠影実、百々目詩心の元旦那であり、時雨や百々目と並ぶ探索者の一人だ。
「意味が分からないだと? 詩心と一緒に暮らしていたんだろうがー‼︎」
そして、百々目のストーカーでもある。
「人聞きの悪い事言わないでください。上からの指示だと知っているでしょう」
「別に共に暮らす必要はないだろう!」
「それは、押し掛けて来たからです。そもそも僕に、百々目さんをどうこうする力が無いのは、霧隠さんなら分かっているでしょう?」
天音が冷静に返すと、魔力が飛ばされた。
それは、一般人を軽く百人は殺せる凶悪な攻撃だった。
天音はそっと魔力を操り、リセット魔法を発動する。
会場に弾ける音が鳴り、それが何か分からない一般人はキョロキョロと見回している。だが、今のを理解した探索者達は冷や汗を流して、何やってんのと焦っていた。
「ほう……、話には聞いていたが、かなり腕を上げているようだな」
「やめて下さい、流石に冗談では済まされませんよ」
今の攻撃は、多くの被害を出してもおかしくなかった。
それを見逃せるほど、天音も呑気ではない。
たとえ敵わなくても、この場から引き離す事くらいは出来る。
「……まあいいだろう、時間はたっぷりとあるからな。福斗、俺は詩心のように甘くはないぞ、正月明けから覚悟しておけ」
「…………」
次はこいつかぁ、と脱力しそうになるのを、鋼の精神で耐える。
ユニークモンスター討伐の祝勝会で言われた、この国の探索者トップ五名による鍛錬。
天音は、これを熟さなくてはならない。
霧隠の姿は段々と薄くなり、やがて消え去ってしまった。
唯一良かったのは、年末年始はゆっくり出来るという事くらいだろう。
「……お参りしとこうかな」
初詣に行って、厄除けをお願いしようと思う天音だった。
後日、神坂福斗は年上の人妻好きという噂が広まったそうな。