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あの後、一年のマラソン大会は無事に行われた。
ただし、後日に行われる予定だった二年生と三年生のマラソン大会は中止になった。
理由、生徒達の安全が確保出来ないからだ。
前日に、一人の生徒が被害に遭い、何の対策も出来てないのに開催出来なかったのである。
「っていう事があったんですよ」
以上の事を、榊原から伝えられた。
もちろんそれは天音も知っている事なので、「そうなんだ」としか言いようがなかった。
因みに、犯人の荒々井は当初犯行を否定していたが、どこかの防犯カメラに一部始終が映っており、言い逃れ出来ない状況に観念して犯行を認めた。
映像を提供したどこかのゴーレム使いは「ネタのお礼」と言い残したそうだ。
何がしたかったんだ、あの人?
というより、百々目さんが助けていたら、こんなに大事にならなかったんじゃないだろうか。
同級生の危険を知らせてくれた事には感謝だが、どうにも納得出来ないところもあるのは仕方ないだろう。
「よりにもよって、なんで真希が……。天音くんが助けなかったら、どうなっていたか……。あっ、天音くんって同級生なんですけど、少し福斗さんに似てるんですよ」
「……そうなんだ」
「いえ! 福斗さんの方がずっとカッコいいですから! 同級生って、子供っぽいんですよねー」
「分かったから、そろそろ行こうか。人待たせているし」
何気に惜しい榊原を残念に思いつつ、ギルドの受付に向かう。
本日は、榊原が他の探索者パーティに参加する日である。
本来なら参加する榊原だけで良いのだが、受付のお姉さんから「榊原さんまだ未成年だから、保護者として付いてきてね」と未成年の天音が言われたのである。
どこからツッコめば良いですか?
それとも、ツッコんではいけない所ですかね?
最近、いろいろと納得出来ない事が多いなと思いつつ、受付のお姉さんに榊原を連れて来ましたと告げる。
すると、本日一緒に探索するパーティは到着しているらしく、待合室で待機しているそうだ。
受付のお姉さんに案内されて待合室に向かうと、袖をちょいちょいと引っ張られる。
「どうかした?」
「あの、私、上手く出来ますか? まだ武器しか使えませんけど……」
知らない人達とパーティを組むからか、不安を吐露する榊原。
だが、その心配は杞憂だと断言出来た。
「大丈夫だよ。一人でオークに勝てるだけの実力はあるんだから、自信を持っていいよ」
これから組むパーティのプロフィールには目を通している。
資料で見る限りその実力は、榊原よりも劣るとしか言えなかった。
もちろん、それは個人の話であってパーティでの評価ではない。パーティとしては、オークを圧倒しており更に先にも行っている。しかし、そこで止まっているパーティでもある。
理由は明確だった。
このパーティには、前衛が足りていなかったのだ。
そこに榊原が加われば、間違いなく前進するだろう。
だから、心配する必要は無いのだ。
「榊原さんは僕と違って、きっと上手くやれるから、自信を持って良いよ」
「本当ですか! ……あれ、福斗さんもパーティ組んでたんですか?」
「うん、今の榊原さんみたいに臨時で参加したんだ」
「そうなんですね、それでどうだったんですか?」
「半日で追い出されたよ。無駄にモンスターを刺激し過ぎているって注意されてね」
「……一気に不安になって来たんですけど」
あの頃は、やれる事をやろうとして、そのやれる事が多過ぎてパーティの連携を乱してしまったのだ。
ある意味、多才が故の失敗だった。
もう一度、「榊原さんは、僕とは違うから大丈夫だよ」と告げると、待合室に到着した。
「失礼します」と言って入室すると、三人の女子が待っていた。
年齢は全員十七歳で、天音達の一つ上になる。
その女子達は、天音の姿を見ると驚き、次に榊原が入って来て「綺麗な子だ」と呟いていた。
