幕引き
視界が黒く染まり、体に黒い魔力が纏わり付いて行く。
その魔力は、天音の体を癒して動くようにしてくれる。それは回復魔法による効果ではなく、魔力により部品を無理矢理捩じ込んだような癒し方だった。
「うっぐっ⁉︎」
強烈な痛みに、脳が焼き切れそうになる。
だが、そのおかげで体は動くようになり、片膝をついてゆっくりと起き上がる。
黒い魔力を纏った姿は、まるで闇夜に佇む死神のようで恐怖心をかき立てる。
それは百々目も例外ではなく、警戒したように一歩下り、魔力を高めて攻撃の準備を初めていた。
天音の変化は続く。
魔力は黒い装甲へと形を変えていき、天音を覆い隠してしまう。全身が装甲で覆われようとした時、右腕を残して装甲は霧散してしまった。
「はあ! はあ! はあ!」
息を切らせた天音はふらふらとした足取りで、何とか立ち続ける。
この症状は魔力不足によるものだ。
右腕に残された装甲も不安定で、ゆらゆらと揺らめき今にも霧散しそうだった。
それでも、その右腕に残りの魔力を込める。
この装甲の使い方は何故か理解出来る。
気持ち悪いほどに馴染んだこの力は、まるで元から備わっていたかのようで不気味だった。
だが、それでも、この状況を打破する力だ。
「百々目さん、これで最後です」
それは呟きだったが、川越しで対峙する百々目にも届いていた。
目玉のゴーレムが前面に集まり、防御魔法を展開する。それは鉄壁の布陣で、弱いユニークモンスターの攻撃ならば難なく凌ぐほどの強固な物だった。
その背後に回った槍のゴーレムは、百々目を守ろうと槍を盾に構えて備えた。
これならば、どんな攻撃でも塞いで見せる。
確固たる意気込みが伝わって来る布陣。
その布陣に向けて、天音の右手が伸ばされる。
「愚者の一撃」
それは黒い閃光だった。
一本の閃光が通り抜けた先は、何が起こったのか分からずに沈黙し、次の瞬間に全てが削り取られた。
削られた空間に大気が押し寄せ、突風が吹き荒れる。
盾を構えていたゴーレムは腹部には大きな風穴を開け、搭乗していた百々目の上半身が消えていた。
ドウッと倒れるゴーレムを見て、天音も倒れてしまう。
右腕にあった装甲も霧散してしまい、残ったのは傷だらけで気を失った天音だけだった。
雪が降る。
降雪の勢いは弱いが、天音を覆い隠すには十分な量だった。
こんこんと降り積もる中を、一体の人型ゴーレムが歩いて行く。
そのゴーレムは天音と渡り合った二本腕のゴーレムで、その体はひび割れていた。
『恐ろしい力』
そのゴーレムから百々目の声が漏れてくる。
『先輩が言ってたのは、この力なのかな?』
ゴーレムは天音を見下ろすと、その足を止めた。
体のヒビは、バキバキと音を立てて広がっていき、ガラスが割れるような音と共に砕け散る。
「先輩はどうするつもりなんです?」
砕けたゴーレムの中から現れたのは、百々目本人だった。
百々目は無感情な瞳で天音を見下ろし、これまでの生活に思いを馳せた。
◯
起きたら、病院のベッドの上だった。
この病院はギルドが運営している物で、以前、ユニークモンスターを倒した時に利用した所だ。
「あっ、天音さん起きました?」
上体を起こすと、様子を見に来ていた看護師に声を掛けられる。
「あの、どうして僕はここに?」
「パーティメンバーの方が連れて来てくれたんですよ。傷は治っているけどモンスターに襲われたから、検査してくれって」
「……そうですか」
「検査結果は、先生の方から告げられますので、しばらくお待ち下さい」
そう言って病室から出て行く看護師。
誰もいなくなった病室で、再びベッドの上で横になる。
「…………何も出来なかった」
強くなったつもりだった。
師匠や百々目達には敵わないのは分かっていても、今の自分ならば、良い勝負が出来るのではないかと思っていた。
それが、手加減した百々目に終始圧倒されていた。
百々目が全力で戦う時は、予め準備した専用のゴーレムを使用する。それが、今回は即席で造られたゴーレムに負けてしまったのだ。
本来の力の半分。
いや、もしかしたら三割程度の力しか使っていなかったかも知れない。
余りにも巨大な壁だ。
「あれで、五指最弱って呼ばれているのか」
百々目はトップ5の探索者の中では、最弱とされている。それは、本人が直接戦わないのもあるが、物量で押す戦闘スタイルというのもあり、個で圧倒する他の四人とは相性が最悪なのである。
実際に戦えば、勝てる相手もいるだろうが、本人にやる気がないのでタラレバの話でしかない。
「それにしても……」
天音は腕に魔力を込めて、黒い装甲を形作る。
片腕だけだが、魔力が恐ろしいほどに消費されており、このままではまた魔力不足で倒れてしまうと、解除して霧散させた。
「なんなんだろう、この力。師匠なら何か知ってるかな?」
今度、相談してみようと決めて起き上がると、軽くストレッチをしてみる。
体に不調は無く、健康そのものである。
異常があるとすれば、お腹が減っているというくらいで特に問題ない。
そうこうしていると、看護師に呼ばれて先生と面会する。
「特に異常は無いから帰っていいよ」
あっさりと告げられて、そのまま退院となった。
外はすっかり暗くなっており、クリスマスのイルミネーションが未だに街を彩っていた。
もう直ぐ年末で、年が明けて正月がやって来る。
特に予定がある訳ではないが、何だか楽しみになるのは仕方ないだろう。
それが、最悪な年になるとしてもだ。
「年越し蕎麦とお餅くらいは準備しようかな」
そんな事を考えていると、スマホが震えた。
画面を見るとメッセージが届いており、それは百々目からだった。
「……勝手だなぁ」
『試験は合格。80階までの地図は送っとく。私の訓練はこれでお終いだから、あとは好きにして。プレゼントは家に置いている。じゃあ、良いお年を』
簡単なメッセージが送られており、この内容からすると家にはもういないだろう。
スマホを閉じて、家路につく。
途中でスーパーにより、晩飯の食材を購入する。
「ただいま」
玄関の扉を開いて帰りを告げても、誰からも返事はない。
リビングに入ると、テーブルの上に小包が置いており、中には天音が使っていた物よりも上物な鉈が入っていた。
「これが、クリスマスプレゼントですか?」
そう呟くと、部屋の中を一度見回す。
すると、少しだけ寂しくなった家は、前よりも少しだけ広く感じた。