15
最初に動いたのは黒い獅子からだった。
魔力を一瞬で練り上げ、魔法を発動したのである。
その魔法は、黒い線の魔法。
地面から伸びた黒い線が天音を襲う。
それを油断なく避け、鉈で薙ぎ払い両断する。
切られた先は魔力に変わって空気中に霧散するが、地面から伸びた部分はまだ生きていた。
黒い線は数を増して生えて来て、今度は鉈では対処出来ない量になっていた。
薙ぎ払うのは難しい。
だから、直接本体を狙う。
一気に加速して迂回して移動し、黒い獅子に迫る。
全力の身体強化を施した移動に、黒い獅子は反応出来ていなかった。しかし、鉈が食い込む直前で魔法を使用していた。
「ちっ⁉︎」
黒い獅子の体がドロリと溶けてしまい、空振りに終わったのである。
地中に逃げようとする獅子を逃すまいと、鉈に魔力を纏わせ地面ごと激しく切り裂いた。
ドンッ! とおよそ斬撃とは思えない音が鳴り響き、黒い獅子を地上に引き摺り出す。
離れた場所に着地したモンスターに向かって、無数の風の刃を飛ばす。
黒い獅子は、地中に逃げる余裕は無いのか、走って避ける。その速度は中々なもので、動きにも緩急がついて狙いを外してくる。
更に、天音にも接近して来ており、またしても黒い線の魔法を放った。
その魔法に対して、天音は冷静にリセット魔法を使って対処する。
すると、効果範囲に入った線は無効化出来るが、範囲から外にある物までは無効化出来なかった。
「そう上手くは行かないか」
口にして今度は天音が魔法から逃げる。
木々の間を走り抜け、縫うように追ってくる黒い線を振り切る。
しかし、黒い線はまたしても数を増やしており、まるで波のように天音を囲もうと動いていた。
「これはまずいかな、獄炎」
黒い炎を放ち、黒い線に灯す。
すると炎は一気に燃え広がり、黒い線の魔法も周囲の木々も問答無用で焼いて行く。
地上ならば気にしなくてはいけない被害だが、ダンジョンではこの規模の被害も二日もすれば元通りである。
だから気にせず使う。
敵は、油断していい相手ではないのだから。
「ガーーーーッ!!」
黒い線の波から黒い獅子が飛び出して来る。
そして、空中に黒い線を生み出すと、それを足場にして迫って来る。
単純な魔法では天音を倒せないと判断したのだろう。牙と爪、尻尾の刃に魔力を濃密に宿して直接殺そうとしていた。
まともに受けたら、天音でもただでは済まない。
だからといって、逃げるつもりもない。
「アクセル」
金剛石が使う身体強化の多重掛けを行い、風属性魔法による最大限の機動力を活かせるようにする。
そして、一気に加速。
音を置き去りにした移動速度と、そんな中でも直角に曲がる機動。
天音の動きについて来れない黒い獅子の胴体に、風の刃を纏った鉈が深く食い込む。
鉈から伝わる感触は確かな物で、通常の生物が相手ならばこの一刀で決着がついていただろう。事実、黒い獅子の体は両断されていたのだから。
しかし、両断した直後に黒い線が二つを結び付けて、再生してしまう。
驚いて、一瞬動きが鈍くなってしまった。
おかげで、黒い獅子の尾から伸びた刃への反応が遅れてしまう。
一本目刃は鉈で受け止めれた。
だが、二本目の刃は袈裟斬りに走り、天音の体を傷付ける。
「かはっ⁉︎」
強烈な衝撃を受けて、天音の体は吹き飛ばされる。
本来なら両断されてもおかしくなかったが、金剛石の技術である身体強化を多重掛けにしていたおかげで、表面が切られただけですんでいた。
地面に叩き付けられると同時に起き上がり、回復魔法を使いながら移動する。
今のは運が良かった。
首を狙われていたら終わっていた。
頭部を狙われていたら終わっていた。
天音の命は、たまたま救われたに過ぎない。
「ここで逃げたら、被害が拡大するよね」
自分第一に考えると、逃げ出したい気持ちになる。しかし、天音でも勝てないモンスターに、他の探索者が勝てる姿が想像出来なかった。
上から目線の思考だが、事実としてハクロ率いるパーティ以外だと厳しいだろう。
「絶対にここで仕留める!」
熱くなった思いを胸に、天音は加速して猛攻を仕掛けた。
切り裂く斬り裂く、黒い獅子の肉体を両断して獄炎で焼いていく。
黒い獅子は損傷した肉体を黒い線で再生させ復活する。
それをひたすらに繰り返す。
このモンスターはユニークモンスターだろう。
いや、ユニークモンスターになりかけのモンスターなのかも知れない。
だから、天音一人でも何とかなる。
日本でも最上の探索者の技術を学び、百々目により鍛えられた魔力操作能力は、それを可能にしていた。
「グアッ⁉︎」
そして、終わりは来た。
黒い獅子の魔力が底を突きかけているのだ。
それに比べて、天音には魔力に余裕がある。だからといって油断はしない。このモンスターの攻撃は、天音の命に届くのだから。
「ガッ!!」
視界一面が黒に染まる。
黒い獅子が、天音との間に大量の黒い線を生み出したのだ。
これは近付けないと距離を置いて、迂回するように疾走する。しかし、黒い線は獅子を囲って姿を眩ましてしまった。
獄炎を放つが、燃え上がった箇所だけが切り離され無効化されてしまう。
そうしている間にも、黒い線の中では魔力が高まっており、良くない事が起こりそうな気がしてしまう。
こうなったら、多少ダメージを負ってでも強行突破しようかと考えていると、黒い線が形を変えていく。
まるで蛹のように丸く形を変えていき、魔力が凝縮していくのを感じ取る。
静寂が流れ、ゴクリと唾を飲み込む。
次の瞬間には黒い線が一塊となり、一本の槍となって天音に投擲される。
「くっ⁉︎」
ギリギリで槍を回避すると、膨大な魔力を体内に宿した黒い獅子がいた。
「やば」
アクセルを使い、身体強化を急上昇した天音は、黒い獅子をバラバラに解体すると急いで距離を取る。
直後に大爆発が巻き起こる。
その威力は空クラゲの時と同規模であり、天音は効果範囲から逃げ切れずに吹き飛ばされてしまう。
風を操り、何とか勢いは殺せたが、周囲の視界まではどうにもならない。
「ゴホゴホ……まさか自爆するなんて」
砂煙を手で払いながら、まさかの行動に驚愕する。
あの黒い獅子は、天音に勝てないと悟り、己を爆弾に変えて特攻を仕掛けて来たのである。
ここに他の探索者がいたら助からなかっただろう。
天音も金剛石の技が無かったら、あの時の二の舞になっていた。
視界も晴れていき爆心地に向かうと、巨大なクレーターが出来ており、その威力を物語っていた。
「これで、終わったんだ、よな?」
周囲には何も無くなっており、黒い獅子の痕跡も無くなっていた。
だが、何かが引っ掛かる。
なんだろうかと考えても、答えは出ない。
周囲を見回しても、戦いの惨状が残るだけで何の情報も得られなかった。
「……どうしてだ、嫌な予感が治らない」
ここで、全力で周囲の索敵を行っていれば、まだ何か変わっていたのかも知れない。
しかしそれもタラレバの話で、こうなる運命だと言われたら、そうなのだろう。
何も知らない天音は、不安を胸に地上を目指す。
その姿を、黒い獅子が見ているとも知らずに。