最後に受付のお姉さんが入室して、説明される。
「こちらが、今回榊原さんが参加されるパーティになります。リーダーの星奈ささらさん、メンバーの野地芽吹さん、一重メルさんです」
受付のお姉さんは一度区切ると、三人の方を向き紹介をしてくれる。
「皆さん、こちらが今回参加する榊原レナさんです」
お互いによろしくお願いしますと挨拶をすると、何故か天音に注目が集まってしまった。
「ああ、僕は今回保護者で付いて来ただけなので、気にしないで下さい」
それに反応したのは榊原だ。
「え⁉︎ 福斗さん一緒に来てくれるんじゃないんですか?」
「僕が一緒に行ったら意味ないでしょ。……一応、離れた所からは見守っているから安心して」
一緒に行かないと言うと、まるで捨てられた子犬のような顔をするので、思わず言ってしまった。
はあとため息を吐くと、後は四人で話してねと待合室を出る。ここにいたら、彼女達の邪魔になると察したからだ。
パタンと扉が閉じると、近くの壁に寄り掛かる。
室内の会話は聞こえないが、何かあれば直ぐに動けるようにしておく。
「……これって過保護かな?」
もしかして、師匠もこんな気持ちだったのだろうかと考えてしまった。
◯
「改めまして、榊原レナです」
先程までの明るい表情が消えて、鋭い美人のように変貌した榊原が挨拶する。
え、なんかさっきと違う。と驚きながらも、星奈達も自己紹介を始める。
「星奈ささら、見ての通りハーフよ。役割は魔法使い兼バッファー、このパーティのリーダーをしているわ」
星奈は金髪の髪を掻き上げて立ち上がり、無い胸の前で腕を組む。
青い瞳は活発的な目付きをしており、顔立ちも整っており、その活動的な雰囲気から人を惹きつけるカリスマを持っていた。
「野地芽吹、魔法使い、回復魔法も使える。苗字は嫌だから、芽吹って呼んで」
芽吹呼びを強調した野地は、杖を持った黒髪メガネの女の子である。この中で、最も身長が低く、最も胸部が大きな子でもある。
大きめのローブを羽織っているのも、胸元を隠す意味もあった。
「一重メルよ、一応スカウトやってるわ」
簡潔に自己紹介を済ませた一重は、キツネを思わせるような細い目に茶色い髪色、身長もそれなりに高い。
スカウトという役割は、敵の索敵から罠の発見、解除、道の選定など多岐に渡る。もちろん戦闘にも参加するので、この人物の能力の高さを窺わせた。
その一重から質問される。
「ねえ、さっきの人って神坂福斗さん?」
「はい、私の師匠の神坂福斗さんです」
「やっぱり! ニュースで見てたから、もしかしてって思ったけど、榊原さんって凄い人に師事してもらってるんだね」
「はい、私の師匠は凄い人なんです」
「その武器って高い物だよね、もしかしてそんなに稼いでるの」
「いえ、私の師匠が、私にプレゼントしてくれた物です」
「あ、ああ……そうなんだ」
やけに私のを主張するなと思いながら、本当にこの子で大丈夫かと目配せする一重。それに、野地も困ったようにするが、リーダーの星奈は気にしていないように立ち上がった。
「レナ、貴女の師匠は凄くいい人ね! その師匠に鍛えられた貴女の力を見せて欲しいんだけど、良いかしら?」
星奈は手を差し出し榊原に握手を求める。
まるで挑発しているかの内容だが、素直にその実力を見たいという思いは伝わって来た。
「ええ、私の師匠がどれだけ凄いのか、私が証明して見せましょう」
榊原も立ち上がり、その手を取る。
その姿は自信に満ちており、まるで歴戦の戦士のような安心感があった。
「では、手続きを進めておきますね」
その様子を見ていた受付のお姉さんは、もう大丈夫そうだなと待合室から出て行く。
少しだけ「レナちゃんって、あんな子だったけ?」と驚きはしたが、それは天音が悪いんだろうと思う事にして無理矢理納得した。
「上手くやってくれると嬉しいな。福斗くんもそう思うでしょ?」
「え? ええ、まあ……」
扉の横で待っていた天音は、急に呼びかけられてびっくりするのだった。